第9話 なにをもって浮気とするか
急に馬車が止まった。馬が騒いでいる。
(やばっ! 仕事しなきゃ!)
「ここにいて……ってオイ!」
あ、思わず旦那様にオイなんて言っちゃった。
旦那様は剣に手をかけている。剣士としてもかなりの実力という噂を確かめてもいいが、今日は私の依頼人だ。引っ込んでいてほしい。
「用があるのはその男だけだ。そいつを置いてけば命までは取らねぇよ」
盗賊だ。それも数が多い。絶対に逃がす気はないということだ。こちらは御者に、更に2人最初からいた旦那様の本命の護衛だけ。
「お前達、誰からの依頼でここにいる」
「一緒に来ればすぐにわかるさ」
流石公爵ともなると、その身を狙うやつがいるんだなぁ。ってその妻である私は!?
「そういや最近ご結婚されたとか。奥様にもご挨拶しておきましょうかねぇ」
なんとも下品な笑い顔だ。挨拶なら今いただいたので結構です!
「貴様ら! 妻に手を出したら死より辛い苦しみを与えてやる!」
「えええ!?」
「なぜ君が驚く!?」
驚きすぎて思わず声がでてしまった。普通に妻を大事にする夫の発言だ。表情も不機嫌から怒りに代わっている。
(うーん……わからん!)
今考えても仕方がない。仕事だ仕事!
「あの~つかぬことをお伺いしますが、この辺りは壊したらいけないもの……民家や畑はありますか?」
「ああ!? 何言ってんだ。んなもんねぇよ!」
「どこにも逃げ場なんてねぇぞ!」
オラオラ! と、盗賊側も脅しのターンに入ったようだ。
「ではトゥルーリー商会の皆様、どうぞ馬車の側から離れないようお願いします」
「君は下がってるんだ!」
「いやいや。お仕事させてくださいな」
(すっこんでろ! って言えたらな~)
もちろん依頼人にそんな口はきけない。依頼人からの評価も今後のランク査定に関わる。
まだ怒りが収まらない旦那様の前に出て、上空にぐるりと大きく円を描くと、馬車の周りに魔法陣が浮かび上がった。足元から光はスッと下に降りてドーム状の防御魔法が出来上がる。
「これは……!」
「ここから出ないでくださいね」
そしてそのままピョンと飛び上がり、魔法陣の上に立つ。少し高い所から周りを見渡すと、盗賊の回答通り、人工物はなにも見えない。
(大技が使えるぞ~!)
腕を掲げ、今度は体ごとクルリと回転した。すると私を起点としていっきに周囲が暴風に包まれる。盗賊達の絶望するような顔といったら。
「逃げ場なんてありませーん!」
ばいばいーい! という私の声を合図に、その竜巻は周囲のものすべてを取り込んだ。
「ウワァア!!!」
時々、風の隙間から叫び声が聞こえてくる。
(盗賊って賞金でるんだっけ?)
うーん……と悩んでいると、足元から先程まで唖然とコチラを見ていた旦那様が声をかけてきた。
「と、捕らえられるか!?」
「できますよ~」
「では頼む!」
「はーい」
竜巻の中から人間だけをポンポンポンと取り出す。全員目を回し傷だらけだが死んではいない。旦那様の護衛達が急いで盗賊達を綱で縛り上げる。
(ああ! スッキリした!)
やはり大技を使うのは楽しい。
旦那様は少しばかり呆然としていた。なかなかお目にかかれないレベルの大技だから当たり前かもしれない。
結局トゥルーリー商会御一行は、宿場まで行くことなくまたブラッド領へと引き返した。おそらく捕らえた盗賊達から依頼人を聞き出す作業をするのだろう。
「ギルドにはこちらの都合で依頼内容が変わったと伝えておく。……今日は本当にありがとう。助かったよ」
「いえ。仕事ですので」
「ハハ! なんだかその言い方……冒険者ではなくどこかの勤め人みたいだな」
前世から魂に染み込んだ社畜根性が前に出てしまったのだろうか……って、
(笑った!?)
あの万年不機嫌男が!? なんだか今日は驚くことが多い。
「どうした?」
「あ、いえ。笑ったお顔がとても素敵でしたので……」
私は素直に感想を述べた。もうちょっと屋敷でも今みたいにご機嫌でいてくれたら、エリスも私への対応が悪いとヤキモキしないのに。
「そ、そうか?」
「はい。とても魅力的な笑顔ですよ」
言われ慣れているだろう言葉だと思ったがどうやら違ったようだ。頭をかきながら照れている。よっぽど他人に笑顔を見せていないのだろう。まあ見せなくてもイケメンだからな。
「わ、私の笑顔が魅力的なら……」
頬を染めながら真っすぐこちらを見てきた。
「君はなんて美しい人なんだ!」
「はいぃ!?」
急に何だこの男は!?
「力強く、可憐でたくましい!」
(た、たくましい!? って褒めてる!?)
どうした!? 急にキャラが変わったぞ!?
「公しゃ……トゥルーリー様!!!」
ほら、護衛が大慌てじゃないか。
「君のような女性に会ったのは初めてだ……とても、とても感動した!」
(えええっ!?)
面白れぇ女ってコト!? 兎にも角にも自分の旦那様にドン引きである。
(え? これって浮気? 浮気になるのか?)
もはや何が何だかわからない。
「これほど瑞々しく生命力に溢れた女性がいるとは……!」
(褒めポイントがそこ!?)
私のドン引きに気がついて困り果てた顔をした護衛と、それに全く気がつくことなく興奮した顔つきのまま喋り続ける旦那様が並んでいる。
「誰かのことをこれほど知りたいと思ったのは初めてだ!」
(それって恋なんじゃない!?)
ってことを、赤の他人にならヒューヒュー言いながら伝えただろう。だが残念ながらこれは私の旦那様の話だ。
「君は一体何者なんだ!?」
あんたの妻だよ! と、返すべきだったのだろうか。なんともキラキラした目で見つめられた衝撃で固まってしまった。
(こいつ……アホかな?)
結局護衛が今日一番の仕事ぶりを見せ、旦那様を半ば無理やり連れて帰ってくれた。
「つ……疲れた……」
ああ、明日の朝食の事、考えたくない。
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