第10話
アイは本を閉じると屋内を見渡した。家主が朝出勤してもうお昼近くだが、彼が言ったように訪問者はいなかった。近所と言っても隣接してないのは秘密保持の時にはありがたいらしい。本はウエルから借りたものだ。書籍を所望した時、
「読めるかな、異世界の人に」
かなり心配げだったが、読めると告げると、
「さすが召喚されるだけのことはあるなあ」
と感心していた。
彼から借りたのは物語だった。その半分くらいを読んだ。この間お茶を二杯飲んだ。ハーブティに当てはまるものだろう。なんだかほっとする香りと味だった。
台所に立った。調理ではない。もうすでに昼食は用意されていた。一式そろったトレイに唯一アイが作業したのは鍋から容器にスープを注ぐことだけだった。それもトレイに置いて、テーブルへ移動。パン、スープ、サラダ、塩漬けした肉の塊。スープが自作であるように、サラダのドレッシング、塩漬けももちろんウエルがこしらえたものである。
「パンはね、窯がないから。それに材料費とか一人分で作るよりも買った方がね」
その材料費とやらが賄えるのならパンすらも作りそうである。青年が一人自らのために料理をする。さぞかし塩加減がおおざっぱだったり、味がまちまちになったりと軽々に思いがちであるが、
「うん、おいしい」
しょっぱ過ぎず、濃過ぎず、かとって物足りないこともなければ、淡白でもない。調理中のウエルの姿を思い出した。真面目にというより、熱心にというより、楽しげだった。
「誰かに作ってあげるって楽しいね」
実際、ウエルは楽しんでいたようだ。
そんなことをしていたら、あっという間に終わってしまった。
トレイをもって台所へ。流し台に置いた。台には放物線を描く筒が取り付けられている。そこから水が出るらしい。ウエルはそうやって食器を洗っていた。けれど、アイには仕組みが分からなかった。
「食べ終わったら置いておけばいいから」
確かにウエルにはそう言われていた。甘えてばかりはいられない。自分が食べた分の食器くらいは洗っておいた方がいい、のだけれども、やり方が分からない。
「うん」
アイは小さくうなづいた。ウエルが帰ってきたら、手伝うことにしよう、そう決意して、食後のお茶を淹れた。
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