第86話 完治までの日々 花探し

顔に水がかかって思わず、ツタを顔から放してしまう。


「シュシュシュシュシュ。しっかり、つままないと水はたくさん出てきますよ。」


ツタはホースのような構造になっており、中から大量に水が流れ出ている。


「先に教えてくれよ。」


「すみません。当たり前すぎて説明するのを忘れていました。」


ぐはっ。


なんだ、この痛みは、今までにない痛みが体を走る。


「べつにいいさ。濡れただけだし。」


そう言って、ツタを口にくわえて水を飲む。


ツタを咥えると水が流れてくる。


ゴクゴクゴク。


普通の水だ。


常温水だ。


「冷たくない。」


思わず率直な感想を言う。


異世界の木だったから、キンキンに冷えた水でも出てくるのかと思ったが、普通の常温水だ。


普通に考えれば分かる話だ。


木陰にある木の実の中に蓄えられている水だ、冷えているはずがない。


ツタのを見つめながら考えていると、変な歯ぎしり音が聞こえてきた。


「ガチャガチャガチャガチャ。」


どうやら、この歯ぎしり音はノーズルンから発せられているようだ。


視線を向けると、ノーズルンが膝に手を付き顔を伏せて笑っている。


「おい、どうしたんだよ。」


「ガチャガチャガチャ。シューー。顎が壊れる。笑かさないでくださいよ。当たり前のことにそんな不思議そうな顔をしてツタを見つめないでください。シュシュシュ。ガチャガチャガチャ。」


「むっ。そんな不思議そうな顔してないし。」

「シューーーー。収まった。久しぶりに大笑いしました。また一つ、アスタロートさんについて知りました。アスタロートさんは強くて、案外子供っぽいところがあるんですね。」


「ぐはっ。」


また、謎のダメージがアスタロートを襲う。


いや、謎のダメージではない。


面白おかしいこの世界の人たちに、子供っぽいと言われたことが気に入らないのだ。


解釈の不一致だ。


いや、違うな。


ノーズルンが言っていることは正しく、間違っているのは俺なのだろう。


この世界よりも文明が進んだ地球という世界から来た自分のことを心のどこかでより優れた知性を持っていると思い込んでいたのかもしれない。


本当は、この世界に関しては子供よりも知らないのに・・・。


認めよう。


俺はこの世界の常識を何も知らない。


何も知らないことに気づいたアスタロートは開き直ることにした。


「知らないんだから、仕方ないだろ。」


「知らなくても、普通の植物なんですから少し考えたら分かると思うんですけど。」


つい先ほど少し考えて同じ答えにたどり着いたアスタロートには、返す言葉もなく。


ただ、黙り込むしかなかった。


「・・・。」


少し唇を尖らせて黙り込むアスタロートの姿は、普段大人びた容姿をしているが、少し幼く見える。


その場の空気に耐えられなかった、アスタロートは視線を遠くに向けると、今まで見たことのない、赤い花を見つけ指をさす。


「あっ。赤い花。」


アスタロートが唇を尖らせていた様子を、凛々しく戦っていた時とのギャップに萌えていたノーズルンも指をさされた方向を見る。


遠目に小さく見えるが、赤に少し茶色が混ざったような色は、おそらく目当ての花だろう。


「目当ての花かもしれませんね。」


近くで見ると間違いなく目当ての花だ。


近くにもう一本咲いている。


「念のため二つとも採っておこうかな。」


そう言いながらアスタロートは周りの土ごと花を採取する。


「アスタロートさんどうして土ごと採取するんですか?」


「アハハハハ。知らないんだな。」


先ほどこの世界のことを知らずに馬鹿にされた分、やり返すために言い返す。


「花は、地中の養分を吸収するからこうして周りの土ごと採って帰ると花が傷みにくいんだぜ。」


アスタロートは得意げに、2つの花を採取してノーズルンに見せる。


「へぇー。変なことは知ってるんですね。」


ノーズルンにとっては、常識が欠如しているのに、花を傷ませないように持ち帰る方法など知っていてもなんの役に立たないことは知っていることに不思議がる。


一体、窪地の外は一体どういったところなのか。


話を聞く限りでは、植生や生きている動物とかも全く違うようだが、似通ったところもあるようだ。


「変なことじゃねぇよ。ありがとな。ノーズルンのおかげでバクバクに持っていく贈り物が手に入ったよ。今日は帰ろうか。」


「はい。」


その後、2人で町に帰っていくがどうもおかしい。


ノーズルンが町までついてくるのだ。


気になったアスタロートは、町の入口の案山子が立っている前でノーズルンに尋ねる。


「魔人は町に住まないって聞いたけど、ノーズルンは町に住んでいるのか?」


「シュシュシュ。アスタロートさん、友好の誓いを結んだではないですか!それとも、今日いきなりお邪魔しては都合が悪かったですか?」


友好の誓いは、共同生活を送る相手と結ぶものだが、そんなことをいまだに理解していないアスタロートはなぜお邪魔するのか理解できず、必死に考え1つの可能性に結び付く。


もしかして、結婚したってこと!?


いや、主人公がいつの間にかその世界の美少女と恋人関係や婚約関係になることは、異世界小説ではたまに見かけた展開だ。


辺りは夕暮れに包まれており、アスタロートにとっての握手をしてからかなり時間が経過している。


今更、友好の誓いって結婚するって意味だったのなんて聞けない。


それに、2人とも女同士だ。


異世界じゃ普通のことなのか?


「そっその、俺たち種族も違うし女同士だけどいいの?」


アスタロートは、少し遠回しに結婚を断るような材料になるワードを並べて確認してみるが、まったくの逆効果だった。


「えぇ。大丈夫ですよ。種族は気にしないですし、女同士だと逆にいいではないですか!」


「えぇ。いいの!?」


どっどうしよう。


まさかのレズだった。


ノーズルンは、同性同士でも大丈夫なようだ。


異世界怖い、進んでる。


まさか、こんなにも性別に関して寛容であるとは思わなかった。


アスタロートにとっても、女同士は元が男だったから嫌ではない。


ノーズルンは常識があり性格もよく、話した感じ相性も良さそうだ。


だが、種族がダメだ。


もし、結婚するならフルーレティーのような可憐な種族がいい。


今日一日一緒にいて、だいぶ見慣れたが、まだ無理だ。


百歩譲って結婚する覚悟を決めるには、もっと時間がほしい。


思考がぐるぐる回り、目をまわしながら町の中心部へと歩いていくアスタロートと、それについていくノーズルン。


アスタロートが自分の勘違いに気づいたのは、この後すぐのことで、考えに考えを重ねた結果アスタロートがやっぱり結婚するのは無理だと思い白状してからだった。






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