俺の物語のヒロインが妹だなんて認めない!
@hiroma01
第1話 入れ替わり
兄妹。
その言葉を聞いて何を連想させるか。
ポジティブな意見を持つ者、実際その存在がいて否定的な意見を持つ者。
確かに彼は後者ではあり否定的な考えを持ったこともある。
でもこんなことは望んでいない。
夜の病室で彼は頭に包帯を巻き静かに眠る妹を見下ろしていた。
新学期から数日。
先日行われた実力テストでは成績には響くことはないというのに生徒たちは必死になって取り組んでいた。
稲川高校二年A組、山上 広人(やまがみひろと)が貴重な昼休みに職員室に呼び出されたのはテストの結果でというわけではない、それ以前の問題。
「お前この解答用紙ふざけてるのか?」
彼を呼び出したのは担任ではなく生活指導の須藤、昔武道をいくつかやっていただけあってすごい身体つきをしている。
担任でもなければ担当教科の教師でもない男が彼を呼び出してこうして説教しているかの理由は一つしかない。
この高校には問題児が二人いる、その内の一人が彼、山上広人なのである。
「ふざけてないッスよ」
「全部の解答が織田信長ってどういうことだ」
彼は解答用紙全ての欄に偉大な人物の名前を書いていた。
「どれかは当てはまるかな、と」
「…山上」
「なんスか」
呆れた須藤は用紙を自分の机の上に置いた。
「お前が受けたのは世界史だ」
「…おほっ」
その偉大な人物が出てくるのは日本史だった。
当然彼は反省することもなく職員室を後にし、急いで購買部へ足を運ぶが思った通り人気商品は一つもなく、あるのは砂糖を振りかけただけのパンや明らかに罰ゲーム用に作られただろうモノだけが残っていた。
昼食を諦めた彼はため息をついて自販機で飲み物だけ買い教室へと戻っていった。
<2-A>の教室の扉を開けると当然周囲は食事を終え談話モードに入っている。
窓際の一番後ろという最高の居場所が彼の席、なのだがそこには別の生徒が腰を下ろしていた。
広人よりはるかにガタイがよく髪は茶色に染め、ピアスを大量に付けたその男子生徒は鋭い目つきで彼を睨んだ。
「で」
先に口を開いたのは男子生徒の方。
「絞られたのか、相棒」
「いや別に大したことじゃねぇよ、あと相棒言うな」
二年A組、三島 和久(みしまかずひさ)。
そうこの学校のもう一人の問題児がこの男である。
広人は自身でもバカだと自覚しているが、和久よりかはマシだと思っている。
「んで呼び出された理由は?」
「前のテストで全部の答えを織田信長って書いた」
「マジか、俺全て徳川家康って書いたぞ」
「…」
同レベルであった。
――――――ってか何でお前は呼び出されてないんだよ畜生。
山上広人、三島和久、この二人を敵にまわすな、これがこの高校の決まりごとのようになっていた。
決して嫌われているわけではない、普通に話しかけてくる生徒たちもいる、ただ敵にすれば彼らの性格上やられたら倍以上の仕返しをしてくる、と恐れられていた。
「ほんっとバカよね、アンタたちは」
そんな彼らをバカにできる唯一の女子生徒が一人、
麻宮 香奈(あさみやかな)、ボタンをギリギリまで開けたシャツ、短すぎるスカート、そして金髪セミロング。
「見た目がバカの麻宮に言われたくねぇ…」
という広人だが、こんな身なりをしていても彼女の成績は学年トップクラス。
「見た目もバカのアンタたちよりかはマシよ」
「そう褒めないでくれ」
「褒めてねーよバカ三島」
どう見ても良い生徒に見えない三人が特別であって、この学校はちゃんとした公立高校である。
一つだけ訂正しておこう。
もう一人だけこの高校で少し変わった人物がいる。
昼食を抜いた彼はあまりの空腹に耐えきれず飲み物で凌ごうと五限目が終わった休憩で再度自販機に向かっていた。
一階の廊下、3人の女子生徒とすれ違った。
一人は一切顔を向けず、その他二人が彼の後姿を見て歩いていた。
「今の…お兄さん、だよね?」
「さぁ?」
今通った内の一人、山上 渚(やまがみなぎさ)は一つ下の彼の妹である。
身長153㎝と小柄だが10歳の頃に空手を始め県大会でも優勝するほどの実力を持つ。
どんな強面な相手でも怯まずに立ち向かえる強さ、友人が男子に絡まれているところをたった一人で追い払ったほどの度胸の据わった女。
まるで他人のような関係、それは家でもそうである。
彼ら兄妹の母は既に他界しており父親は仕事で遠方にいる、もちろん二人で家に住んでいるわけだが居間はいつも真っ暗で食事は各自別々、そして会話一つない。
家族という他人。
二人はそんな関係だった。
先日彼が話しかけても、
「話しかけないで、気持ち悪い」
と言われるほどだった。
きっと自分たち兄妹は、気が付けば卒業して知らぬ間に家を出て、お互い何も知らずに人生を過ごしていくのだろうと彼はそう思っていた。
「どうした、妹に無視されたような顔して」
「お前は透視能力者か何かか」
教室に戻ると不機嫌そうな顔をしていた彼を見て和久が笑っていた。
「くそ、和久次の授業はなんだ」
「化学だ、相棒よ」
「あの眼鏡のオッサンか、よし…やるか、あと相棒言うな」
むしゃくしゃした気持ちを晴らす為、彼らはいつもの恒例行事を決行することにした。
「もう少し右だ、行き過ぎ…そこだっ」
「オーケー完璧だ」
本日の指示出しは広人、設置者は和久。
―――――何をするって?決まっているじゃないか。
教師が扉を開けたら黒板消しが頭上から降ってくる、なんてかわいい悪戯なんかではない、彼らのすることはそれよりもはるか上のレベル。
扉を開けるとびっくり、正面から掃除用具入れが吹っ飛んでくる仕掛け。
このためだけに長いゴムバンドを仕入れもした。
「アンタたちねぇ…」
止めるよりも動く方が早かった彼らを見て呆れて言葉も出ない様子の香奈。
さぁ来い、いつも大人しい男がどんな悲鳴を上げるのか聞かせてくれ、と胸を躍らせながら到着を待った。
「おーいお前ら斎藤先生今日休みだから六限目はじしゅ…のわぁああああ!」
「…」
現れたのは生活指導の須藤だった。
広人は静かに教室の窓を開ける。
「三島和久がやりました!!!」
「お、おいコラ広人…っ」
と彼は全てを和久に被せて3階の教室から飛び降りたのだった。
本当にいいことのない一日だった。
今更教室に戻れるはずもなく、彼は誰もいない中庭をぶらついていた。
このまま帰宅してもいいが、教室に置きっぱなしのカバンの中に家の鍵が入っているため生徒たちがいなくなるまでどこかで時間を潰さなければいけない。
「考えてみれば中庭、久しぶりに来たな」
もしかすると初めてかもしれないレベル、それほどまで学校という存在に興味がない彼。
授業中だけあってとても静かでのどかな時間だった。
珍しそうな目であたりを見渡しているとすぐ目の前のベンチで一人、本を読んでいる女子生徒がいた。
「…」
「…」
向こうも彼の存在に気が付き無言で見つめあう形となった。
「あ…えと」
「こんにちは」
「あ、ああ、ども」
綺麗になびく長い黒髪、優しく微笑む彼女の存在を彼は知っている、むしろこの学校で知らない生徒は間違いなく一人もいない。
新堂 彩花(しんどうあやか)、よくある学園のマドンナ的存在。
社長令嬢、品行方正、成績優秀、容姿端麗、神に与えられたとしか思えないほどの完璧さ。
彼女は2年B組、身体がそんなに強くない彩花は体育の時間はいつもこうして周りに迷惑をかけないよう離れて時間を潰していた。
そのことも彼は知っていた。
彼だけが学園のマドンナに興味がないなんてそんなはずがなかった。
広人もまた、周囲と同じで密かに彼女に好意を抱いていた。
不良と言われてもチャラいわけではない彼は決して彼女に歩み寄ろうとは思わなかった。
そもそも<人間>が違いすぎるのだ。
「山上さん、ですよね?」
「ん、ああ、俺のこと知ってんのか」
「ふふ、あなたを知らない生徒はこの学校にいませんよ」
こんな完璧な女子の耳にも入る<彼ら>の悪名高さ。
「ここで何をされてるんですか?」
「いや、悪さして居場所なくしてな」
目の前に好きな女子がいて、初めて会話をするのに緊張が全くないのは完全に諦めたからだろう。
姿勢を正し眩しい笑顔、女神みたいな存在とは釣り合わない、と実感したのだ。
「でしたらお隣、座りますか?」
「じゃあ失礼して」
何があったか聞かれ、答えると彼女は驚いたと同時に笑っていた。
品行方正の彼女は嫌がるかと思ったが、怒るどころか彼の武勇伝をもっと聞きたがっていた。
自分の生きてきた人生と全く違う生活を聞くのが楽しいのか、彩花は食いつくように目を輝かせていた。
「その…悪いことして楽しいですか?」
「え?」
「いやっあなたの生き方を否定しているわけではなくてですね…」
「じゃあ新堂は、真面目な生活をしていて楽しいか?」
今の生活が彼にとって楽しいか楽しくないかじゃない。
そういう生き方しか知らないのだ。
彼女もまた彼女の生き方しか知らないのと同じ。
「…それは」
と同時に本日を終えるチャイムが鳴り響く。
「話し込んじまったな」
そういうと彼は立ち上がって歩き出す。
そうだ、もうきっと話すことなんてない、現実は結構見る方だ。
「じゃあな、それと…」
「?」
――――帰り和久にでゲーセンでも付き合ってもらおう。
「俺と付き合ってくれないか?」
「…は、はいっ?」
「あ…ちが…っ」
何故かいろんな間違いが重なって告白してしまっていた。
慌てて訂正と謝罪をしようとした時、
「ごめんなさい」
ラブコメの神は彼を見放した。
翌日の朝。
当然職員室に呼び出されたのは言うまでもない。
「お前、あれ俺じゃなかったら危なかったぞ」
須藤は怒りを通り越して呆れていた。
「わかりました、次はちゃんと掃除用具も入れた状態で飛ばします」
「そういうことじゃない!!」
それを再び怒りに戻せる特技を彼は持っていた。
ただ今の彼の精神状況はそれどころではなかった。
「どうした広人、フラれたような顔をして」
「だからお前は透視能力者かって」
確かに彼は新堂彩花に惚れていた、惚れてはいたが決して成就するとは思ってなかったし行動を起こす気もなかった。
それなのに間違いで告白した形になってしまい、即答で断られるなんて不憫にも程がある。
「やっぱ帰ろうかな…」
「妹ちゃんに怒られるぞ」
「怒られねぇよ」
一切口聞いていないのだから。
その日、全くやる気のなかった彼は昼休みも教室から出ず、ずっと自席で窓の外を眺めていた。
やはり朝の時点で帰っておくべきだった、と今更後悔していた。
「どしたの山上」
「麻宮か」
不思議に思った香奈が彼に声をかける。
「いや…人生って何なんだろうなって考えていたら」
「…」
「昼飯のパン、3つしか食べれなかった」
「めっちゃ食っとるやん」
悩んでいるようで昨日の夜もちゃんとグッスリ寝れた。
「しょうがない、午後は昨日よりすごいことでもす…」
「山上はいるか!!」
昼休みの教室に大声をあげて現れたのは須藤だった。
「僕まだ何もしてません!」
「何を言ってるんだ!妹さんが階段から落ちた!」
――――本当に昨日からなんなんだ。
「さっき稲川病院に運ばれて」
「…っ」
彼は最後まで聞かずに走り出した。
兄妹。
その言葉を聞いて何を連想させるか。
ポジティブな意見を持つ者、実際その存在がいて否定的な意見を持つ者。
確かに彼は後者ではあり否定的な考えを持ったこともある。
でもこんなことは望んでいない。
夜の病室で彼は頭に包帯を巻き静かに眠る妹を見下ろしていた。
「…何やってんだお前は」
幸い命に別状はないが、頭を強く打ってしまったらしく意識が戻らないとのこと。
いつ目を覚ますかもわからない状態と辛そうな表情で医師は彼に伝えた。
彼らの父親は今急いでこちらに向かっている。
先ほどまでいた教師から事情を聴けば、彼の妹の渚は階段から落ちた女子生徒を庇って一緒に転落したそうだ。
その女子生徒は新堂彩花だった。
彩花は渚が庇ったおかげで軽傷で済み病院に運ばれた時にはすでに意識は戻っていたと教師から聞いた。
目を覚ました時何が起きたのかわからずパニック状態になっていたようだが。
「渚、俺はお前に怒るべきか?それとも褒めるべきか?」
当然妹は答えない。
「どちらでもないか、きっと…怒るよなお前」
嫌われているのだから何を言っても怒るに違いない。
――――なんで俺とお前は仲が悪くなったんだろうな。
その言葉は口にはしなかった。
翌日の金曜日彼は学校を休み、父親と渚の身の回りの必要なものを病院へと持って行った。
彼の父親はしばらく仕事を休むと言っていたが広人はそれを反対し、戻らせた。
入院費も安くはない、渚のために働いてもらわなくちゃいけない。
「広人、渚を頼むな」
「おう、コイツは嫌がるだろうがまかせろ」
香奈からの連絡では新堂彩花も今日は休んでいるとのことだが、月曜には登校するらしいという情報が流れてきたことを教えてくれた。
やはり妹は立派なことをしたんだと彼は思うようにした。
お前は間違ったことはしていない、と。
月曜日、いつもは校門前で生活指導の須藤に険しい表情で睨まれるのだがさすがにこの日は優しい言葉をかけてくれた。
それはそれで少し気持ち悪くも思えたが。
靴を履き替え一階の廊下を歩いていると渚といつも一緒にいる友達二人が彼の足を止めた。
「お兄さん!」
「ん、君らは渚の…」
「渚は大丈夫なんですか!?」
どうやら広人が登校してくるのを待っていたようだ。
「大丈夫、意識がないだけで命に別状はないよ」
「な…なぎさぁ」
泣き崩れる二人、何故か自分が悪いことをしたかのように彼は思えてきてしまった。
ここで兄である彼が落ち込んでいてはいけない、と広人はいつもの口調で、
「ほんっと後先考えない妹だわ」
この子達まで巻き込んではいけないんだ。
「心配すんな、あいつは見た目は子供だが中身はゴリラだからな」
「う…うぅ」
「だから…すぐに目を覚ますさ」
そっと二人の肩に手を置いて慰めになったかどうかはわからないが、彼女たちはわかってくれるだろうと彼は信じた。
涙を拭いながら渚の友人達はその場を去っていく。
「山上広人さん」
「…え」
彼も教室へと向かおうとしたその時、周囲が騒めくと同時に広人の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「おはようございます、新堂です」
「ん、ああ…おはよう」
「先日はその…大変申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる彼女。
告白で断られ、そして今日は別件で謝られる、すごく不思議な気分だった。
「いや、アンタが悪いわけじゃないよ」
「妹さん、渚さんの件で今後のことをお話ししたいのですが」
「今後のこと?」
「少し時間よろしいでしょうか?」
「あ、ああ…」
いつも見る柔らかい感じがない、それほどまで気に病んでしまっているのだろうか。
歩き方も正してはいるが何か違和感を感じる。
彼が連れていかれたのは中庭の誰も来ない隅っこの方。
事故の件を誰にも聞かれたくないのだろうか、と彼は後姿の彩花を見つめていた。
大きく一度深呼吸をした彩花は振り返り、そして…
「で?」
彼の胸倉を掴んでいた。
「誰がゴリラだって?」
「お、おお!?」
鋭い目つきとドスの効いた声、混乱と同時に何故か懐かしく感じるものがあった。
「つか、アタシの友達泣かせんなよ」
「お、おま…お前」
目の前にいるのは紛れもなく新堂彩花、ただそれは見えているものにすぎない。
つまり、彼女は―――――。
「お前渚かっ!!!」
彼が惚れた女性と妹は心が入れ替わってしまっていた。
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