進化論によくある勘違いを元にシミュレーションしたら根性惑星になった

秋月白兎

第1話原核生物

 今より遡る事三十億年以上も過去の時代。未だ原始的な生物しか居なかった頃。地球には海中の原始的生物アーキアしか居なかった。彼等は酸素を使う事無く直接有機物を摂取し、のんびりと暮らしていた――


「今日も平和じゃのう」

「おう、トガシ・アーキアか。今日ものんびと過ごすとするかのう」


 スカーフェイスと口髭がトレードマークのトガシ・アーキアと虎髭のトラマル・アーキアはしばし談笑してから有機物を取り込んだ。彼等の食事だ。


「しかし……いつもながらメシを食っても力が出んのう」

「それは仕方なかろう。それを補うのが根性よ!」


 そこに眼鏡をかけたタザワ・アーキアがやって来た。やけに慌てふためいている。


「おお! ここにいたかトガシ・アーキア、トラマル・アーキア!」

「どうしたんじゃタザワ・アーキア」

「お前達も噂くらいは聞いておろう、最近になって現れた謎の泡を放つシアノバクテリアとかいう奴らの事を」


 シアノバクテリアとはここ最近、出現が確認されている新参者だ。海底一面に繁殖し、謎の泡を生み出している。その泡に触れた者は甚大なダメージを受けるとされている。

 アーキア達は海中に浮遊して生きている為、この泡を回避するのは困難なのだ。


「そいつらがどうしたと言うんじゃ」

「遂にワシ等の生活エリアに現れたんじゃ!」

「な、なんじゃとー!」


 大急ぎで(しかしゆっくりと)現場に辿り着くと、そこには酷い損傷を受けたアーキア達が呻き声を上げていた。


「な、なんじゃー! この有様はー!」

「ま、まさかモモ・アーキア……お前までがやられるとは……」

「フッ、俺とした事が迂闊だったぜ……」


 鉢巻きのモモ・アーキアが自嘲気味にぼやいた。隣にいるダテ・アーキアによると、モモ・アーキアは小柄なヒデマロ・アーキアを謎の泡から助けようとした際にダメージを受けたらしい。ダテ・アーキアの両頬にある六本傷がわなないている。かつて教官から罰としてつけられた傷だ。


「クソ、このままではワシ等の生活エリアはどんどん奪われてしまうだけだぞ!」

「一体どうしたらええんじゃー!」


 トガシ・アーキアがまなじりを決して立ち上がった。


「決まっておろうが! 根性じゃー!」


 迫り来る謎の泡に突撃していった!


「む、無理じゃー! 止めろー!」

「ぐわぁぁぁ!」


 トガシ・アーキアが泡に触れた瞬間、表面が変色して焼けただれた。


「あれは……まさか伝説にあるサン・ソか?」

「知っているのかライデン・アーキア!」



『サン・ソとはいずれ現れるであろう新時代の気体である。これは物質と結びつく力が強い為、体内にあるATPを作り出す物質と結合して変化させ、体を構成する物質と結合して破壊する恐ろしい物質である。これを知らない者は身を守る事が出来ず命を失う事になるであろう。

 だがこれを取り込み活用することが出来る者は莫大なエネルギーを手に入れ、新たなステージへと進化するであろう。

       サン・ソ――来たるべき新物質―― 眠瞑書房刊より』


「まさか、あの泡がそのサン・ソだというのか」

「間違いない、あのダメージの受け方、発生の特徴……あれは紛れもなくサン・ソだ」


 ライデン・アーキアの表情が固い。この強者には珍しい事だった。特徴的などじょう髭が震えている。それほどまでに脅威なのか。

 モモ・アーキアが傷をこらえて立ち上がったアーキア達の筆頭としてこの場をなんとかしなければならないのだ。


「も、戻れー! 今はこの場を離れるんだー!」

「それでどうなる……」

「なに?」

「ここから逃げてどうなるー! ワシ等が絶滅するまで逃げ続けるとでも言うのかー!」

「くっ……!」

「ワシは逃げん! 絶対に逃げんぞー!」


 モモ・アーキアの表情が曇った。実際のところ、反撃の手段がないのが口惜しい。だがここで無茶をしても何にもならない。八方ふさがりとはこの事だ。

 いずれにしてもトガシ・アーキアを死なせるわけにはいかない。力尽くでも連れ戻そうとしたその時。トガシ・アーキアの体が微かな光を帯びているように見えた。


「あれは……?」

「分からん、このライデン・アーキアも初めて見る。一体あれは何なのだ?」


 トガシ・アーキアの絶叫が海中に轟く。


「うおぉぉぉぉ! 負けるかー! こんなクソ気体ごときに! 負けてたまるかー!」


 トガシ・アーキアの体内に何かが形成されていく。それは小さな点で始まり、みるみるうちに大きさを増していき、遂にはトガシ・アーキアの体内最大の器官へと成長したではないか。


「サン・ソなんぞ! この俺が利用してくれるわー!」


 新たな泡がトガシ・アーキアに触れた。またダメージを受ける――誰もがそう思った。だが次の瞬間その予想は外れた。なんとサン・ソを取り込み新たに作り出した器官によって有機物を分解して活用し始めたのだ。


「トガシ・アーキア……全くお前って奴は……。その根性には脱帽するしかないぜ」

「へへっ! どうだモモ・アーキア、これでお前をすら超える力を手に入れたぜ!」


 なんとトガシ・アーキア無サン・ソだった頃と比較して十九倍ものATPを産生出来るようになったのだ。これにより圧倒的な実力を手に入れたのである。まさに進化の瞬間だ。


「お前に負けちゃいられない。皆、トガシ・アーキアに続け! 俺達の居場所は俺達自身の手で守るぞ!」

「おお! ワシ等も続くぞ! 根性じゃー!」


 アーキア達が一斉に謎の泡に突撃していく。打ちのめされる者、泣きながらでも立ち向かう者、様々にいる。が、励まし合い手を取り合いサン・ソに立ち向かう。甘えん坊だったはずのヒデマロ・アーキアでさえ挫けずに立ち上がるではないか。


「フッ、ヒデマロ・アーキアもやっと一人前の男になったみたいだな。トガシ・アーキア、お前のおかげだ」

「何言ってやがる、あれはあいつ自身の底力だ」


 トガシ・アーキアとモモ・アーキアが視線を交わして笑う。モモ・アーキアは既に進化を終えていた。

 アーキア達が次々に進化していく。彼等の目に映る光景はすでに過去とは違う。太陽から降り注ぐ光は希望に満ち、謎の泡は活力をもたらす恵みの象徴だ。


 こうしてアーキア達は真核生物に進化したのだった。

                 

 

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