1-5 小井塚咲那

 読経のような教師の声を聞きながら、小井塚咲那は欠伸を噛み殺していた。


 現国の教師は四十代の坂上だ。常にワイシャツにスラックスと、見た目だけは真面目そうだが、授業の内容はつまらなかった。教科書を読むだけの講義に情熱もやる気も感じられない。咲那としてはハズレの教師だが、人によっては居眠りを咎められないため、アタリの教師らしい。


 真面目に聞いているのもバカらしいので、咲那は昨日の放課後、<恋愛の神様>と話したことを思い出していた。


 咲那としては書けなくなった小説を書くためにコイバナを聞ければよかったのだが、話の流れで相談者の問題を解決しなければならなくなった。


(それはいいんだけど……)


 相談者の秋月拓志を調べてみると言ったものの、どう調べればいいのかわからなかった。ネットで検索したところで、秋月に関する情報は出てこない。一般人なのだから当然だ。それなら、同じ一般人に尋ねるしかないのだが、それが難しかった。


 咲那には友人がいない。皆無だ。


 誰ともまったく話さないわけではない。必要最低限の連絡事項などの会話は可能だが、およそ友達と呼べる存在はいなかった。昼休みはひと気の無い場所で、ぼっち飯だし、その後は図書室で読書。放課後も図書室で読書。中学三年間も同様なので、今さら友達が欲しいとは思っていない。

 とはいえ――


(勉強と関係ないことを調べる時は困る……)


 最近の流行りだとか噂話だとか、本やネットに載っていない情報は、友人からしか得られない傾向にある。これまでは、そういった無益な情報に興味は無かったし、触れる必要性もなかったので困らなかった。


(まあ、やるしかないか……)


 友達がいないならいないで、誰かに聞くしかない。

 問題は誰に聞くか? だ。


 チラリと九重真奈美のほうへと視線を向ける。咲那の席からは、教室の前のほうに座る九重は背中しか見えない。


 九重は教師に咎められないギリギリのラインで髪の毛を染めているが、いつも艶のある髪はシャンプーのCMに出ている女優のようだった。見た目もクラスで一番かわいいと言われている。

 パッチリ開いた二重瞼の目は大きく目力があり、全体的に顔が小さい。背はそれほど高くないのだが、頭身が大きい。まるでモデルみたいな少女だ。


 咲那からすると見た目だけで近寄りがたい雰囲気を感じるのだが、性格は穏やかである。九重が所属しているグループはクラスカースト最高位だが、その中の中心人物というわけではない。何かとはしゃいでいる連中の中で静かに微笑んでいるのが常だ。時々、クラスカースト圏外の咲那にさえ話しかけてきたりする。


 だから、九重には不幸になってほしくないし、秋月のようなヤリチンクソ野郎とは可能な限り早く別れてほしかった。


 だからと言って、九重に直接「秋月拓志ってどんな奴なの?」と尋ねるわけにはいかない。九重の性格はいいかもしれないが、グループ内の他の連中はそうとは限らなかった。変に勘ぐられた結果、咲那が九重の彼氏のことを咲那が狙っているなどと思われるかもしれない。そうなれば、間違いなく攻撃されるだろう。


 そのため、九重のグループに近い女子は除外したほうがいい。


 咲那が比較的話しかけやすいカースト低めの女子もダメだ。これは完全なる偏見ではあるが、校内の噂に詳しいとは思えなかった。アニメや漫画の情報ならば咲那より豊富に持っているかもしれないし、話が合うと思うが、今回の目的に即していない。


 となれば、部活系の女子グループだろう。主に運動部系の女子はクラス内のグループよりも、部活内のグループへの比重が大きい。九重グループとそれほど近くないグループにおり、それでいてカースト高めの位置にいる女子。更に性格が良さそうな人となると、限られてくる。


(田代さんかな……)


 田代美玖の席は、一列挟んだ左になる。黒髪短髪の髪型で陸上部に所属しているだけあり、いつもほんのり日焼けして浅黒かった。見た目どおり快活な性格をしているようで、男女ともに知り合いが多い。話しかけられれば九重たちとも話すようだが、あまり会話をしているところを見たことが無かった。


(田代さんしかいないな。部活やってる系だし、教室にいない時とか狙って話しかけてみよう)


 などと考えていたらチャイムが鳴った。

 生徒たちより早く教師の坂上は教科書を閉じ「それじゃあここまで」と言うやいなや教室を出ていく。一斉に教科書を閉じる音が鳴り響き、雑談に椅子をズラす音が混ざっていた。押し寄せてくる音の洪水に隠れるように咲那も机に教科書とノートをしまった。


 チラリと田代のほうへと視線を向ける。友人に話しかけられ、笑顔で応じていた。まだ話しかけるタイミングですらないのに、がなり声をあげるように咲那の心臓が脈打ちはじめた。


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