抵抗


 ――――嫌よ嫌よも好きのうち。


 誰かが言ったそんなこと。


 これのおかげで級友から誂われた少年少女がどれほど居たことだろうか。


 本当に好意を持っている場合なら図星を突かれているわけで、否定しないと身悶えするような恥ずかしさが待っている。


 好意などはまるで無く、本当に嫌いな相手であった場合は余計にたちが悪い。本人が否定しようが肯定しようが、結局、事の顛末は周囲の捉え方次第で決まってしまう。決められてしまう。


 本人の抵抗があまり意味を成さないことが往々にしてあるのだ。



「やっぱりアンタ、彼のこと好きなんでしょう」


 

 ――ほら今日もこうして私の気持ちが、周囲の人間が見たい景色の通りに歪められている。

 

「違います。てかどちら様ですか?」


「図星だから隠すためにそう言っているだけでしょ?」


「だから違うって言ってんでしょ。てかまじアンタ誰」


「あっそ。今に見てなさい。彼は私が手に入れてやるんだから」


「はいはい。つーかホントアンタ誰よ」


 目の前にいたキャンキャンと吠える女は私の質問に応えないまま言いたいことだけ言って去っていった。


 いい加減いきなり知らない女に絡まれるの面倒くさいなぁ。いつも喧嘩腰で来るし。


 そう、こうしただる絡みは日常茶飯事だ。


 その原因はいつも「彼」。私の幼馴染(男)。

 家が隣で保育園からの付き合いで、家族ぐるみで仲が良い。


 彼とは物心付く前から一緒にいて、鬼ごっことかかくれんぼとか、とにかくずっと一緒に遊んできたものだから、もはや人生の相棒のような領域に達している感がある。


 今でも登下校は一緒。まぁ、同じ高校で家が隣同士だったら必然的に登下校一緒になるよね。


 恋人でもなんでもないので、特に会話するでもなく、ベタベタするでもなく、ただただ一緒に歩いているだけ。



 その関係が他の女子共からは、私が彼のことを好いているように見えるようで面白くないらしい。



 ――少し前まで彼のこと見向きもしなかったくせに。

 


 彼はちょっと前まで芋臭い小太りな感じだったが、最近変わった。


 中学は帰宅部だったのに何を思ったのか高校から運動部に所属しだした。

 最初は運動に不慣れな事もあって、ついていくのも大変そうだったが、根性でなんとか乗り切ったようだ。


 日にちが経つに連れ余分な贅肉は落ち、身体が引き締まって、顔つきまで変わった。肉に隠れていた甘いマスクが現れたのだ。

 それに女子共が気付いたというわけだ。


 ただ、人間、根っこはそう安々とは変わらない。三つ子の魂百まで。


 つい半年前までド陰キャだった彼だ。

 見た目は変われど中身は芋臭いままだ。気軽に話せる女子は昔から私だけ。 

 オドオドはしないのがせめてもの救いだと思うが、私以外の女子を前にすると極端に口数が少なくなって会話が成立しなくなる。


 それをミステリアスな人、と捉えられるのだから恋って盲目。



 そしてそれが転じて唯一彼と会話ができる私が目の敵にされるわけだ。


 はぁ、アイツがもっとこう、他の女子とも普通に話せるようになってくれればなぁ。

 アイツと話せない女子共のフラストレーションが私に向いてくることなんてなくなるだろうに。



 彼が他の女子と話している姿を想像してみる。



 ―――全くビジョンが浮かばない。こんなことってある? 陰キャ道極まれりか?



 そんなくだらないことをぶつくさと心の中で呟いていたら大柄な男が通りかかった。


 彼だ。


「あれ、何してるのこんなところで」


「何って、アンタを待ってたんでしょうが」


「えっ、今日は部活あって遅くなるから先帰ってていいよって言ったじゃん」


「こんな小さくてか弱い可愛い女子を一人で帰らす気?」


「……少なくともか弱くはない気が……」


「フンッ」


 彼の脇腹に手刀を突き刺した。


「ゴッ」


「なんか言った?」


「…………何も」


「よろしい。じゃあ帰ろ。今日もお部屋行っていいよね?」


「うん、いいよ」


 二人で下駄箱に向かい、上靴から履き替えた。


 彼は既に履き終えて、正面玄関の扉の前で待っていてくれている。


 私が靴を履き終えて彼のもとに歩いていくと、彼は何も言わず扉を開けて私を通してくれた。



 少しばかりひんやりとした風が吹き付けていた。



 季節としてはそろそろ秋口に差し掛かっている。

 残暑はすっかり抜けてきていて、日が落ちる頃には外気温が結構冷え込むようになった。



「結構冷えるね」


「そうだね、寒くない?」


「ちょっと」


「じゃあ、ウインドブレーカー羽織る?部活ので悪いけど」


「ありがとう。けどアンタは?」


「僕は運動してきたからまだ少し暑いくらい」


「そう。じゃあありがたく」


 彼からウインドブレーカーを受け取って羽織った。

 ほんのりと、彼の汗の匂いがした。 


 普通の女子だったら嫌がるのかな? 汗臭いのとか。


 こういうシチュエーションでふわっと香水のいい匂いとかしたら受けがいいんだろうけどね、コイツにそれは無理ってもんよ。 




 けどそれが何? 女子受けがなに? 自分だってこれから寒い思いをするかもしれないのに、こうやってさらりと上着を貸してあげられる、それ自体が、その優しさがコイツのいいところなの。打算とかないの。


 汗臭いかも……とか自身の見栄えの心配の前に相手の身体の心配の方が勝っちゃうの。そんなことある? こんな人いくら探してもそう見つかるもんじゃないんだから。



 それなのになに? 最近の女どもは。コイツとろくに話したこともないくせにキャーキャー寄ってきて。どうせ外面だけしか見てないんでしょ。

 

 コイツのいいところはね、…………いやもちろん外面もまじまじ見るとちょっと照れちゃうくらいにはタイプだけど…………外面だけじゃなくてね、こういう気持ちの部分なのよ、それがわからない女どもには絶対にコイツは渡さないんだから。


 

「どうしたの、そんな真顔で。……ごめん、もしかして臭かった?」


「ちょっとね。けど暖かさには代えられないからこれで良いわ」

 

 危なかった。

 ちょっと私の中の気持ちが加速してしまった。

 コイツに私の気持ちがバレたら恥ずかしくて爆死する。

 

「そっか、ごめんね。次は消臭スプレーかなんかしてから貸すよ」


「そんなことしなくて良いわ」


「…………?」


 私は少し変態なのかもしれないと思った。

 

 

 その後特に会話もなく二人で家まで帰った。


 両親の帰りがいつも遅い私は彼の家で夕飯をご馳走になっている。

 最近は夕飯の後に彼の部屋に入り浸り、お風呂の時間になったら家に帰る、というのがルーティーンだ。


 そんな素晴らしいルーティーンを経て、今夜もまた気持ちよく床についたのだった。




――――――――――――

  



「アンタ! やっぱり彼のこと好きなんでしょう!」


 翌日の昼休み。昨日の女にまた絡まれた。


「だから違うって言ってんでしょう」


「嘘ね! 私見たんだから。アンタが彼のジャージを来て彼と一緒に帰っているところ」

 

 あ、見られてたんだ。

 

「そこまでして、なお彼のことが好きじゃないって言うの!」


 女のボルテージがピークに達する。

 今にも殴りかかってきそうな勢いだ。



 なら、もう、いっそ。



 それに負けないように。相手の心をへし折るように。



「……ごちゃごちゃ五月蠅いわね。耳かっぽじってよく聞きなさい。好きとかそういう次元じゃないの。もう愛なの。愛しているの。こちとらこーんな小さい時からずっと一緒にいて、十何年ずっと推し続けてるの。もはや身体の一部なの。ここ数ヶ月くらいで彼を見つけたようなニワカ女どもには負けるわけがないし、負けるわけにはいかないわけ。わかる?」


「………………ッ」


 女の目から涙が溢れる。

 先程までの勢いはどこへやら。嗚咽を噛み殺しながらとぼとぼと去っていった。



 少し大人気なかったかな。

 けど相手も相当覚悟決まってたし、こっちもいつまでもはぐらかしきれなさそうだったし……

 まぁ、どうやら勝ったようだから良しとしよう!

 

 そう思いなおして、教室に戻ろうと振り向いた。



 

 大柄な男が立っていた。

 


 目眩がした。




 

「……ア、アンタ、い、いい、いつからそこに?」


「………………ごちゃごちゃ五月蠅いわね、から」


  

 もう隠しようもなければ隠せてもいないけど。


 周囲から見える景色を少しでも歪められることを期待して。


 せめてもの抵抗として口走る。


  

「…………アンタなんて好きでもなんでもないんだから!」

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