BMI3249

あぼがど

第1話 飛べファルコン!強敵レーシング仮面の秘密

「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。

 それがどうした。おれには関係がない。直ちにキャンセルコマンドを2回打ち込んだら、端末の中でEX-Rサーキットのシステム音声はもっと楽しそうに言いやがる。「チャンスは残り一回、これが最後のチャンスです」

 でもそうさ、こうでなけりゃいけねえ。本当のチャンスはいつだって1回しかないんだ。たとえ1クレジットで3ヒートの走行が可能でも、たった1度のタイムアタックに全てをかける気持ちで行かないと、おれとおれのマシンは真価を発揮しないんだ。机の上のポータルピットにおれの相棒、最高のBMI四駆「ファルコンM」をセットする。完璧にチューンされいくつもの改造パーツを装着していても、青と白銀の2色に塗り分けられハヤブサの姿をイメージした鋭いアウトラインは崩れていない。コンデレに出したって優勝間違いないだろう。でも、おれたちの戦いの場はコンデレじゃあないよな。頼むぞ、ファルコン。

 ポータルピットがファルコンMをスキャンチェックする。もちろんレギュレーション違反なんかありゃしない。吟味を重ねた改造パーツもすべて公式規定を守って取り付け、マシン重量もサイズも既定の範囲をギリギリまで攻めて、そして逸脱はしない。そんなのB四レーサーなら誰だってやってるジョーシキだ。ルールを破ったら勝ち負けなんてないんだから。「マシンスキャニング完了。検査結果は合格です」つまらなそうに言うんじゃねえよ。あったりめーだっつーの。

 もうずっと自分の身体の一部のようになってる非侵襲型BMIレーサーヘルメットを深く被り、バイザーを降ろしてB四コントロール・システムを立ち上げる。頭から甘かゆい刺激がぞわぞわ広がって、スピードへの欲求がどんどん高まっていく。この感じ、自分の身体と機械とがひとつにつながっていく感触は、なんかすごく気持ちがいい。五感は大きく広がっていくのに意識はマシンの中に深く深く潜り込んで行く、そういう感覚だ。そして目を閉じれば、視界は一気に開ける。ここはもうBMI四駆の世界、レーサーの天国。無人のスタンドから無機質の声援が発せられ、AIの合成音声が神々しくも響くヒバリ模型のエクストラ・リアリティサーキットに、いま・おれは・ある。

「BMIデバイスのセット確認。チャンピオンシップモードでパスファインダーの対戦データを設定しますか」もちろんYESだ。おれはアイツと戦うためにここまで来たんだから。レーサー登録ネーム「Racing_Kamen」、タイムスタンプ「20840314_14:35」。このファステストログ、コースレコードを呼び出す。ヒバリのEX-Rコースに3か月前突然現れた謎のレーサーが残した軌跡。なにが「レーシング仮面」だ、ひとを馬鹿にしやがって。でもそれからずっとあらゆる常連メンバーや有名なチームのレーサーが挑んでも、誰もこの記録を塗り替えられなかった。いま、その走行データがBMIメットの感覚領域に再現され、やつのマシンがレーン内にグラフィクされる。とてもレース用に組まれたとは思えない、ふざけたマシンのご登場だ。軟質素材で成形されたタマゴみてーな丸っこいシルエットにチョコレート色のフェルト植毛が施されたボディ、高速走行にはまるで不向きな小さなホイール。マシン上面には何ひとつ空力の役に立ちそうもないドレッドヘアーが植えられて、フロントにはマヌケな顔まで付いていやがる。そう、レーシング仮面の野郎はよりにもよって最速記録をモル四駆なんかで叩きだしたんだ。モル四駆だぞモル四駆!クラスの女子がおままごとでキュイキュイ遊んでるネズミっぽいやつじゃないか。そんなのがトップランカーに居座ってるのはすげームカつくわけで、おれはずっとファルコンMをこの日この時のために鍛え上げてきたんだ。誰も勝てなかった無敵のレーシング仮面に、今日こそはおれとおれのファルコンが引導を渡してやるぜ!

「スタートシークエンスを開始します」スイッチONで超電導アルティマダッシュモーターが全力で回転を始める。世界は加速し、降ろしたての単3リニューエブル・プレミアバッテリーがおれの心臓の鼓動を高める。BMI四駆のスピードが、おれのスピードになる。レッドシグナルが灯り最高のボルテージがおれとファルコンMに流れるいま!グリーンシグナル!行くぞファルコン!


 この瞬間おれはハヤブサになる。サーキットのファルコンになる。


 おれはメインストレートを最高速で駆け抜ける。フロントとリアの2つの可変ウイングバンパーが強力なダウンフォースを形成し、おれの身体を路面に繋ぎとめる。事前に何度もファステストログを見直した通り、レーシング仮面のモル四駆はスタートダッシュが弱い。この加速にはついてこれない。このままぶっちぎりたいところだけれど、ヤツはそれほど甘くはない。できるだけ距離を稼ぐためにも、おれの4つのホイールには一層激しく回ってもらう。もっと、もっとだ!ハヤブサの翼が空を舞うように、走れファルコン!

 目の前には最初の難関セクション、クライムターンが待っている。ストレートのスピードが乗ったままに急斜面を一気に登り、そこで180度のヘアピンカーブだ。スピードに酔っていたらたちまちマシンはコース外に吹っ飛ばされちまう。前後左右に四基セットしたアクティブレーザー・スタビライザーがサイドウォールとの適切な距離を計測し、変性路面追従タイヤがファルコンMの挙動を抑え込む。空力と摩擦抵抗がおれの中でせめぎ合うそのとき!一瞬の隙を突いてモル四駆が追い抜きをかける。軟質のボディは横Gに歪んでぐんにゃりしながら、コースの最外縁にへばりついて加速したままカーブを越えていく。なんであのスピードでコースアウトしねぇんだよ!毒づいてる場合じゃない、集中!集中するんだ。ブレインコントロールを失ったらそこで終わりだぞおれ!

 クライムターンを一気に駆け下り、四連キャメルバックに突入する。通常この手のコブ越えは、最初のひとつから低く直線的にジャンプして水切りのように処理していくのがセオリーだ。だがヤツのモル四駆はキャメルバックの直前でつんのめり、そのまま車体全体をゴロゴロ前転させて強引に乗り越えていく。タイヤかよ。あれじゃ四駆じゃなくて一駆だろ!と、競争相手に動揺を誘うのがおそらくはヤツの手なんだ。しかしこれでまた追いつける。ファルコンMのホイールに組み込んだリニアフロートベアリングは、マシンバランスを崩すことなく4つのバンプの頂上を軽々と跳び越えさせる。このままヤツが稼いだ距離の貯金を、ファルコンが奪い去るんだ。ネズミに襲いかかる猛禽のように、おれは追跡する。目の前でモル四駆の無意味なドレッドヘアーが左右に振れるのはまるで頭にラーメンを被ってるみたいでちょっと笑うがいかん、これもワナだ!そんなものに気持ちを乱されることなく、わずかな直線を加速に利用してそのまま火星面宙返り、マーズローダーの垂直大回転に突入だ!可変ウィングバンパーはロールトップの最頂部でも確実に路面にマシンを吸いつかせる。ファルコンMの超加速は重力にも負けはしないんだ。しかしバンパーもウイングもない向こうは小さなホイールを小刻みに振るわせて、いかにも必死に走っているけどスピードはまるで落ちない。ブルブル震えながらハイスピードで垂直ロールを駆け抜ける、恐ろしいヤツ!


 難所になればなるほど、ヤツのモル四駆は一見すると不安定に走っているかのように思える。しかし実際のところは安定した走行ラインが堅実に保持されているのだ。ただ走行データを見ていただけではわからなかったことが、いま同一レーンを先行されてハッキリと理解出来る。レーシング仮面、何者かは知らないが恐ろしいテクニックの持ち主だ。コーナーで軟質ボディが歪んでいるのは、あれは意図しての変形なんだ。通常、BMI四駆はいくつもの空力制御パーツを使ってマシン周辺の気流を制御しているのだけれど、ヤツはモル四駆のボディそれ自体を弾性変形させることで可能にしている。マシン全体のフェルト植毛は空気抵抗を生み出すようでいて、表面冷却機能が隠されているに違いない。バンプでゴロゴロ転がっているのはフェルトを起毛し気流を導くためなんだ。公式ルールに抵触せずにこれほど多彩な技を見せる、伊達や酔狂であんなマシンを組んだわけじゃあないってことだな。やるなレーシング仮面!だがこっちだって負けちゃいねえ。ファルコンMの無段変速ハイドロリンケージギアは走行速度と路面状態を適切にフィードバックして、最適なトルクと加速性能を引き出す!


 加速されたマシンは続く四連高速バンクで左右に振られながらも速度を殺すことなく、アイガー・ウォールを駆け上る。その先に待っているのはギンヌンガの大ギャップ。これを飛び越し、そして無事に着地しなければならない。登坂路ではダウンフォースで路面に車体を安定させ、宙を舞う際にはリフトフォースを発生させて「空飛ぶクルマ」にならねばならない。このセクションこそおれがいちばんの勝負を仕掛ける場所だ。ファルコンMのボディ各部に開けた肉抜き穴は、単に軽量化のためだけじゃない。それらはどこも空力制御ダクトとして働き、吹き抜ける気流は車体そのものをリフティング・ボディと化して低伸弾道を描き、高速安定飛行を実現する。ハヤブサの飛翔がサーキットに再現される!


 だが、だがそれでもモル四駆には追いつけない。おれの目の前をヤツは、あろうことか後ろ向きに飛んでいくのだ。そのマヌケな顔をこちらに見せつけ、屈辱感を与えるように飛び去っていく。B四が後ろ向きに走るなんてあり得ない、あっちゃいけないんだ。ひとは前に向かい生きて行く使命がある。そのことを体現するためにB四レーサーは走り続けているのに、なのに、なのにだ!こっち見んな!!


 レーシング仮面のモル四駆は後ろ向きのまま着地し、そこで器用に一回転して元の姿勢に戻る。後退姿勢でもホイールは前転し続けているのだから、あれはいわばブレーキになっているんだ。すべて計算の内、か……。必勝の信念をかけたジャンプでもおれはヤツに追いつけなかった。でもこれはまだまだ1レーン目だ。周回を重ねて5つのレーンを遷移するごとに加速し続けるのがBMI四駆レースだ。勝負はこれから、この先溜めこんだスピードで攻めて行けば必ず勝利の道はある。おれはおれ自身と、なによりおれの作ったマシンを、ファルコンを信じる。信じて勝つ!


 大ギャップを越え、下り斜面から右周りの高速デグナーバンクをスムーズに通過していくのはお互いセオリー通り。ヤツも基本を守るところは守って走ってる。やはり考えなしに無茶な走行をしている訳ではない。ところが、その先のコークスクリュー・ブローでレーシング仮面のコースレコードは不審な挙動を見せる。ここは螺旋を描いた高速カーブが上下左右に振れる難所だが、1レーン目の走行ではモル四駆は急激に減速してコースの中を転げまわるのだ。四連キャメルバックの時とは違う、まるでコントロールを失ったかのように惰性で転がっていく。おれは易々とモル四駆を追い抜く。だがしかし、なにかがおかしい。ファルコンMはモル四駆を引き離しながらレーンチェンジャーに進入し、2レーン目の走行が始まる。


 ラップ2もほぼ先の走行が繰り返される。ストレートはファルコンM有利に進むけれど、コーナーやバンプでモル四駆は異様な走法を見せて抜き去っていく。後ろ向きに大ギャップを越えていくところも同様だ。こちらが増速しているように、ヤツもまたスピードを増している。そして最後のコークスクリューで、今回ヤツはコースを外れる。

 正確には、コースから飛び上がり、螺旋を描いたコークスクリュー・ブローの内側を弾丸のように進んでいくのだ。直線ならばまだしも、コーナリングに沿って上下左右の曲線を描いて飛行する3次元的な軌道。なんでBMI四駆にそんなことが可能なんだ? しかし実際、ヤツは飛んでいるのだ。緩やかに回転し、フェルトの断片をまき散らしながら。その軌跡は長く尾を引いて銀河を渡る彗星のようにも見える。あれは奇跡だと誰かが言ったけれど、直接戦えばわかる。これは脅威で、恐ろしいものだ。

 ルール上、例えマシンがコースを飛び出しても本来の走行レーンに無事戻ることができればレースは続行される。ショートカットもルール違反とは見なされない。ファルコンMがどれほど速度を増しても、ラップを重ねれば重ねるほど、モル四駆はさらにその先を行きコークスクリューの飛翔速度と飛行距離を伸ばして引き離される。だが、諦めない。諦めてはいけない。食い下がって、追いかけて、打ち勝たなければいけないんだ。ストレートを駆けるファルコンMの眼前に、モル四駆の無意味なドレッドヘアーがヒラヒラ踊る。まるでこっちをあざ笑うかのように。


 ドレッドヘアー……? いや、最初のラップではあんな挙動は無かった。むしろその動きは、髪の毛の広がりはラップごとに大きく、派手になっている。その姿はたてがみを振り乱すライオンのようで、それだけ空気抵抗を受けるはずなのに、そんな様子はない。なんだ、これは一体……。


 そうかわかったぞ。


 ヤツはおそらく、静電キャビテーションバブルを利用している。冬場にかーちゃんが編んでるマフラーの毛糸玉が、静電気を帯びてバシっと跳ねるアレだ。マシン全体に不可視の電気的な鎧をまとわせることでコース路面に対してイオノクラフト効果が発生し、コークスクリューは電子加速器のようにヤツを打ち出すんだ。最初のラップで速度が落ちたのは、あれも意図的なものだ。ワザと路面に電解質フェルトを擦り付けて、2周目以降の飛行に利用してたんだ。周回を重ねる度に飛行距離が伸びて行ったのもそれで解る。ジャンプする度にコース全体に電磁気を帯びたフェルトを巻き散らして、すべてのレーンがヤツの加速カタパルトになってたんだ!理解したぜ!!。


 理解したところで、どうなるものでもないけどな。


 いまのおれでは電磁加速されるモル四駆を追い抜くことは出来ない。ヤツはネズミどころか恐ろしい獣……サーキットの化け物だ。


 ごめんなあ、ファルコン。おれは勝てそうもないよ。こころが折れてあきらめそうになったそのときに、突然BMIメットから刺激が走った。視覚にブロックノイズが流れ、聴覚には刺すような高周波が注がれる。痛い痛い痛い!なんだこれ、なんなんだよこれは!?

 ああ、ハヤブサが怒ってる。ファルコンMがおれを叱ってる。言葉を持たないBMI四駆が、おれの感覚に訴えているんだ。俺はまだ負けてないぞ、だからお前は勝手に心を折るな。そういうメッセージを伝えてるんだ。これはおれとおまえ、お前と俺の、おれたちのレースなんだ。お互いがあきらめない限り、どちらかが戦いを続ける限り、決してレースは終わらない。いま、ファルコンMはあきらめずに走り続けている。だからおれは考えろ!あきらめずに勝機を見つけるんだ。この広いサーキットのどこかにチャンスはないか、ひとつ上の高い視線でレーン全体を見つめ直す。はるか彼方の高い空から隼が獲物を見つけるような、そんな目を持つんだ――


 もう一度、コース全体を考えよう。おれたちはスタートからレーンチェンジまでどう走ってきた? どこで加速し、どうやってカーブを切った?ストレートで、コーナーで、数々の難セクションで、おれたちの先を行くモル四駆を確実に抜けるポイントはどこだ? 思い出して、そして考えろ。ヤツの走行ラインの弱点と、おれたちの走行ラインの強み。それを見つけて、ひとつに結び付けることが出来れば、かならずそれが勝利のカギになる。はじめから約束された勝利なんて無いけれど、いつだって勝利をつかみに行くことは出来る。走り続ける限り、戦い続ける限り……。


 そして隼は、獲物を見つけた。


 ある。たったひとつある。勝利を導くポイントが。それはアイガーの先、ギンヌンガの大ギャップ。はじめからおれが必勝の信念を込めてファルコンMにチューンを施した、あのセクションだ。そこでレーシング仮面がモル四駆を毎回後ろ向きにジャンプさせるのは、着地の際のブレーキングのため、減速するためだった。ならばこっちはもっと加速して、そこで追い越しをかける。後ろ向きなヤツには負けられない。いつだって勝利とは前に向かい生きて行くことを体現するものなんだ。そうだよな、ファルコン。

 そんなハイスピードでジャンプすれば、普通はコースアウトでリタイヤだろう。けれど、もしもジャンプの軌道を曲げることが出来れば、モル四駆が電磁気を利用してコークスクリューを曲線飛行したように、空力制御されたファルコンMが思いのままに風を操ることが出来たなら……。そのとき、そこに勝機はある。必ずある。

 ルール上、例えマシンがコースを飛び出しても本来の走行レーンに無事戻ることが出来れば、レースは続行される。ショートカットもルール違反とは見なされない。だったらギンヌンガの大ギャップを全力で飛翔し、仰角と旋回を制御して一気にコークスクリュー・ブローごとセクションを飛び越えてしまえばいいんだ!


 イチかバチかだ。失敗すれば間違いなくコースアウトで失格だろう。だけどファイナルラップのこの一回、残されたチャンスは1度だけ。やるしかない、やるしかないんだ。最後の周回にプレミアバッテリーの電力を全て使いきるほどパワーを絞り出す。超電導モーターがその名の通り究極のダッシュで高速回転する。モル四駆を猛追するおれたちの血がたぎる!路面追従タイヤの変性を左右で違えて、レーザースタビライザーの機能はすべてカットオフだ。登坂路の直線を駆け上がりながらウイングバンパーの角度をコーナー進入ポジションに可変させる。不安定な走行ラインでサイドウォールに接触しても、そのまま加速を続けるんだ。苦しい、苦しいよなファルコン。でもいまが苦しいからこそ、勝利は輝くのさ!おれたちの進む先、エクストラ・リアリティの向こうに本物の夢と希望が待ってるんだ。行こうぜ相棒、その高みへ、はるか遠くへ。おれたちはバランスを崩したまま猛スピードでアイガー・ウォールの頂上に登り詰め、そこでギンヌンガを右に!飛びだす!急旋回したファルコンの軌道は、空中ドリフトスピンターンだ!風の翼を広げておれたちは飛ぶ――


行っけえ、ファルコン・マグナム!!


*  *  *


「競技車両失格のためレース終了。今回の走行記録は無効となります。次のチャレンジをお待ちしています」どこか楽しげに声は告げる。


 BMIメットを脱いで目を開ければ、そこは見なれたおれの部屋だ。ああ、おれは負けた。たしかに負けた。でもいったい、何に負けたんだろう?レーシング仮面に?モル四駆に?そうじゃない、そうじゃあないんだろうな。全力を出しきったファルコンに、おれが応えられなかった。まだ足りない。何かが足りないんだ。マシンセッティングを見直さなきゃいけないし、コース戦略もゼロから立て直しだ……。でもいまこの敗北感は、なぜだか少し心地がいい。レーシング仮面の走りもだんだんわかってきたし、進むべき道と登るべき階段がEX-Rの先にある。それが見える……。


「タカシー? どしたのあんたぁー。ボンヤリしちゃって」


 あー、なんだかーちゃんかあ。おれ、勝てなかったよ。一週間もかけてチューンしたのに結局コースアウトしちゃった。


「あんまり根詰めちゃだめよー?健康のためにも『BMI四駆は1日1時間』って、AIファイターも言ってるでしょ?」


 あいつ人間じゃないからさあ、好き勝手言えるんだよなー。1日1時間じゃ、勝てるマシンもロクに作れないっつーの。


「ともかく、早くかたしてね?ご飯にしちゃうわよ。今日はタカシの好物のメンチカツなんだからね」


 はいはい、すぐ行きまーす。ポータルピットからファルコンMを取り外して、高く高く掲げてみる。見えるのは部屋の天井だけど目指すはその先、もっと上の方。チャンスは残り三回じゃないし、全てをかけた1度の勝負に負けたってそこで終わりじゃないんだ。そんな数字はおれには、おれたちには関係がない。おれとファルコンが止まらずに走り続ける限り、チャンスはいつだって無限にある。ここから、再スタートだ。


 見てろよ、レーシング仮面!今度こそ必ず、おれたちが勝つんだからな!!


「なーにー、呼んだー?」


 ちぇっ、かーちゃんじゃないよ、こっちのこと!


「あらあらそうなの?うふふ……」


 やれやれだなぁ……。


 ……うん!?

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