桜に転生してしまった俺は身動きを取れず傍観を生業とす
安ころもっち
思い出の桜に思いを馳せて
俺は鈴木次郎。酒屋の次男坊で何もとりえもなく、将来は長男の一郎を支える役として育てられた。
中高と部活動は特にやっていなかった。家に帰れば仕事の手伝いとして、軽い荷物を運んだり、醸造の知識を学んだりと子供なりに忙しかったため、そんな暇はなかった。
両親も時に厳しくはあったが、常に優しい目をこちらに向けていた。両親の喜ぶ顔を見るのが好きだった。
地元の高校を卒業し、これから本格的に酒屋としての仕事を覚えていく時期であった。
昨晩は近しい同窓が5人ほど集まって地元のカラオケ屋でお別れパーティとなり珍しく飲んで歌って騒いでいた。
そして前日の疲れを引きずり、眠い眼をこすりながら作業場へ向かう。
しかし、そこに「危ない!よけろ!」と親父の怒鳴り声が聞こえた。
気づけば、改装中であった普段つかわない蔵に立てかけてあった工事用の足場が強風にあおられ倒れてきていたのを、ゆっくりとした時間軸の中で見ていた。
俺が手伝うからと改装をして色々試す実験蔵にするはずだった場所・・・何とも言えない感情が心の奥底からあふれる中、死を感じながら人生を悔やんだ。
「あー好きだった里香に告っとけばよかったな・・・」
そしてそこで俺の意識は途切れた。
どのぐらい時間がたったのだろう。ゆっくりと目を開ける。光がまぶしい。俺は助かったのか?
そして目の前に見えるのは、つい最近卒業したはずの懐かしの校舎であった。
身動きが取れない体・・・どうなっている?病院ではない。こんなところで死にかけた俺が身動き取れず放置?
考えても分からないことだらけの体を動かそうとすると、ガサガサと音がして・・・上から桜の花びらが舞っていた。
ちょっとまて・・・冷静に、冷静に・・・俺は・・・桜の木?・・・に括り付けられている?
頭の中で母校の名物であるソメイヨシノ。
その桜の太い幹にひもで縛られ身動きができない重症患者、俺。そんなイメージが頭に思い描かれる。
「ワン!ワン!ワン!」
おっ、この声は近所の甚五郎さんが飼っているペソの鳴き声?俺はここだ!助けてくれ!給食のパンを献上したこともある仲じゃないか!
そう叫ぶが声は出ていない。猿轡?いや口を動かしている感触はない。
そしてチョロチョロという音と共になにやら足元が湿り気を感じている・・・おしっこを・・・かけられている?
後ろに振り返ることすらできない俺は、そうだ!甚五郎さんがいるじゃないか!この光景をみたらきっと助けてくれるはず!さすがにおしっこかけてられてる俺を見て見ぬふりはしないはず!そう叫んでいるのだが、その思惑は見事に打ち砕かれた。
「おおーいっぱい出したか!よしじゃあ帰るか!家までどっちが先か競争じゃ!」
ドタドタとした足音が遠ざかる。ああ、甚五郎じいさん・・・あまり走ると死んじまうぞ・・・そんなむなしい独り言を一人思い泣いた。
その日はそのまま朝となり、おかしなことにお腹も減らず、眠ることもなく時間だけが過ぎていく。もうそろそろ自覚していることを口に出して反芻すべきでは?そう思い始めたころだった。まだ朝早いこの時間。春休みの間であっても先生方は登校してくるのだ。
目の前には担任だったナイスボディと清楚な顔立ちを両立させた、当校人気ナンバーワン教師、麻衣子先生であった。
美しく伸びた足とタイトスカートがベストマッチした姿でこちらに歩いてくる。そして俺の胸元に手を置くと上を向いた。
「今年もきれいに咲いたね」
『うん!そうだね!満開だ!そして先生もそれに負けないように綺麗だよ!結婚して!』
俺の言葉に麻衣子先生が顔を下げてもくれず、無反応であった。そうか。そうだよな。うん納得。やっぱり俺は・・・ソメンヨシノに生まれ変わったということか・・・
失意の中、体を動かそうと頑張ったおかげで、桜の花びらがひらひらと舞い落ち、それに子供の様に笑顔を向けて手で掬い取ろうと頑張っている目の前の麻衣子先生を見て、まあいいか・・・と思い始めてみた。目線はその豊満な・・・であったことは言うまでもない。
今年の桜は一段とピンクに染まりそうである。
それから月日は流れ入学式となったようで、初々しい新入生と思われる女の子が2人、俺の元に集まってきた。
「由美子!これから新しい生活が始まるね!」
『そうだね!お兄さんも嬉しいよ!』
「そうだね!新しい門出に乾杯しよー!」
「おー!」
手に持った缶のレモンティで乾杯した後、腰に手を当てて飲みだす二人。
「で、由美子は部活は陸上をやるとして、哲也君とはどうするの?」
『え!誰?哲也君って?お兄さん聞いてないけど?』
「やっ、やだ!まだ何も考えたりしてないよ?まだ高校生だし・・・そんな・・・それより恵美はどうなの?淳史君とは順調なんでしょ?」
『へー恵美ちゃんっていうんだ。よろしくね?それと淳史君?誰それ?お兄さんに紹介して?軽くお説教しておくから』
「淳史なー。まあ付き合ってはいるけど普通?とりあえず別れなければ卒業したら結婚するし?」
『・・・』
「・・・私は、私も哲也君とできれば一緒にいたい!でも焦ったりしないよ。今のままでも充分。まだ時間あるよ。大丈夫!」
そして二人の恋バナは恵美ちゃんの「そっか」という言葉と共に終わりを告げた。
二人が俺にもたれかかりハァとため息をしながら伸びをする。
俺は少し気恥ずかしくなり体を揺らし・・・花びらが少しだけ舞った。
「わー綺麗だね!」
「うん!素敵。そういえばこの桜の下で告白してOKだったら永遠に結ばれるって話だよね!」
「そうみたい・・・いつか・・・哲也君をここに呼び出す!」
『お兄さんはそんなの認めませんよ!』
「その意気その意気!私も淳史よぼーっと」
「いいなー恵美は・・・」
『木(キ)ーーー!』
しばらくすると二人は校舎に向かって歩き出していた。
はあ・・・行っちゃった。眠気も食欲もないけど時間があっても何もすることがないのも考えものだ。それが今の俺の悩みであった。
そういえば、この桜、できれば里香を呼び出して・・・告白したかったな・・・大人しい彼女。思い出の中の里香はいつも照れながら愛読しているライトノベルで顔を隠し、人目をさけて人気のない図書室で読書をしていた。
何度か少し話した程度であった。
しかし、中二の時に病気で亡くなったときいて頭が真っ白になった。ああ、その時だ。たまに見せるあの子の笑顔に・・・惹かれていたのだと。
そして中学で亡くなった彼女は当然ながらこの学校に入学すらしていない。
もう叶わぬ恋心を胸に秘めながら、無気力にも高校が卒業した。
その顛末がこれなのか。そう思うと何とも入れない虚無感が広がっていった。
それから1週間ほど、何事もなく過ぎていった日々。
今日は昼休み、由美子ちゃんと恵美ちゃん。それと初見の男の子が二人。もしや哲也君と淳史君という害虫か!これは駆除しなくては!と思ったところで何もできない俺は、4人の他愛もない会話を聞きながら、届きもしない突込みを炸裂させていった。
『木(キ)ーーー!リヤ充爆ぜろ!』
時は過ぎ、夏の暑いある日。
か、かゆい・・・そして痛い・・・微妙に痛い・・・いたたたた・・・
腰のあたりのかゆみ、痛みがここ数日続いている。何かがおかしい。俺はこのまま死ぬのか?そう思いながらここ数日過ごしていた。
「あ・・・ここ!虫?えっ!」
そんな声が聞こえてきた。これは・・・由美子ちゃん?
『由美子ちゃんどうした!何かあったのか!俺が助けてやる!』
「待ってて!薬買ってくる!」
俺の声は伝わるわけはなく、どこかへ走り出していく足音だけが聞こえていた。
しばらくすると「おまたせ!」と言う由美子ちゃんの声と、ハァハァとした息遣いが聞こえてきた。なにこれ。ちょっと興奮する。そんな邪悪なことを考えていると、何やら痛みのある俺の背中をガリガリと掻き回すような感覚に思わず声を上げてします。
『あっおふっおおぅいははあっだめおっうほっ・・・ふぅ』
しばらくかき混ぜられた後、シュっという音と共に涼しげなスプレーの感触・・・ちょっとすっきり。これは・・・虫?俺、虫沸いてた?なんか生みつけられてた?知らぬ間に穢されてしまった・・・そんなことを考えていたらその穴が開いているであろう場所にやわらかな指先の感触を感じた。
『おうふ・・・はぁぁぁぁ・・・』
だらしない声が出た。これはスプレーの後のお薬ぬりぬりタイム?
「これでよし!っと」
そう言うと、由美子ちゃんは買ってきたであろう物をもって校舎の方に走っていった。優しい子だ。しょうがないな。哲也君とうまくいくといいな。
何度か4人であったり、二人きりであったりこの場所で会話を聞いていた俺は、由美子ちゃんの哲也君への好きな気持ちが溢れ出るのを感じていた。まるでお兄ちゃんのような気持で由美子ちゃんの幸せを願っていた。
哲也君は由美子ちゃんを幸せにしないともげる呪いをかけておこう。
季節は巡る。あれから3度目の春。季節はおそらく3月だ。由美子ちゃん達も卒業の季節を迎えていた。
恵美ちゃんは相変わらず淳史君と付き合っている。最近は一層ラブラブだ。多分事をなしたのであろう。
由美子ちゃんと哲也君は仲良くはあるがまだぎこちない時がある。恋バナになった時だ。お互いに意識しているのであろう。きっと両思いだ。両片思い中だ。さっさと付き合って事を成したらよかろう。そう投げ槍な気持ちで思っていた。
まあ、卒業まで大事に愛を育てているというのなら真面目くんで良いのでは?そうも思っていた。
そんなある日。多分今日卒業式じゃね?という光景が目の前に繰り返されていた。今、俺の目の前では男女入り乱れて告白の大バーゲンであった。大喜びで付き合うやつ。勢いに任せてキスするバカップル。フラれて絶叫するやつに、泣き崩れるやつ。
皆が遠巻きにこちらを意識してみており、それぞれが順番を待っている。
そんな中、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして哲也君の手を引く由美子ちゃんがやってきた。哲也君の顔もすでに真っ赤である。
俺の目の前で二人が足を止め向かい合う。
「あ、あの・・・哲也君・・・ここまで引っ張ってきちゃったけど・・・言いたいことがあるんだ・・・」
もうわかってるだろ・・・前置きはいいよ。早く言ってあげな。きっとうまくいくからさ・・・
「あ、ああ。由美子の話・・・聞きたい・・・」
『おぃーー!わかってるだろ!お前!この場所に連れてこられただけで!勝ち組野郎が!うちの由美子不幸にしたらもぐからな!』
「あのさ・・・高校も三年間、一緒にいたよね・・・楽しかった・・・」
そうだね。本当に楽しそうで、お兄さんいつもドキドキしてたよ。幸せになれよ・・・
「あ、ああ。俺も楽しかった!」
『おぃーー!それだけかよ!てかお前から言えよ!受け身かよ!告った方が負けってか!じゃあお前が負けとけよ!』
「私・・・哲也君が好き!つきあって、下さい!」
よく言った!えらいぞ由美子!お兄さん花丸あげちゃう!よいしょっと。そう考えながら体を揺らす。頑張った由美子にはサービスだ。
ヒラヒラとたくさんの桜の花びらが舞う。
「わーきれい・・・素敵だね・・・」
「ああ!綺麗だ!桜も、由美子も・・・俺も好きだ!一緒にいてくれるか?」
そして数秒の間の後、由美子ちゃんはコクリと頷くと、哲也君の出した手を握って、歩き出していた。
歩く先には恵美ちゃんが淳史君と待っていた。由美子ちゃんは恵美ちゃんに抱き着き、頭をポンポンとされている。
ああ、良かったなー。俺まで幸せな気分だ。桜の木に生まれ変わって・・・不幸だって思ってたけど。こんな気持ちを味わうなら良かったのかな?心が急速に満たされていく。心の奥深くにあった突っかかりが消えていく。ああ。俺は今幸せだ!
頭の中がスーと浮遊感を感じる。この気持ちのまま・・・もしかしたら終わりがくるのかな?これで満足したから・・・成仏して新たな人生を歩むのかも・・・その時はきっと、記憶なんてなくなってるんだろうな。
でもいいや。こんな幸せに包まれて逝けるのであれば・・・最後に幸せな人生だったと感謝できる・・・
どれほどの時間がたっただろう。気持ちの良くなった俺は、しばらくの間つぶっていた目を開けた・・・
そして目に映るには・・・誰もいなくなった見慣れた校舎だった。
おぃーーぃ!このままかよーー!!!
それから100年ほど生き続けるこのソメンヨシノの桜の木は、この高校に入学して、愛を育み、巣立っていく若い子供たちを、この後も見つめ続けるのであった。
『俺も身を焦がす恋をしてみたい・・・』
桜に転生してしまった俺は身動きを取れず傍観を生業とす 安ころもっち @an_koromochi
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