▼004『世界が変わるたった一日のこと』編

◇これまでの話







◇『▼第四幕』



◇序章




 大空洞浅間神社の朝は早い。


「ウワアアアア! 早く起きないと桜が来る!」


『はーい! お早う御座います! いつも元気な桜です! どのくらい元気かというと今朝もまたもりもり出ました! ン~! クソのような朝だ野郎ども!

 では宿舎の皆さん起きて下さーい! 体調悪い人は起きなくていいですけど、その場合は”出ない”ゾーンの人として扱いますからね――? まあ、何とこんな処に御馬さん用のカンチョーが!』


 桜の毎朝の放送だが、これが朝四時半に来る。

 まだ空も何も暗い時間帯だ。

 だが、声と同時に体調問題無い者は即起きして、敷地内の宿舎から飛び出すことになる。

 宿舎は強化木造のアパートで、個室の五部屋二階分が三棟。

 整列や朝の挨拶などは無い。

 それぞれ体調や体格、性格などから、出来る事が割り振られていて、分身した桜の元で早朝の業務に向かう。

 ある者は皆の朝食を作り、ある者は宿舎の掃除や整備、またある者は単車を用いて、各所の系列神社や協働神社に御神水の配送に向かうのだ。




 梅子は御神水配送役の一人だった。

 単車はまだ年齢的に免許が取れないので自転車。

 浅間神社周辺地域への、御神水配送が仕事となる。

 ようやく東の空が明るくなってきたのを見ながら、桜色の自転車で、


「行ってきます!」


『はいはーい! 見てるから頑張って――!』


 ホントに見てるから凄い。

 精霊の桜は、土地神的に大空洞範囲全体を管理しているのだ。

 無論、能動的に全空間を管理していてはパンクするから、基本的には各所地脈の動きを記録し、東京上空の武蔵や大和に大部分の処理を投げている。

 だが自分達については、巫女として、桜の知覚系の役割を持つ。


 ……自転車部隊が神社の近場を回るのは、桜が緩やかに自分の周辺を見て行きたいから。


 そのように本人から聞いている。ゆえに、神社前で分かれたチャリンコ組の中でも自分はあまり急がず、


「お、御水来ましたー」


 と来たのは、担当管区の西立川駅商店街。

 国鉄青梅線の西立川駅を中央北側に持つ、東西に長い空間だ。

 アーケードの東側入り口、アーチ門には鳥居型の紋章が確かにある。



 鳥居に近づくと、鳥居の上で小さな影が動いた。

 地元の土地神だ。

 一町単位が基本となる小管区の神は、桜の庇護下に入ったことで”気を張る”ことが無くなり、小動物の姿をしているタイプが多い。


 ……本来の西立川の守護神は、桜に気を遣って別の土地に移ったって話だけど。


 この商店街の地元神は狐。


「おはよ」


 声を掛けると、頷いた狐が鳥居の陰に入る。

 そして鳥居から見える風景が変わった。

 これまでは住宅地が並んでいたが、軽く揺らいだ後は商店街としての町並が現れる。

 防犯用の結界だ。

 夜の二時から朝日が上がるまでは、対外に向けて”過去の商店街”が開かれる。

 まだ、そんな時間帯なのだ。



 ……大変だなあ。


 通過する鳥居。

 深夜から朝まで”過去の商店街”を開くのは、東京大解放直後の時期における防犯。その名残だという。

 東京大解放の直後。

 幾多の怪異が現れたため、小管区クラスの土地神達が対抗策を打ったのだ。


 ……古きものから生まれた怪異は、新しきものや、続きし者達を妬み、恨むから……。


 だから古き商店街を、そこに見せる。

 するとどうなるか。桜に言わせると、こうだ。


『怪異の敵意が無くなって、商店街でお金も落としたりしてウィンウィンの関係ですよ! ウィーン! 解る!? オーストリアの首都なんですねコレが!

 ハイ今日は賢くなって帰りましょう!先生は欧州にも詳しいです! ウィ――――ン』


 御免マジで騒音。

 ともあれこの方策は土地神達の中で習慣化して、二十数年後の今になっても続いている。

 そしてそのことを、地元の人々は受け入れている。

 桜も止めない。

 一方の自分は、大空洞範囲の出身だが、地元では”このようなこと”は無い。

 母は東京五大頂の一角、武蔵の住人だが、やはり武蔵上でも”このようなこと”は無い。

 ならばこの結界加護は、今、どれだけの意味があるのだろうか。




 ……いろいろ、あったんだろうなあ。


 入って行く商店街は、幾つかの店先やガレージを開けて朝の準備中だ。

 中央、北側に西立川駅があるため、幾らかの通勤者が歩いて行く。

 そんな中に自分が入っていくと、幾人かが気付いて頭を下げたり手を挙げたり。

 己も応じて、鳥居から表示枠のインフォメーションを起動。

 浅間神社に繋いで地脈の状況を記録する。

 上から狐が覗いているのが、道に落ちる影で解る。振り仰ぐといないから、監視ではなく見守っているのだろう。なので、


「御神水の入れ替えでーす」


 聞こえるように言って、作業に入る。



 御神水の入れ替えは簡単。自転車を止めたアーチ脇、石で作られた水槽の水を抜いて、近くの蛇口から淹れ直しながら、浅間神社の符を浸す。

 沈めばOK。

 沈まない場合、ちょっと地脈がヤバいと桜から聞いている。

 沈んだ。


 ……オッケオッケ!


 一応、沈むまでの秒を計測しているが、いつも通り。

 フツー。

 すると近くの店舗の明かりがついて、店の人達が顔を出す。

 この御神水の入れ替えは、効果地脈範囲の各家庭における加護を再設定する。

 それは各家庭の側でも、神棚や御守りに宿る表示枠のデイリーアップデートと、そこに祝詞のプログラムコードが流れ出すことによって解る。

 だから朝の早い者達は、店の準備のついでに表に出てきて、東側入り口の御神水の入れ替えに向かうこちらに対し、


「――浅間さん、今日も有り難うね」


 誰であっても浅間神社の巫女は”浅間さん”だ。

 こちらもそのつもりで挨拶をする。


 ……でも桜に対しては皆”桜”と呼びつけなのは何でだろう……。


 キャラというものだろうか。

 よく考えたら自分もそう呼んでいる。


「……ま、まあいいか、な?」


 敬意が無い訳ではないと、そう思いたい。



 ともあれいろいろな人がいる。

 何しろ、昔から住んでいる人達の内、男性の多くは憑現深度5に達しており、つまり人外の姿をしているのだ。

 今もそうだ。

 エンゼルステアがよく世話になる軽食屋”ガンジー”の前、長身の触手が朝日を待つようにテラスでコーヒーを飲んでいた。


 ……凄い絵だね……。


 逆光で撮影して”人類が支配された朝”とか題名を付けたらハナコさんに絶対ウケる。

 だが触手が気付いて、手を軽く振った。


「おう梅子、あまり急いでねえけど、火除けの御守り三枚ほど頼む。

 ちょっとこの処、火力強いのやり過ぎててな。

 いつの間にか二枚切れてた」


「店舗用でいいの?」


『承りましたあ――ッ!!』


 桜の介入が早い。

 というか話を終えてない。

 触手も苦笑して、ふと向かいの二軒隣を手で示す。


「レテ子が徹夜続けてっから、そろそろバチャ子も出番じゃねえかな。

 圧縮睡眠符、宅配しても問題ねえと思うぞ」


「エンドエンド、週末開いてるかな」


 視線を向ける先、そこにある店は”ガンジー”とまではいかないが、木造の簡単な門構えを持っている。

 看板には”古物・エンドエンド”とあり、


「週末アタックか。まあ、開けておくようにハナコが話つけてんだろ」


 ああ、と彼がこちらを触手で示す。


「お前、今日こっち来んの? うちを入り口にしてレベルアップ処理で、下の方とか回るってハナコが聞いてるんだけど」


「ん。これ終えたら、そのまま自転車使っていいって桜に許可とってあるから」


 そうか、と手を軽く振られた。

 仕事を続けてくれと、そういうことだろう。

 なので西側入り口まで来て御神水の入れ替えをやっていると、見知った顔が来た。


「おーう、毎朝御苦労だな。神道奨学生。これから西回りか」



 ん、と己は頷いた。

 この時間、ハナコがここを通るのは珍しい。が、無いことではない。


「浅間神社?」


「アー、まあな。隠れて桜にいろいろ」


「表でやってもいいと思う」


「性分じゃねえよ」


 でも、と言いかけてやめた。ハナコが話を逸らすように東の空を見ている。

 そろそろ朝日が昇るのだ。商店街の店並びの奥に見えるのは、


「ニックのオッサン、逆光だと禍々しいよな……」


 それさっき思った。

 すると空に鳴り音が聞こえた。

 まず見上げた未明の空に確認出来たのは、遠く真上に浮かぶ白い丸。大空洞範囲を観測するために自衛隊立川駐屯地から上げられている観測気球だ。そして、


「あ、今日もエレクトラ」


 二人で見上げるのは、白い四発型の哨戒機だ。


「先日駄竜出たからゆっくり回るエレクトラだな。

 当分、トロ介の出番はねえだろ」


 毎朝の観測のため、機体は空へと昇って行く。




「おお、P-3H……! こっちでも飛んでるのは中間域で見てたけど、中からだとかなり腹が見えるね……! 早起き? してみるもんだなあ……」


 床寝で起きて、とりあえず湧かした風呂に入った後だった。

 一回寝直してからレベルアップ処理の集合場所に行こうと思ったが、目が冴えてしまったのだ。

 だから、


「何か食えば眠くなるよね」


 と、雑な思考で調理開始。

 下着代わりのインナースーツのセパレートに、ジャージの上を着込んだ姿で、遅い夜食か早い朝食か解らんものを作っていたが、


 ……ブラの付け方も、慣れてきたもんだなあ……。


 そんなこと思いつつ見る自室の中、広げてないダンボールの群の中央には布団とテーブルだけがある。

 テーブル上で点滅してる表示枠の着信は、実家からだ。

 後で定型文で返しておくつもり。

 流石にこの数日のことはまとめにくい。


 ……週末の大空洞アタックの後でいいか……。


 と、そんな事を思っていたら、空から聞き慣れた音が響いたのだ。

 窓を開けた向こう、未明の空に見えたのは哨戒機P-3H。



■P-3H

《素人説明で失礼します

 P-3Hは米国空軍が所有する哨戒機で 大空洞範囲内 所沢通信施設に配備されています

 H型は対怪異観測機能を搭載したもので 東京五大頂の一角”ヘクセン”からの技術供与によって製造

 運用時のレベルによっては管区を任された魔女の”目”が乗ります

 飛行は主に偶数日の午前と午後 奇数日の午後です

 なお 大空洞範囲には二機が配備されていますが 市民からは見分けつかないのでどちらも”エレクトラ”と呼ばれて親しまれています》



「へえ。うちの方でもよく飛んでたよ。”ヘクセン”は米軍との付き合いが深いから」


《――川崎方面だと 厚木の航空自衛隊が持つP-3JHと同じく厚木の米国空軍が持つP-3Hがバッティングしますが あれはどちらが優先されるのです?》


「日々の観測は内地側が空自で海側が米軍。

 緊急時には米軍がYF-23Hを出す感じ?

 あ、対怪異の話ね?」


《成程 勉強になりました 御協力 有り難う御座います》


「そこらへん、知識無いの?」


《私 基本的には大空洞範囲内メインですので

 今のは外部データベースを検索することも考えましたが 実際の知識を重要したまでです》


 成程、と理解する。

 画面の方も、こっちと親しくなってきている、ということだろうか。ともあれ、


「朝から冷凍チャーハンのフライパン炒めは……、重いか? レパートリー増やさないとな……」


《この時間帯で食うと 二度寝がガツンと入って遅刻するのでは?》


「いやあ、流石にもう日が出るし、大丈夫だろ。

 集合場所は西立川駅の商店街? 隣駅だし近い近い」


 寝て起きたら集合五分前で超ダッシュした。




「――そういうことで急いで来てみたけど、西立川って無茶苦茶御近所だね!」


 晴れた、広い空の下。


《今日は よく 地上東京の底面が 上空の大気に透けています

 晴れる日のジンクスですね》


 学生達が学校に向けて行き来する時間帯だ。

 走って到着した西立川。

 集合場所は”西立川駅商店街”だ。



■西立川駅商店街

《素人説明で失礼します

 西立川駅商店街は 東京大解放以前から存在する商店街です

 東京大空洞学院が出来てからは 一定の来客数を確保しており 特に東京大空洞学院の西側に住む学生 住人にとっては重要なライフラインです

 なお 商店街の中央北側には西立川駅があり 通勤 通学路としても使用されます》



「アー、あれか」


 商店街の入り口である鳥居の向こう。左手側となる北側に、橋上駅舎が見える。

 国鉄青梅線を跨ぐ形の駅舎を見つつ、


「この処、学校行くにしてもいろいろな加護を揃えるのに浅間神社経由だったから、こっちの方は通ってないんだよな……」


《東中神からだと 線路沿いにここを通るか 手前の踏切を渡って東京大空洞学院に向かった方が早いですね》


 だよねえ、と鳥居を通って商店街の中に入る。

 西立川駅は大空洞範囲外との行き来に使われるため、憑現保持加護のパスを提げた住民や、逆に非憑現保持加護のパスを提げた外来者達の姿も見える。

 ともあれ今日は、目の前の商店街に用がある。


「ええと、”軽食屋ガンジー”……」


 そこで、自分のレベルアップ処理と、今後の話をしようというのだ。



 集合は午前八時。

 そんな時間から開いてる店があるんだろうか、と思うが、


 ……着替えも用意しておけって言われたけど、レベルアップの為に訓練か何かするのかな?


「ま、とりあえず行ってみようか」


「あら? 御近所だと余裕ですわね」


 正面から、声がする。

 見れば牛子だ。


「ごきげんよう。場所、解りました?」


「流石に解るんじゃないかな……」


 という梅子も、自転車で牛子と同道だ。

 そして牛子が、こちらの左、二軒ほど進んだ処の店を指さした。


「――こちら、軽食屋”ガンジー”が、エンゼルステア行きつけの店となりますの」




◇第一章 




 牛子が二人を連れて入ったのは、商店街半ばにある木造構えの軽食屋だ。

 車道ぎりぎりまで防腐加工の黒い木材テラスを出した店。

 ”ガンジー”とプリントされた入り口のドアを開けると、ベルの音が鳴って、


「ヘイらっしゃい!」


「その掛け声はどうかと思いますのよ?」


 言っている間に、こちらの陰からDE子が店内を覗き込む。

 午前の日が強い店内には、ソファ型のテーブルセットが幾つか。

 そして、カウンターの向こうには、


「触手……?」



■ニック

《素人説明で失礼します

 ニックは西立川駅商店街にある”軽食屋ガンジー”の店長です

 山林棲触手系の憑現者で 多人数分の調理を一気に行う触手捌きは店の見物となっています》



「おう、珍しいか! 店長やってんだ。ニックって呼んでくれ!」


「……いや、実は一昨日も登校中に触手見たというか……、大空洞範囲の男性って、まさか皆、巫女転換してるか、触手……?」


 DE子が言うと、既に先に入っていた先輩格達が声を零す。


「巫女転換か触手って、どういう二択だ」


「はは、よくあるってよ、オッサン」


「いや、レアだぞ! 普通は獣人系でアガリだからな!」


 白魔が気にせずこちらに手を振る。


「ワーイ、こっち空いてるよー。

 まだ他に一人来るけど、空いてるから気にせず座って座って」


「ん。……すみません」


 梅子の言葉にこちらとしては中に入ることを選択。

 そして後ろにいるDE子を前に出し、


「――で? どのようにしてレベルアップ処理しますの?」



 DE子は、とりあえず手を挙げた。


「と言うか、中間域でも”レベルアップは、大空洞範囲内でのコミュニティに所属してからが良い”って言われてたんで、その通り、何も手を付けてないです……」


「お? 中間域の連中も解ってんな。

 確かに思いつきとか”これが良さそう”でレベルアップ処理すると、取り返しつかねえぞ」


「――それ以前に、レベルアップ処理ってのが、解らないんですが?」


「それはそれで……、最近の中間域の先生達は、どういうつもりなんだ?」


「ほら、チュートリアルで充分であることにするとか、……だからコミュニティの話とかも出てくるんだろうけど」


「コミュニティに入れないとか、合わない人だっていますものねえ」


 梅子が深く頷くのを、自分は見る。そして、



■レベルアップ

《素人説明で失礼します

 レベルアップとは 該当者の能力を取得経験値量に応じて上昇 変動させることです

 能力の上昇 変動は表示枠に出るキャラクターシートで確認出来ますが それは貴方の数値的表現であり また 実際の行動にも影響を与えます

 なお レベルアップは一定の経験値ごとにその機会が与えられますが キャラクターレベルの最大値は現状30です》



「――つまり最大レベル30になるまで、30回、能力値を上げる機会がある?」


「否、正確には29回だ。初期レベルが1だからな」


「細けぇよ。――あ、あたしレベル30でカンストな。偉いだろ?」


「え!? 成長限界!?」


「オイイイイイ! あたしは穫りたてマンゴーみたいに未来ある若者だぞ! ネガティブに捉えてんじゃねえよ……!」


「そりゃお前、昨日のお前見てると、まだ補正必要だろうって思うからな……」


「穫りたてマンゴー?」


「不規則言動ですから気にしたら負けですわ」


 そういうもんか。

 ただ、梅子と何か話していた白魔先輩が、こちらに振り向く。


「ハナコさんの補正はレベルアップで直るもんじゃないと思うのよね。人格的な欠陥だから」


「お前ら! お前ら……!」



■成長限界

《素人説明で失礼します

 レベル30に至った場合でも 以後 経験値を使用して 能力値やスキルの上昇 獲得が行えます

 しかしレベル自体は上がらず 基礎部分の成長が見込めないため 以後はテクニカルな活動を重視されるようになります

 これは能力値やスキルの変動タイミングがレベルアップ時しかないため レベル上限で汎用性が無くなる事への対処だと推測されています》



「まあそこらへんはそんな感じで。――ええとDE子さん? こっちが梅子さん、戦種は全方位巫女ね。そっちの牛子さんは――」


「あっ、実はもう、知り合い……」


「そうなんだ! 一年生は仲良し組だねー」


「――でもまあ、改めての紹介はありですわね。私は近接武術士。解りやすく言うと武器使用のファイターですわ」


 そのあたり、一昨日に知った通りだ。そして、


「私達の紹介はどうかなあ? チュートリアルの方の判断は」


《ええ 既に私の素人説明よりも―― 否 一応 出しましょう》


「オッケー、許可範囲で頼むわ」


 了解です、と言って、画面が幾つかの情報をこちらに見せる。


《素人説明ですみません 一斉開示をします》



■白魔


《白魔は大空洞範囲出身で ゴールデンレトリバーの憑現者です

 東京大空洞学院三年梅組 戦種は全方位魔術師でヴァイス系 所属ユニットはGGGRを経て エンゼルステアで 同ユニットの副長です

 アリーナダブルス元ランキング一位》



■黒魔


《黒魔は大空洞範囲出身で ギンギツネの憑現者です

 東京大空洞学院三年梅組 戦種は全方位魔術師でシュヴァルツ系 所属ユニットはGGGRを経て エンゼルステアです

 アリーナダブルス元ランキング一位》



■梅子


《梅子は大空洞範囲出身で 山桜の精霊の憑現者です

 東京大空洞学院一年桜組 戦種は全方位巫女で浅間神社所属 所属ユニットはエンゼルステアです》



■ハナコ


《ハナコは大空洞範囲出身で トイレの花子さんの憑現者です

 東京大空洞学院三年梅組 戦種は全方位武術士

 元々はMUHS所属

 旧エンゼルステアで武蔵路五大の一人でしたが

 現在の所属ユニットは 新規登録されたエンゼルステアです》



 それらを聞いて、ん? と疑問に思う処があった。

 同じように、ほう、という顔をハナコに向けている黒魔先輩がいるが、まずは取りかかりとして、


「……アリーナダブルス元一位?」


「まずそこ食うかー」


「いや、それもなんですけど、……ルールが変な処、ありますよね?」


 この二人には、おかしな処がある。


「今更ですけど、何で”白魔””黒魔”なんです? 自分や牛子、梅子? それにハナコさんだって、憑現物の名前ですよね?」


「ホントお前、変な処食うなあ……」


 いやいや、と白魔先輩が笑う。


「よく気付いたね。

 ――うん。

 実は昔は憑現物で名乗ってたのね。

 私はGolden RetrieverだからGR、クロさんはGin GitsuneでGG。

 二人合わせてGGGR。

 でも二人でランキング駆け上がっていったら、ほら、私達に対抗する人達がたくさん生じるでしょ?」


「確かに……。うん、そうなると思います」


「そうそう。――で、私達に対抗する人達は、私達への戦術を練る訳だけど、そこで私とクロさんがGRとGGだと、複雑な戦術組んでるときに解りにくくなりやすかったのね」


「解りにくく、なりやすい……?」


 聞こえた声に対し、微妙に矛盾めいた表現だな、と思った。

 そして己は、今のツッコミが誰なのかを探す。だが、


 ……いない?


 いない。



 ……誰?


 ガンジー内部、いるのは自分達と触手だけだ。

 触手は今、恐らくホットサンドを人数分焼いていて、こっちを気にしていない。

 では今の声は誰だ。

 怪異ってやつかな、と思いつつ、白魔先輩に視線を向ける。すると、


「――そんな感じで、私達はGGとGRって名乗ってたんだけど、ランキングのトップを防衛していたら、皆が私達の事を”白魔・黒魔”って呼ぶようになっちゃって。それでまあ、他のヴァイス系もシュヴァルツ系も、自らを”白魔・黒魔”って名乗ってる人がいなかったから、じゃあその方が解りやすいか、って、こっちのを名前にしたの」


「……それって、大空洞範囲内の白魔、黒魔is自分達、みたいな扱い……?」


「白魔も黒魔もあんましいないよぉ?」


「あとまあ、昨日久しぶりにランキング確認したらすげえ落ちてた……」


「アハハ! ざまあみろ! いつもあたしに強いアタリするからだ!」


「お前はいろいろ余計だよ馬鹿!」


 成程。とりあえずの謎が一つ解けた。ならば、


「……ハナコさんの情報、コレ、ツッコんでいいんです?」



「アー、まあ大空洞範囲でエンゼルステア所属だと、いずれいろいろ聞く話な? お前ももう何処かで聞いたろ?」


 疑問に対して、隠していてもしょうがない。牛子や梅子とアイコンタクトをかわした後で、己は正直に言う。


「大空洞五大や、あと、浅間神社のアレも」


「オイオイ行動力高えな!! 陳宮ついた呂布か何かかオマエ!?

 恥ずかしいから、感想禁止な?」


 まあそうだろうな、とは思う。

 だがハナコは小さく笑って、


「浅間神社のアレはちょっとしたプライベートな仕事だけど、大空洞五大の方、アレ、あれについては、あたしの方では大体終わってんだよ。

 いろいろまだ面倒あるけど、今のあたしはアレだな。

 面――倒ごとが嫌いな、趣味で大空洞攻略やってる隠居ジジイ」


「ハ! またレベル上限解放されたらどうなるか解らねえぞ、ハナコ」


「アー、そりゃ趣味が充実するだけじゃねえかなあ。

 ガンプラみてえに積まねえのがあたしの良い処だけどよ」


「そういうもんですか……」


 言うと、画面が自ら出て来た。


《ハナコ

 一応DE子の名誉のために言いますが 貴女についての情報は 私の方からのサービスでした

 貴方からの拒否が何処かで記録されていたら非開示としましたが

 その記録はありませんでしたので》


「チュートリアルは優秀だねえ」


 皮肉かどうか解らんのが、ちょっとやりにくい。ただ、


「――ともあれこの人員で、DE子達のレベルアップ処理を行いますの?」


 あ、と声が追加された。

 聞き覚えがあるような、無いような声。それは、


「私もいますから、お忘れなく」


 いきなり、自分の右手側、一つ開けた先の席に、金髪の女性が現れた。




 突然だ。

 何か霧が晴れるように姿を見せたのは、


「東京大空洞学院二年梅組、”聖女”です」


「聖女って……」


 言われて思い出す。

 一昨日のことだ。あれは、


「――聖剣を作るとき、何処からか聞こえてきた声!」



「ええ。エンゼルステアのサポートを主に行っております」


「憶えておけ。大空洞範囲で活動するなら、ほぼ、彼女の世話になる」


「? そうなんです? 大空洞、じゃなくて大空洞範囲?」


「聖女の加護圏がデカ過ぎるのよね。いるだけでも低位加護は発揮されるし」


 その言葉に、聖女が困ったような笑みを見せた。


「私がいるだけで発生する加護は全方位結界型なので、大空洞範囲にいる他の方々にも届いてしまうのです。

 だからエンゼルステアに所属していても、基本、大空洞範囲全ての方達を御守りしていることになりますね」


「そんな感じでうちが世話分の補填欲しいなー、って話で、あの聖剣だ」


「何か無茶苦茶な話を聞いてるような……」


 でも、と己は台詞を継いだ。

 今もまた、聖女の姿が掻き消えそうになっている。見えない霧に隠れていくような状態だ。


「……姿、見えないんです?」



 問いかけに、聖女先輩が困り笑みで返答する。


「すみません。聖女の自己用加護に”不可視”があるのです。

 なるべく、こういうときは姿を見せられるよう、意識を向けているのですが――」


「聖女様は見てはならぬものだって、そういうことだよな!」


 ハナコが立てた手を左右に軽く振っているから、今のは店長の解釈なのだろう。

 ただ、気になることがある。


「そんな反則級の存在、”見えない”ってだけで大丈夫なんです? 他のユニットや組織から狙われるような……」


「聖女には、最強の護衛がついてるから気にするな。

 うちの人員だけど、そのために大空から派遣されてるのが今もついている。そうだろ?」


「ええ。心強い方です」


 ふと、梅子が周囲を気にするが、”もう一人”については解らない。

 いるのかどうか。それすらも自分には解らない。だが、


「対抗出来るの、あたしくらいじゃねえかなあ。そういう意味でも、宙子がうちに預けたんだと思うけど」


 しかし、とハナコが言った。聖女を手で示し、


「聖女の加護の発揮システム、知ってるか?

 聖女は不可視だが、その存在が世界に影響を与えるから、存在を邪魔するものがあっちゃいけねえんだ」


「ええと、つまり……?」


「――加護発揮中のタクティカルフォームはほとんど素っパダカな?」



「い、いや、あれはもう、仕方ないことです……! 大空洞範囲の皆様を守護するのが私の仕事なので……!」


「何人も”見よう”としてチャレンジして、叶ってないんだよねー」


「ちょ、ちょっとやめて下さい……!」


「大変ですねー……」


「ま、そんな困った身柄の使いどころがあるんだ。

 いい現場だろ、ここは」


 ええ、と聖女先輩が言った。彼女は表情を切り替え、両の手を握って、


「――もろちんです!」



《――白魔様のホストで言定状態に移行しました》



《えーと。今、ちょっとビックリしたと思うけど。あ、一年組限定ねコレ》


《えっ? えっ? い、今の? 何? 牛子さん?》


《いえあの私は、ええ、少々、前回も……》


《……というか誤字?》


《――いや、教育の敗北》


《意外と大きく出ましたわね……》


《どういうことなんです?》


《うん。聖女さん、牛子さんと同じく英国からの移住者でね? で、急ぎでこっち来たものだから、日本語全く駄目だったのね》


《一応、翻訳加護ありますけど、大空洞範囲は多摩弁の圏内だからビミョーにズレがありますのよね……》


《そうそう。――で、最新の翻訳加護は”武蔵勢”から提供されているんだけど、武蔵勢の代表の一人、向こうの英国の王女がね? 英国人のために極東語会話講座をやってるんだって。でまあ、聖女さんは、それの履修者で……》


《……つまり、その》


《……極東語会話講座が、やらかしてる……?》


《うん。まあそんな感じで。

 ――修正しようかな、って皆で一回話し合ったんだけど、ここでの修正でまたズレが生じると偉い処から責任取らされて面倒臭いから、このまま行こうか! って話になってね?

 だからまあ、たまに驚く時あると思うけど、気にせず行こうね!》


《聖女は昔馴染みでもあるので色々気マズイですけど、ホント、大丈夫ですの?》


《うん。階層ボス戦とかでネタをぶちかまされたときは即死し掛けたけど大丈夫! これもチームワークだよね!》


《い、今、最後に何となく上手くまとめて問題を見過ごそうとしてますよね!? ね!?》



《――言定状態を解除しました》



 ともあれ解った事がある。


「……このエンゼルステアってユニット、各方面からの面倒臭いのを突っ込んでおく箱か何かなんです?」


「うわ酷! 私フツーの三年生だかんね?」


「ダブルスランキング元一位が、普通……?」


「ハハハ馬ー鹿! 調子乗って上行くからだ! あたしみたいな一般人はランカーとかにならねえんだよ」


「お前が一番駄目だ……!!」


「そうですよ! というかそんな中、自分が何でここに!?」


《貴方 超レアな飛び地出身のダークエルフですけど?》



 画面のツッコミによって頭を抱えたDE子を見て、ハナコは手を振った。


「オッサン、朝飯くれよ? それとDE子、表示枠出せ。

 自己紹介は終わりだ。実際の方、行くぞ」




◇これからの話








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