第12話
夕食の時である。
「ウエル、明日のことなのだけれど」
アイから予定を言い出すのは初めてだった。帰宅してすぐ貸した本は読了してしまっており、さらっと感想を聞いた。てっきり次の本のことだと思ったのだけれども、それならばアイの言い方は不自然になる。さっきから目が泳いでいたウエルは何か指摘されるかもしれなかったが、どうやら口調はそうではないらしい。
「家から出てはダメかしら」
慎重な問い方だった。ウエルの胸はドキリと鳴った。アイが家から出ていく。その相談、いや決断かと反射が先に立った。手にしていた匙がこぼれそうになり、仮にそれがテーブルに落ちたのならその音をきっかけに勢いよく立ち上がっただろう。しかし、ウエルはアイの言葉を反芻した。これは出立の宣言ではない。判断が頭を冷やす。こんな手狭な男所帯の家に一日中いるのは、放牧の家畜よりも、あるいは水槽の魚よりもいたたまれないだろう。いくら本が好きと自らが言っていたとしても。異世界のジエイ・ケイと言えでも同世代に見える女子だ。魔族連中から遠ざかっている現状、気分転換もしたい、という気持ちは察するに余りある。
「あなたを困らせるつもりはないから、いけないことならば、そう言って」
ウエルが逡巡している間こそが、彼女にとっては十分な反応だったのだろう。遠慮がちではあるが、どこかあきらめの息だった。
ウエルは目をつぶった。それから嘆くような表情になって、首を振った。
「アイ、違うんだ。僕が、僕自身の至らなさが愚かしくて仕方ない」
舞台の台本のようなセリフを何のためらいもなく言い放つ当たり、ウエルは無自覚なわけだが、だからこそ、アイには真意というか意図というかがくみ取りにくくて戸惑ってしまうのだが、ウエルの人となりには安堵する。
「実は……」
と言い出したウエルの話を聞くしかなかった。
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