時を思う

月井 忠

一話完結

「ねえ、どうしておじいちゃんとおばあちゃんは二人いるの?」

 シュンはいつもより声を潜めて聞いてきた。


 ちゃんとバスの中ということをわかってる。


「シュンはママとパパから生まれたでしょ?」

「うん」


「だからママにも、パパとママがいるの。もちろん、パパにもね」

「へえ~」


 返事は間延びしていて、本当に理解しているのか怪しい。

 目はすでに車窓の外だ。


 今日は旦那が仕事で車はない。

 だから実家にはシュンと二人で行って、昼過ぎにはもう帰路についた。


 実家が近くにあると何かと便利だ。

 だけど、近いからこそ顔を見せなくてはという意識も働く。


 特に夏休み中は頻度が上がるし、お盆となると外せない。


 シュンは床に届かない足をぷらぷらさせながら、両手を顔の前に持ってきて指を折ったり立てたりしている。


「それじゃあ、おじいちゃんとおばあちゃんにもパパとママがいるの?」

「うん、そうだね」


 ふと教育ママの一面が刺激された。


「それじゃあ、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんは全部で何人いる?」

「『ひい』ってなに?」


「おじいちゃんのパパのことをひいおじいちゃんって言うのよ」

「へえ~」


 もう関心をなくしたのか、先程と同じ気のない返事で窓の外を見る。


 無理に問題を出しても大抵子供は乗ってこない。


 まあ、こんなものかな。

 そう思って私も窓の外を見る。


 照りつける日差しは斜めになって、街をほんの少し濃い色に染める。


「でも、それじゃあ、ずーっとママとパパばっかりになっちゃうよ?」

「え?」


 あわてて意図を探る。


「ああ、なるほど」

 パパとママが無限に増えていってしまうということか。


 「ずっと」の使い方が間違ってるけど、訂正はまた今度。


「おばあちゃん達が四人だから、その親は八人。更にその親は十六人だから、いっぱいだねえ」


「みんな、おじいちゃんになっちゃう!」

「そうねえ」


 当たり前だけど百代前だとすごい人数になりそうだ。

 こうしてみると過去の方が人口が多かったように聞こえるけど、実際は違う。


 全員血の繋がりのない二人が結婚したら、の場合だ。

 でも、それを言ってもシュンには難しいかもしれない。


「ずーっと昔には、いっぱいおじいちゃんとおばあちゃんがいたけど、そのうちの一人でもいなかったらシュンはここにいないんだよ」

「ええ!」


 シュンは驚くような仕草をすると、両手を自分の胸に当てた。

 自分のことを感じようとしているのかもしれない。


 私も自分の胸に手を当てた。

 実家に帰るのは少し煩わしい。


 でも、その行為は自分のルーツに思いを馳せることにつながる。


 ピンポン。


 降車ボタンが押された。


 バスは少しずつ減速し、やがて止まる。


「はい」

 立ち上がってシュンに手を差し出す。


「うん」

 シュンは私の手を握る。


 精算機にスマホをかざし、ピッと音が鳴る。


 バスは排気ガスをブゥンと吐き出し立ち去った。


 今となっては先祖の存在に触れる機会はあまりない。

 墓参りも行かなくなった。


 でも、こうして未来と手をつなぐのは容易い。


 私はシュンの手をぎゅっと握った。

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