第88話 完治の朝

んーーーー。


よく寝た。


朝起きて大きくのびをするアスタロート。


昨日一昨日に比べてかなり体の傷が治ったようだ。


大きくのびをしても左肩は全く痛まない。


肩の調子を確認するように動かしていると、巣のすぐ上の幹にしがみつくようにして寝ているノーズルンが目に入る。


寝起きにノーズルンを見ても驚かない程度には、ノーズルンの容姿になれてきた。


幹にしがみついているノーズルンはピクリとも動かない。


2本の脚と4本の腕にある爪を幹に食い込ませて、幹に抱きつくようにしているノーズルン。


本当にあんな体勢で寝れているのだろうか?


今の立ち位置ではノーズルンの目が閉じているのか分からない。


そもそも、ノーズルンの6つ目は閉じて眠るのだろうか?


せっかく翼の調子も良いのだ、少し羽ばたいて上からノーズルンが本当に寝ているか確認しよう。


翼を広げる少し羽ばたくアスタロート、体の調子は問題ない。


昨日まで強く動かすと痛んでいた肩は全く痛まない。


それで、ノーズルンの目はどうなっているのかな。


ノーズルンの顔は顎を幹につけるよにして寝ている。


もうそろそろで、見えそうだ。


ぐるりん。


「ぎゃぁぁぁ。」


ノーズルンのすぐ真後ろで寝ているとノーズルンの首がとんでもない方向に回って、6つの目と目が合う。


だが、いつも見慣れたノーズルンの顔ではない、口が上にあり、続いて鼻、一番下に目がある。


ノーズルンは、こちらに振り向くのに左右に首を振り振り返るのではなく、顎をあげ真上を仰ぎそのまま後ろまで頭をそらしたのだ。


その振り返り方を全く考えていなかったアスタロートは、バランスを崩し下にある自分の巣へと落ちる。


ズドン。


「おはようございます。アスタロートさんですか。どうしたんですか悲鳴なんて上げて?」


「いや、首痛くないの?」


「首ですか?痛くないですよ。」


なぜそんなことを聞かれたのか分からなそうに返事をするノーズルンは、首の位置をそのままで幹を降りてくる。


その降りてくるスピードも妙に早い。


別に素早く降りてこようが、ゆっくり降りてこようが構わないのだが、初対面で今の姿を見たら発狂ものだ。


クリーチャーが襲ってきているようにしか見えない。


巣がある枝まで降りてくると、二足歩行でたち首の位置もいつも通りになる。


「なぁ。わざとそんな動きしてる。」


「ん?どんな動きです?」


「いや。分からないならいいんだ。」


変な動きで驚かして俺の本能をみて実は楽しんでいるのではないかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


ノーズルンは、巣の縁にしゃがみ込み、昨日の食べ残しの木の実を啜り始める。


アスタロートの巣に何も食べ物がなかったので、ノーズルンの巣から食べ物を持ってきてもらったのだ。


食べ物を取りに帰ってきたとき、生き物の首を複数個持ってきたときは驚いたが、木の実も持ってきてくれて助かった。


まだ食べていない脳みその詰まった首は巣の外にツタで縛ってぶら下げられている。


ノーズルンは朝食を食べるのかぶら下げている首を引き上げ始めた。


ふと外を見ると、受付嬢が塗り薬を持って近くまで来ているのが見えた。


そういえば、いつもこのくらいの時間だったな。


このままだと、ノーズルンが生き物の脳みそをすすっているところに受付嬢が出くわしてしまう。


受付嬢がノーズルンの耐性を持っているかどうか分からないが、普通の人間は持っていないような気がする。


ノーズルン自身も、脳ぐらいはあまり好かれている種ではないと言っていたし。


「ノーズルン、ちょっとご飯食べるの待ってもらってもいい。」


「シュシュシュシュ。アスタロートさん、自分の食べ物がないからといって待ってあげないですよ。これからは、食べ物の備蓄はしっかりすることですね。」


「あっ。いや、違うんだけど・・・。」


ノーズルンが、両手に持っている首の目玉から管状の舌を入れる。


ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ。


あ、もう手遅れだ。


目玉に深々と舌を入れたノーズルンは、そのまま脳みそをすすり始めた。


昨日の晩に続けて何度目かのノーズルンの食事シーンなこともあり、アスタロートは嫌悪感はなく、むしろ好奇心が勝ち、体の構造がどうなっているのか気になるようになってきた。


そんな、時にはもう幹に最近見慣れたはしごがかけられて受付嬢が上がってきた。


「アスタロートさん、おはよ・・・ございます。」


受付嬢は、一瞬言葉に詰まったが、何事もなかったかのように最後まで言い切った。


「あぁ。おはよう。」


いや、何事もなくなかった。


受付嬢の目がずっと白目を剥いている。


「今日は、ノーズルンさんもいらっしゃるんですね。」


「あぁ。そうなんだよ。」


「はい。受付嬢さん。昨日、友好の誓いを結んだんです。」


白目を剥いている受付嬢は、何かをブツブツ言い始めた。


薬を塗ってもらうために受付嬢の近くに寄ると独り言が聞こえてきた。


「今日だけの我慢と思ったのに、今日だけの我慢と思ったのに、今日だけのブツブツ・・・。」


「あのぉ。大丈夫か?」


「はい。大丈夫です。お気になさらず。」


「ノーズルン食事のところ、すまないが、今から塗り薬を塗ってもらうよ。」


「えぇ。気にしないでいいですよ。私は、気にせず食べますから。」


「えぇ。あれが、食事だって!まさか、あり得ない、魔獣でももっとましな捕食をするわよブツブツ・・・。」


受付嬢が、近くに居るアスタロートにも聞こえるか聞こえないの声でつぶやく。


何度目かの薬塗りだ、いつものポジションに座って包帯を取り受付嬢の前に座るが、この位置だと受付嬢の視界にノーズルンが入ることに気づいたアスタロートは、さりげなく座る位置を整えるようにして90度回転して受付嬢に右肩を見せるように座り込むが、受付嬢は、意図を察せずにいつも通りのポジションに座る。


おかしい。


今の右肩を見せたポジションだと、どう考えても薬が塗りにくいはずだ。


「なぁ。ちゃんと見えてる?」


「えぇ、勿論です。昨日から傷の治りが早いと思っていましたけど、随分早いですね。もう傷がどこにあるのか分からないです。」


「確かに、傷はだいぶ治ったんだけど、今薬を塗っているところ右肩なんだけど・・・。」


どうやら受付嬢は、白目を剥いているため上手く見えていないようだ。






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