ほら吹き五兵衛

木船田ヒロマル

安田の話

「お疲れ様でーす」


 釜谷大学鹿溜キャンパス6号館2F。

 人間科学部多治見ゼミの6203教室。

 時間は朝10時過ぎ。

 夜勤バイト明けの3年生、安田は疲れた声でそう挨拶しながらトボトボと入って来た。


「お疲れ様ー」

「うぃー。お疲れー」

「いや参ったよ」 


 安田はジャケットを椅子に引っ掛け、荷物の入ったナップサックを棚に置き、自分のジャケットを掛けた椅子にドッカと座った。


「バイト先で迷子がいてさ」

「あー、ショッピングモールだっけ?」

「警備のバイトなら、その対応も全然給料の範囲内じゃんけ」


 ゼミには同じくゼミ生の緒方と中林がいて、自分の卒論のデータをパソコンに打ち込む作業をしながら、振り向きもしないでそう返事をよこした。


「夜勤だぜ?」

「こわ」

「当然撮影したよな? 発見なんでもミステリーに投稿してアマギフ貰おうぜ」

「いや生きた子供だし。だから困ったんだよ。しかもなんか妙に古めかしいカッコでさ。坊主頭で浴衣みたいな着物に帯してて。裸足で」

「いや霊だろ」

「それはむしろ霊であれ」

「手ェつないだし、カップ麺食ってたぜ?」

「よくそこまで持ってけたな」

「そういう種類の霊だろ」

「社員の人は電話出ねえし、警察に掛けていいもんか、もう一人シフト入ってたおっちゃんと相談してる間にいなくなっちゃってさ」

「ちゃー……んと霊」

「混じりっけなし純度100%の霊で草」

「おっちゃんと二人であちこち探したんだけど見つかんなくて。流石に怖くなって二人でCCTV……監視カメラ確認したのよ。そしたら……」

「安田一人が映ってた?」

「着物着たガイコツ?」

「いや、普通に着物の子供が映ってんの」

「空気読めよ」

「オチどうするつもりだよ」

「いやだからオチとかそういう話じゃねぇんだよ。さっき社員さんと連絡付いて全部報告して日報にも付けて来た。シラフの大人二人が見てるんだぜ? ほら、これが監視カメラの映像」


 安田はiPhoneを差し出して監視カメラの映像を映したモニターの映像を映した。

 流石に緒方と中林も振り向いて、緒方は眼鏡を掛け直し、中林は目を細めてスマホの画面を注視したが

「うーん……」

「なんだこれ。明治の頃の記録映画か?」

「名前だって聞いたんだ。訛りがひどくて話はなかなか通じなかったけど、ゴヘエ、って」

「名前も明治じゃん」

「苗字は?」

「それが言わねえんだよ」


 バン、と音がして、パーテーションの向こうで誰かが立ち上がった。

 教諭の多治見だ。

「今の話」

 パーテーションの向こうは、担当教諭の個人スペースだった。

「もう一度初めからして貰ってもいいですか?」

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