第10話 お姫様の護衛は冒険者の憧れである

 翌日の朝食の席。旦那様は案の定気まずそうだ。挨拶がどもり、締まりがない顔をしている。


 冒険者テンペストに恋しちゃった旦那様。その視線をしっかりこちらに向けたら会えますよ!


 だがフォークを落としたり、紅茶をこぼしたりと挙動不審になりながらも、決してこちらを見ることはない。


(罪悪感~?)


 今更そんな感情を抱くとは笑える。しかも実は罪悪感を抱かなくていい相手なのが更に笑える。思わずニヤニヤとしてしまい、己の性格の悪さを思い知った。

 

 そうやって他人の心を嘲笑っていたから罰があったったのかもしれない。


「公爵様……」


 慌てて食堂へやってきたヴィクターが旦那様に耳打ちした後、


「すまない。先に失礼するよ」


 と、取引先の人間に言うような物言いをして食堂を急ぎ足で出て行った。急に現実に引き戻されたようだ。

 その時私は昨日の盗賊が何か重要なことを吐いたのかな。と、想像を膨らませていただけだったのだが……。


「奥様……お願いがございます」


 自室で冒険者衣装に着替えようとしていた所に、ヴィクターが切羽詰まったような顔で現れたのだ。


「……なんでしょう」


(嫌な予感っ!)


 そして予感はピシャリと当たった。


「明日の晩、夜会にご出席いただけませんでしょうか……」


(げえええ!)


 絶対に嫌だ。結婚前だって散々避けてきたことだ。逃げて逃げて辿り着いたのがここだ。

 自由にしていいと言った手前、なにより私に対する主人の不義理がわかっているからこそのなのだろう。


「悪いけどおことわ……」

「公爵様はご一緒ですか!?」


 断り切る前にエリスが大きな声で被せてくる。日頃放置している妻に面倒事を押し付けるんじゃあるまいな、という確認だ。


「もちろんです!」 


 これは私にではなくエリスへの返事だ。私のさっきのお断りワードは聞こえていないフリをされている。


「クリスティーナ様がいらっしゃるのです」

「まぁあの!」

「そうです! あのクリスティーナ様です!……間もなく隣国へお嫁に行かれると言うのに……最後に一目会いたいからと……」


 クリスティーナ様と言えば、旦那様に熱く恋をしていたと噂の国王の姪っ子。つまりお姫様だ。


 従者と侍女が2人で盛り上がり始める。


「なので奥様という存在をしっかりクリスティーナ様に見せつけておかねばならないのです。でなければいつまで経っても! 昨日もあんな恐ろしいことを……」


 私達にはわからない話だと思って口から出てきてしまったようだが、昨日の事は良く知っている。あの盗賊達の襲撃がまさかクリスティーナ様絡みだったとは。


(ヤ、ヤベェ女だ……!)


 旦那様の心配より、私が逆恨みされているんじゃないかと気が重くなる。

 この街にきて2度目の白目をむきそうだ。


「わかりました! お任せください!」

「ちょっと!!?」

「こういうのは初めが肝心でございます。バシ! と奥様という存在を見せつけましょう!」

「ちょっと~~~!!?」

「ありがとうございます!!!」


 エリスに火が付いた。主人の私を無視してやる気に満ち満ちている。ヴィクターも先ほどと打って変わってパァっと顔が明るい。

 侍女としての手腕をいかんなく発揮しようと、手早くメイク道具やジュエリー、それにドレスを選びあげた。


「腕がなります!」

「ならさないでぇ……」


 私の小さな悲鳴は誰にも届かなかった。


 翌日、久しぶりに貴族として頭から足先まで磨き上げられ、そこそこ筋肉質になった体を褒められたり叱られたりしながら、着せ替え人形のように大人しくされるがままになっていた。


(エリスも楽しそうだし、いいか……)


 毎日冒険者として充実していなければ、今日の夜会なんて絶対逃げ出していただろう。あの日常があるから、今ここにギリギリで立っている。


「まあ奥様! なんてお美しいのでしょう!」

「こんなドレスいつの間に!?」


 旦那様の瞳の色と同じ、深いグリーンのドレスに、銀色の刺繍が細かくあしらわれた美しいドレスを着せられた。


「奥様が好きに使っていいとおっしゃったではありませんか」

「あ、はい……言いましたね……」


 だがそれで私のドレスを作ってくれていたとは全く知らなかった。

 

 私は毎日冒険に出かけていたので、毎月渡されていた生活費がいつも余っていた。それを返すのは嫌だったので、その半分は孤児院へ。残りの半分はエリスに好きに使っていいと伝えていたのだ。彼女の主人としての勤めを全く果たさない分の償いだ。私が稼いだ金ではないが。

 てっきりエリスの暇つぶしにでも使われていると思っていたのだが……。


◇◇◇

 

 夜会はつつがなく進行している。短時間でこれだけ準備できたのだから公爵家の使用人達は大変だったろう。


「なんてお美しいの!」

「侍女が頑張ってくれました」


「お元気そうでなによりでございます」

「おかげさまで……自由に過ごさせていただいておりますから」


「センスがいいわ。どちらのものかしら」

「後ほどご紹介いたしましょう」


 私は見世物である。これまで社交界に出ていなかったので、どんな女があの公爵と結婚したのかと皆が興味津々だ。

 初めましてとあっちこっちからお声がかかった。ボロが出ないようになるべく喋らない。実家仕込みの微笑みと所作に感謝する日がくるとは。だが隣の旦那様が相変わらずの不機嫌顔だ。


(周辺の貴族や有力者達ご近所さんも大変だったろうな~)


 あのクリスティーナ様お姫様の一声で集まらないといけなくなった人達だ。いつもは偉そうにする立場だが、彼女相手にそれは無理なことだった。

 クリスティーナ様は私の旦那様との結婚が叶わず、隣国の第2王子とのご結婚が決まって荒れていた。それを宥めすかして送り出す為に、の我儘は許されているんだそうだ。


(隣国は我が国ウチと関係微妙だし、第2王子には既に寵姫がいるって噂だし、そら嫌だよね~)


 同情するが、私を巻き込んでいいとは言ってない。

 夜会前、珍しく旦那様と話す機会があったのだ。


「約束を守れず申し訳ない」

「約束?」

「貴女に自由を与えると言う約束だ」

「……仕方がないこともございます」


 大人の対応した私を誰か褒めて! 何より嫌いな貴族の集まりに出る私を褒めて!


「それから、夜会中は私の側を離れないように」

「クリスティーナ様ですね」

「……聞いたか」

「少しだけ」


(主にゴシップをな!)


 簡単に言えば彼女は旦那様の熱烈なストーカー。多くの恋敵を物理的にも社会的にもボコボコにして追い払ったのだそうだ。恋する乙女は強すぎる。


「私が妻帯者になったことで落ち着いたと思ったんだが」

「甘いですね。恋は人を狂わせます」


 身に覚えがあるだろ!?


「……手厳しいな」


 返す言葉がないと言ったところか。


「私の側にいれば大丈夫だから」

「旦那様にお守りいただけるとは思いませんでした」


 その必要はないのだが。


「貴女は私の数少ない家族だからな」

「家族?」


 思いもよらぬセリフに、つい聞き返してしまった。


「私の家族は貴女と王都から出る気のない母。それから……幼い甥がいる。それだけだ」

「光栄です」


 妙に寂しそうに言うので、つい同情的になってしまった。


「……そうだといいんだが」


(この甥ってのが後継ぎか? 興味なさすぎてなにも聞いてなかったな)


 そう言えば旦那様の母親お姑さんはこの領地を嫌い、息子旦那様共々放置だ。結婚式にすら現れなかった。おかげで私は気楽だが、頼れる身内がいないと言うのも寂しいものかもしれない。


「家族とはどうも縁が薄いのだ」


(いーや、私に関して言えば自分で薄くしてるんじゃーん!)


 悲劇ぶるな! と、同情したことを後悔した。今回は王族絡み、しかもお国の一大事に繋がることだから仕方なく強力はするが……。腹立つな!


 本日の主人公であるクリスティーナ様は他の令嬢達と楽しそうにお喋りしている。綺麗に巻かれたプラチナブロンドに青い瞳が輝いていた。ドレスはしっかりグリーンのものを着ている。

 黒い噂とは裏腹に、皆の憧れのお姫様の姿そのものだった。

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