火傷と寒風(カクヨム9短編参加)
スナメリ@鉄腕ゲッツ
第1話 ヘロイン
「なにしやがる、もっと気を付けやがれ! ウォッチャー(※監督者)に地獄に突き落とされるぞ!」
『おおきくてつよい』はそう言いながらツィチィの背中を金属の棒でどついた。溶接で赤く燃えた棒は防護服を押しつぶしてツィチィの皮膚に触れ、皮膚は焼けただれる。だがこれはいつものことだ。ツィチィは小柄で力もまだなかったから、ほかの労働者たちにやられっぱなしになるしかない。歯を食いしばって熱さに耐える。惑星の高温高圧のガスに落とされるのだけはごめんだ。防護服の外の温度は二百九十度、今日はもう左足と右肩を火傷していた。
惑星『ダーメン』は造船惑星として知られていた。まだ冷め切っていない珍しいホットジュピター型のガス惑星で、高温の大気組成が最高級の断熱合金の生産と加工に適している。まだ骨組みでしかない船にひびく命令の声。この骨に断熱の合金の皮を張る。生命はいつだって最もローコストの労働力だ。
ツィチィは親を知らない。この惑星の人々はたいてい、親を知らない。親は子供たちを子供のうちに造船所に引き渡すシステムだから。子供たちは一か所に集められて、とにかく食事と運動をさせられる。風呂が使えるのは子供のうちだけだ。『一酸化二水素』(水)、それはとんでもない贅沢だから。それで、筋肉の『ちいさい』と『おおきい』、消耗のはやい『よわい』とおそい『つよい』に分けられて、それぞれの仕事を覚えさせられるのだ。
『おおきくてつよい』は合金をつくるのと船の外をくみたてるのに。『ちいさくてよわい』は外身だけの張りぼての船の中で内部の部品をくみたてる。
フルアたちは人間をよく殖える労働力だと思っている。
ツィチィは大きな声で返事をしながら溶接で飛ばされないように身構える。ここに来た人間は男も女もない。いちど造船所に入ったら、死ぬまでどこにも防護服を脱ぎ捨てられる場所はない。ダーメンの人間にとっては、防護服はほとんど人工皮膚と一緒なのだ。(実際、皮膚と保護織布の間に装填された組織液は代謝をしながら『中身』を守っている)
もちろん、労働力を確保するためという名目で『大きくてつよい』は子供をつくるために造船所を一時的に離れることができる。でもそれはツィチィのように『ちいさくてよわい』にとってはできない相談だった。
一日の仕事を終えて帰ってくると、ツィチィたちのねどこ、つまり造船所から少し離れた断熱棟では少し息がつける。ダーメンの造船所は惑星の赤道空中に浮かぶ巨大な『環』になっている。合金を作るのに最適の温度と圧力のところに工場を作るためだ。そこから宇宙空間に伸びたおもりが遠心力で『環』の落下を防いでいる。
ツィチィたちは組織液を交換しながら、同時にチューブの食事をとる。組織液は再利用だからいつも少しだけ気持ちが悪い。でもそれもじきに慣れてしまう。ほとんど自分たちが生きていることすら忘れてしまうような狭い空間の中で、ツィチィたちは治しようもないぐらい壊れるのを待っている。
ツィチィは隣のブースのティダに背中を向けながらこういう。
「そこの棚からヘロイン追加してくれる」
「オピオイドはオキシコドンしかない。でも痛みは消えるよ」
「それじゃ味が薄すぎる。今日はちょっと酔いたい」
ティダは首を振りながらヘロインを背中から組織液の中に流す。だってそれがなければ毎日の火傷はとても耐えられるものじゃなかったから。ヘロインが入れば、一息つける。それに、うまくすれば少しだけ酔える。
「ウォッチャーたちはひどいね」
「ティダは見てなかったけれど、今日はほかのやつも火傷させられた」
「ウォッチャーたちはひどい、でも噂によればウォッチャーは1/3に減らされるって。もう6号棟のやつらは故郷に帰った。ここもじき。そうしたらきっと楽になる」
ティダはいつだって優しい。ツィチィよりずいぶん年上で、種類は『ちいさくてよわい』。でもいちばん『古い』。もうほとんど皮膚が壊れかかっているのにそれでもティダはツィチィにいつも優しい。透明なマスクから見える皮膚はほとんどケロイドに覆われている。かろうじてたれさがった皮膚の間から茶色い瞳が優しく光っている。いつだってダーメンの人間は皮膚からやられていくのだ。
ツィチィはティダの年齢まで生きられるかしら、といつも思う。
火傷がひどい日はツィチィが眠りにつくまでティダはそばにいてくれる。
「ティダは火傷が痛くないの?」
「わたしはもう皮膚が厚くなってしまったから大丈夫」
ティダはツィチィがヘロインでうとうとしている間、船が作られたらどこへ行くのか話してくれる。ティダは長生きだから、ウォッチャーたちの言葉も少しわかる。たぶんダーメンの人間たちの中でもかなりの物知りだ。
ツィチィの好きなのは冷たい惑星の話だ。ダーメンは暑くて皮膚が焦げてしまうけれど、氷も皮膚をやけどさせるのだという。それでもツィチィは冷たい惑星に行きたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます