第三星 泣く木には毒がある
「おかしいな? “
全力で「
解せない。こんなに訓練場は脆くなかったはず……。
そんなことを思っていると、玲奈はこちらを一瞥し、壊れた場所へ走って行った。
この壊れ具合だと、今の玲奈では完全な修復には時間がかかりそうだ。僕も手伝おう。
開き直った僕は、修復の手伝いをするために玲奈を追いかけた。
*
「な、何とか修復することができましたね……」
「そうだな。思ったよりも大変だった」
この訓練場は壁や床、天井などに衝撃を吸収し、分散する能力があったので修復に時間がかかった。
理由は普通より難易度が高かったこと以外にもある。それは……壊れた箇所が広がっていったことだ。
先ほども言ったが、この訓練場では衝撃を吸収し、分散する能力が搭載されている。今回はそれが仇となり、僕が与えた衝撃が他の部分にも広がってしまった結果、耐えきれずに壊れてしまった箇所がいくつもあった。
この件は父上に報告して改善してもらうとしよう。……そのことは置いておいて、今は姉上達との交流会について考えなければならない。
「交流会の時間が迫っているので、お早めに行くのがよろしいかと存じます」
「そうだな。嫡男である僕が遅れるのは良くない」
さて、早速屋敷に移動しよう。
ここからバイクを運転し、数分すれば屋敷に着く。遅れることはないと思うが、念のため早く移動するのが吉なはずだ。
……これが誤算だったと知ったのは、少し後のことだった。
*
バイクで道路を走行していると、急に曇った空のような色の濃い霧が立ち込めてきた。
「この霧は……アイツか。玲奈、戦闘準備だ。来るぞ」
「承知いたしました!」
この霧には心当たりがある。森の近くを通っているから出る可能性はあると思っていたが……。
「復習をしようか。あの魔物の名称は何? 5秒以内に答えて」
いい機会なので玲奈に復習させておく。アイツが姿を現すまで少しの猶予があるからな。
幸い、人の数も少ない……というかいない。
人がいないタイミングを狙ってきたかのようだ。
「えっと……分かりません……」
玲奈でも流石に分からなかったか。
「奴の名称は“フロスメンダーチウム・クラマンティスプエリだ」
「な、長いですね……」
「そうだろう。だから“フロスメンダーチウム”や“クラマンティスプエリ”などの略称が使われている」
こんなに長い名称なので全てを覚えることは難しいだろう。恐らくだが。
「あの……どちらの略称で呼べばいいのですか?」
「基本的にはどちらでもいいけど、僕は“フロスメンダーチウム”と呼んでいるよ」
僕は奴のことをフロスメンダーチウムと呼んでいる。理由は、そう呼んだ方がいいと思ったからだ。きっと「直感」に従ったのだろう。
「では、私もそう呼ぶことにいたします」
そう言うのと同時に、霧がより一層濃くなった。下手したら玲奈を見失いそうなくらいに。
これは奴が威嚇しているのと同様。このままだと、そう遠くないうちに姿を現すだろう。
「僕が一人で
現在はまだ習っていないということだったので、僕が一人で
僕は前に数歩出て、白銀色に輝く剣を構える。
『グスッ、グスッ、うぇ〜ん、うえぇーんッ!』
子供の泣き声のような奇妙な音が聞こえてきた。これが奴の鳴き声だ。こんな鳴き声なので「
ハンターの中では、こんな話が有名だな。
『森の中から子供の泣き声が聞こえたので、とあるハンターがそこに行くと、木が襲ってきて殺された』
実際、ハンターにも民間人にも被害が出ている。その被害や性質から、階級は5級、危険度はB-とかなり高い。
「うえ〜ん! うえぇーん! うええぇぇーんッ!!」
一際大きい鳴き声を上げると、奴は霧の中から姿を現した。
「これが……フロスメンダーチウム、なのですね……」
後ろから鈴を転がすような、若干戸惑った声が聞こえてくる。
奴はマンチニールに姿形が似ている。いや、性質もだ。全身に余すことなく強力な毒を持っていて、触れるだけで激痛が走る。また、緑色の
だが、玲奈が戸惑っているのはそれではないはずだ。きっと、奴の樹高に驚いているのだろう。
マンチニールの樹高は15mほどだが、奴は3mほどしかない。
「オギャーァッ!」
突然、乳児の泣き声のような咆哮を上げて、細く長い枝を
ヒュッと空を切るような音が聞こえてくる。それほどの速度が出ているようだ。
「あ……」
玲奈が驚いているのは当然だろう。奴の枝は10m以上に伸びているのだから。
「其の光は
それに対し、僕は剣を一振りした。そう、たったの一振りだ。
しかし、剣を一振りしたはずなのに八つに重なった剣筋が枝を切り裂いていく。枝は呆気なく切り落とされていった。
「オギャッ! オギャーァッ!!」
悲鳴を上げながらも、片っ端から枝を再生していくフロスメンダーチウム。これだから恐れられているのだ。
だが、他人が恐れていても僕には関係がない。僕は微塵も恐ろしいとは思わない。
「さて……ここからが本番だ」
僕はフロスメンダーチウムに向かって駆け出していく。その様子を青く澄んだ瞳は静かに見つめていた。
***
ご主人様にフロスメンダーチウムの鞭のような枝が迫ってきています。
危ない!
思わずそう言いそうになりましたが、口に出すことはしませんでした。ご主人様は少しも動揺していないからです。……この程度は危険ではない、ということなのでしょう。
専属メイドとして大変不甲斐ないです。私はご主人様を守ることも職務内容ですのに、逆に守られるなんて。
「其の光は
シュンッという音と共に八つの光が枝に直撃し、枝が細切れになりました。
ご主人様が剣を一振りするだけで……いえ、速すぎて見えないだけで一振りではなく瞬時に何度も剣を振るっているのでしょう。
一体どのような速度で振るえばそうなるのでしょう?
私はそう思って震え上がりました。
……やはりご主人様に手が届くことはないのでしょうね。それでも、高望みしすぎだと思いますが、どのような形になろうとも一生を共に過ごしていきたいです。
濃い霧のせいで周囲が碌に見えない状況でも、私の
これも白銀家の恩恵だと考えると誇らしく思う一方で、寂しくも感じました。
……いけません。もうあの家のことを考えるのはやめましょう。私は首を振ってその考えを振り払い、再びご主人様を見つめました。
「さて……ここからが本番だ」
ご主人様を見ていると胸が高鳴るのを感じます。これが何なのかはよく分かりませんので、後ほど
*
……白銀家はもう関係がありません。私はご主人様に仕えるただのメイドなのです。
そう自分に言い聞かせても、納得ができない自分がいることに嫌気が差しました。
――――――――――――――――――
前週の日曜日(10日)に更新すると申し上げたのに関わらず、更新が水曜日になってしまい、誠に申し訳ございません。
次回こそは日曜日までに投稿したいと思います。
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