記憶バイバイ

三京大、

第一話 曖昧な記憶

 目が覚めると、ポストに見覚えのない請求書が届いていた。金額は――指でなぞるように確認すると「二万か……いや違う、二百万」驚きのあまり、声量が出なかった。寝起きが原因かもしれない。寝癖で爆発した黒い髪の毛を掻きながら現実逃避をするように、テレビをつけた。男子大学生の夏休みは、時間だけはたくさんあるので暇だ。朝の八時半、ここ最近で一番早く起きた。そんなどうでもいいことを考えながらテレビの前であぐらをかいた。


 「昨年から、日本で普及が進むサービス『ばい Buy』ですが、詐欺の被害が絶えないため政府が来年から規制を――」


 「騙される方が悪いだろ」そんな独り言を漏らしながら、中年の男性アナウンサーの低い声に耳を傾けていた。一人暮らしを始めてから独り言が増えた気がする。そんなことを考えていると、スマホが鳴った。朝から失礼な奴だなと思いながら、画面にひびの入ったスマホを持ち上げた。身に覚えのない番号だが、電話帳には載っている。不思議に思いながら電話に出た。


 「中村さん、今日までに二百万円ですよ。散々伸ばしてきたんだから、今日払えないとどうなるか分かりませんよ……」優しい口調だが、落ち着きすぎていて逆に怖い。お兄さんの言葉からは圧力のようなものを感じる。あの請求書のことだとすぐに分かった。


 「すみません。その請求書について記憶がないんですよ」朝届いた請求書について、記憶がないのでできる限り落ち着いて答えた。


 「見苦しいですよ。まあ、お金が無いにしてもとりあえず、今日の午後二時に後ほどメールで送る場所まで来てください。来てもらわないとどうなるか分かりませんよ」先ほどと同じ脅し文句だが怖い。


 「分かりました」そう答えると電話を切られた。メールで送られてきた場所は家から近い公園だった。中身のないペットボトルをかき分けて、通帳と財布を取り出して中身を確認したが、請求書の金額には届かなかった。どうしようもないので『ばい Buy』を使うことにした。


 『ばい Buy』は、身長や体重、視力など自身の一部を売買できるシステムで、金額や分量は契約の時に決められる。寿命など命に関わるものは、政府が制限している。これを使えば一瞬でお金を手に入れられる。そう考えて公式サイトの掲示板を開く。しかし募集しているどれもが借金の額に辿りつかないので諦めた。そもそも、お金が手に入るのが早くても明日。お金が手に入っても明日まで待ってくれるだろうか……


 そして、あっという間に午後二時になってしまった……

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