言えないことが多すぎる
@kamukamu_
第1話
十月二十三日。文化祭や体育祭といった校内一大イベントを終え、授業と部活を繰り返す日常が帰って来た。そんな微かな喪失感を抱えた教室に、唐突なイベントが発生した。転校生がやって来たのだ。
「本日転校してきました、柳悠太といいます。よろしくお願いします。」
しかもこの男、柳は随分と顔が整っている。日本人にしては明るい色の短髪は窓から差し込む朝日を反射し眩しく輝き、切れ長な目の上にはきりっとした眉毛が、高校生にしては早熟な男の逞しさを表現している。一方で、口元は常に口角が下がりきらず、いかにも人がよさそうな笑みを浮かべていた。そんな柳の登場に教室はざわめいた。女子生徒はしきりに「かっこいい」だの「やばい」だの、ぺらぺらの薄い言葉で柳を称賛し合い、瞳を輝かせ、盛り上がる。
これは黒崎愛子の隣に座る、沢田隆介も例外ではなかった。彼は女子生徒に負けずに瞳を輝かせ、頬を赤め、まばたきも忘れて彼、柳を見入っていた。その様は、少女漫画で主人公が恋に落ちた様子と同じである。一つ、隆介が男であるということを除いて。
愛子は頬杖を突きながらそんな隆介をじっと見つめていた。壇上に立つクラスを沸かせるイケメン転校生よりも、イケメンに焦がれる男子生徒の方が興味深かったのである。
一
教室の浮ついた空気は保たれたまま、午前の授業が終わった。昼休みになり、生徒が各々気心知れた友人と昼御飯を囲う。一方で教室奥の窓側の席は、しきりに上がる黄色い声で盛り上がっていた。今朝柳に新しくあてがわれた席である。当の柳は、自他ともに認める見目のいい自信に溢れた数名の女子に囲まれ、怖じ気づく訳でも驕る訳でもなく自然体を保っている。どうにも慣れた様子である。
(あれだけ見た目がよければ、モテてきたんだろうな)
柳の席とは離れた場所で隆介と共に昼食を摂る愛子は、遠目で柳を見ながら思った。隆介の机上には愛子の二段重のお弁当と、隆介の菓子パンが並んでいる。愛子が甘めに味付けされた卵焼きを口に運ぶ傍ら、隆介はパッケージを開けたまま口もつけていない焼きそばパンを持ったまま硬直している。隆介の目線の先には案の定、柳の姿があった。さらに言うなら、この男は午前の授業中もずっとうわの空で柳を見つめていた。その姿はクラスのどの女子よりも熱烈である。隣の席の愛子は、そんな隆介の姿に気が散って仕方がない。
「ねえ、隆介」
たまらず声をかけるが、隆介は一切反応しない。脳内お花畑、柳と二人きりのロマンスの世界にいる。愛子は軽くため息をつく。隆介の右の頬を抓り、引っ張り強制的にこちらを向かせた。
「ねえ、隆介。見すぎ」
「み、見てないし!!!」
突然の呼びかけに顔を驚いた隆介は、真っ赤にしながら大きな声で否定した。まったくもって無駄な否定である。愛子は、元から愛想の悪い顔の眉間にしわを寄せた。
「……じゃあ、パン食べれば」
「食べてるし」
隆介は手元を指さされると、柳のいる方向に背を向け、しおらしくパンを食べだした。そんな冷静さを取り戻した隆介の様子に、愛子も安心してプチトマトをつまんだ。
「隆介ってメンクイだったんだね」
「……そうなのかなぁ」
「そうなんじゃない。柳君イケメンでしょ。あんなに女子が寄っちゃって」
「柳君はイケメンだよ。でもこんな一目惚れみたいなの初めて」
隆介は目じりを下げながらへらっと笑った。眉はきれいなハの字を描いている。恋する少女と同じ様なことをいいながら、何か申し訳なさそうな表情である。愛子は隆介のこの表情が好きだ。どんなに仲の良い女子の恋バナよりも、愛子は隆介の恋バナが好きだった。愛子はすました顔で隆介を見つめる。一方で隆介はうつむいてしまう。その表情は天然パーマの長めの前髪で隠れて見えない。
「ごめん、俺気持ち悪いよね。男が男に一目惚れって」
隆介はうつむいたまま愛子にしか聞こえない絞った声で言った。愛子は隆介のつむじをじっと見つめた。ふわふわと触り心地の良さそうな髪の毛がつむじを中心に時計回りのらせんを描いている。何度でも言う、愛子はこの姿の隆介が好きだ。しかし自分の恋心に振り回され、生きづらそうな彼を可哀そうだと憐れんでいるわけではない。
「隆介。私、気持ち悪いなんて一度も思ったことないよ。本当に」
隆介のことを気持ち悪いと思うような人がどれだけいて、今までどれだけそういった悪意にさらされてきたのかは知らないが、愛子は隆介に嫌悪感を抱いたことはなかった。その明確な理由はまだ隆介に話せない。ただ、大丈夫だよ、隆介は気持ち悪くなんてないよといってやることしかできない。恋に申し訳なさそうな隆介の表情は好きだが、それ以上に隆介はいいやつなのだ。一番の友人にはできるだけ笑っていてほしい。
「愛ちゃん、ありがとう」
ゆっくりと顔を上げた隆介は言った。眉は下がったままだが、高角は少し上がっている。先ほどの今にも泣いてしまいそうな表情よりは大分マシになった。そんな隆介に愛子は安心したように目を細くして笑う。
「愛ちゃんは優しいね」
「そんなこと言うの隆介だけだよ」
「それは、みんな見る目ないんじゃない」
それは違うと思う。隆介が人一倍優しいから、何でもない私の言動を優しさとして受け取るのだ。隆介の優しい判定は甘すぎる。隆介の様子は落ち着きを取り戻し、再度焼きそばパンを食べ始めた。二人はいつも通り、昨日見た笑える動画の話や、家族の話、今日の放課後の話などで盛り上がった。
会話中愛子の視界にふと柳が映った。ずっと柳を囲い込んでいた女子の一人が柳の右腕を掴み引きつれるように教室の外に向かっている。校内の案内でもするのだろうか。他の女子たちも柳に連れだって歩く。女子はみんな楽しそうに笑っているが柳は少し困ったような顔をしていた。
(柳君されるがままって感じだな……)
愛子の視線につられて隆介も教室の後ろに目をやる。女子に囲まれた柳の姿を見つめる隆介の表情は確認できなかったが、自然に柳と接触を図る女子にいい気持ちは持てないだろう。アンニュイな表情を浮かべてるに違いないと愛子は思う。綺麗に磨かれたまろい爪を持つ柔らかな手で柳を引き寄せ、短いスカートをなびかせる彼女は愛子の目から見ても確かに可愛い。それでも、陰ながら柳を見つめる正真正銘の男の隆介の方が魅力的に思えた。二人は柳達が教室から出ていくのを見届けた。愛子はすでに空になった弁当箱を片付けながら口を開く。
「隆介はこれからどうするの?」
「どうするって、何の話?」
「柳君の話。告白、とかしないの?」
「し、しないしない!するわけないじゃん!俺が告白なんかしても柳君を困らせるだけだし、迷惑なだけだよ」
柳は『告白』というワードを聴くやいなや顔を真っ赤にし硬直した。そのまま瞬きをひとつふたつした後、今度は顔と手とを左右に音が出そうな勢いで振り体全身を使って否定を表現する。柳の動きと一緒に天然パーマもふわふわと揺れる。愛子は隆介の予想よりも激しい反応に驚きながら、フォローをしようとするも隆介の強い圧に断固とした否定はできない。
「そんなことないと思うけど……そう言うものなの?」
「そういうものなの。下手なとこして嫌われたくないし、端から付き合える何て思ってないし」
一度気持ちが沸き上がった隆介だったが、その勢いはどんどんとなくなり萎れていく。最後の一言は肩を落とし小さく呟くに留まった。
「そっか……変なこと聞いてごめん」
隆介を傷つけるつもりじゃなかった、愛子は自分の配慮のなさを省みて、素直に謝罪する。するとうつむいたままだった隆介は目線だけ上げて愛子を伺いまたもや小さな声で呟くように言う。
「でも……友達にはなりたいな」
隆介には珍しい積極的な姿に愛子の心にはじわじわと暖かい気持ちが生まれた。普段はつり上がった目を珍しく真ん丸に見開き口角を上げ閉じた口をむずむずと動かす。ここ最近で一番嬉しいかもしれない。愛子は破顔した笑顔と通常より1回り大きな声で言った。
「そうだね!私も!」
目の前の内気な優しい男に最愛の友達ができることを願った。
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