第12話 三対一でもやるしかない

 *


「スコップ」「ショウビー」に引き続き、三つ目に向かう場所は……近畿地方、関東地方を中心に展開しているスーパーマーケットチェーン店「クローバー」。

 この周囲ではもっとも規模が大きいスーパーだ。構造は二階建て。一階は食品売り場、二階日用品売り場。今回、用があるのは一階のみ。でも、この一階のスペースがかなり広い。最初の「スコップ」の軽く四倍くらいはあると思う。まあ、他と同じように、表の商品棚には何も残ってないとは思うけどね。最初に人が殺到するなら駅に一番近いここだろうし。「ショウビー」みたいに裏の保管庫狙いで行こう。


「……いや、めちゃくちゃ多いな」


 家から持ち出してきた双眼鏡を覗きながら、私は溜息混じりで呟く。現在地は「クローバー」から百メートルほど離れたビルの物陰。そして、その視線の先には……軽く十体程度のゾンビが店の前を徘徊していた。ちょっと、あの数は計算外だった。

 これじゃ、表から入るのは不可能だ。あれだけの数を相手にする勇気はない。ってなると、裏口から侵入するしかないかな。どこにあるかは分からないけど、真反対に回ればそれっぽい場所が見つかるはず。くるりと方向転換をして、まずは裏口を探すことにした。


「……あそこ、かな」


 十分程度で、裏口を発見することができた。でも、問題がある。その裏口付近にも……三体程度のゾンビの姿が見えた。

 どうする。一度に三体を相手にするのは避けたい。一体はクロスボウで仕留められるとしても、残りの二体が矢の装填を待ってくれる確証はない。そうなると、近接武器の包丁で残りを相手にすることになる。特に、走行者が紛れている場合は……クロスボウでの足止めが必須だ。かなり、リスクを抱える戦闘になる。


「――見た感じはあそこを通らないと中には入れないし、やるしかないか」


 悩んでいる時間が惜しい。幸い、それぞれ三体の距離はそれなりに離れている。あれなら、一対一を三回繰り返すだけで済むかもしれない。クロスボウを構え、私は歩を進めた。


『アァ――』

『ウゥ――』


 今の私の腕だと、動いてる的に確実に当てるには十メートル以内が限界。それ以上の狙撃は著しく命中率が下がる。そして、そこまで接近したら……確実にゾンビに視認される。つまり、この十メートルが、私に与えられた有利点アドってことになる。

 獲物が姿を現したことに気付いた二体のゾンビは両腕を突き出して、真っ直ぐこちらに向かってきた。奥の一体とはまだ距離があるから、とりあえずはこいつらを片付けないと。幸い、三体とも歩行者タイプ。まあ、走行者なんて体感十体に一体くらいの割合だから、そんなポンポン出てこられたら困るんだけど。

 まずは戦闘の一体にクロスボウの照準を合わせる。発射


 ヒュンッ

『アッ――』

 バタンッ


 命中。後ろのゾンビとの距離は……七、八メートルってことか。これなら、距離を取るまでもないか。矢筒から矢を取り出す。弦を引き、矢を装填リロードする。この間、僅か四秒。最初の頃と比べると、見違えるように手際がよくなった。おかげで腕の筋肉が無駄に付いて、ちょっと恥ずかしいけど。まだ二体目の距離は五メートルもある。これなら楽勝。確実に、頭に当てられる。


 ヒュンッ

『ウッ――』

 バタンッ


 難なく二体目も処理完了。三体目との距離は……十メートルはある。余裕で間に合うな。三本目の矢取り出して、装填。そして、目の前のゾンビに向かって小走りで駆け寄る。

 ゾンビは機動力において、致命的な弱点を抱えている。その弱点とは――旋回だ。要するに、こいつらは方向転換が下手ってこと。獲物が急にその場で左右どちらかに散ったら、まずその方向に首を振って、歩み始める。動作が一瞬ワンテンポ遅れるのと同時に、足自体が止まる。この癖さえ知っていれば、近接武器しかなくても仕留めるのはそこまで難しいことじゃない。

 ゾンビとの距離が二メートルまで縮まったところで、右方向に旋回して、照準を合わせる。その間、ゾンビの動きは完全に止まり、首を振って私の姿を目で追おうとしていた


 ヒュンッ

 バタンッ


 三体目も処理完了。何とか、掃討することができた。それぞれ頭に突き刺さった矢を回収して、一息吐く。いや、何を安心しているんだ、私は。大変なのはこれからだ。

 周辺だけでも、これだけの数のゾンビがいるってなると、中は更に地獄絵図の可能性もある。開けた場所なら、こうやって複数と対峙することもできるけど、狭い通路内だとそうはいかない。常に撤退の選択肢は頭に入れておかないと。一段と気を引き締めて、裏口から「クローバー」内へと侵入した。


「うっわぁ」


 その光景を目の当たりにして、思わず口元と鼻を抑える。鼻孔を通り抜けたのは強烈な腐敗臭。裏口を抜け、すぐ目の前に広がっていた光景は――大量の死体の山だった。恐らく、これは戦闘の跡。私と同じ考えに至った先駆者が物資を求めて、ゾンビを撃退したものだろう。どの死体も頭部が損傷している。

 しかし、よくこれだけの数を相手にできたな。足場が困るくらい、軽く数十体はいる。もしも、この中にまだ動けるゾンビがいたら……他の死体と見分けられる自信がない。例えるなら、〝ゾンビ地雷原〟ってところか。厄介な地帯を作ってくれたもんだ。なるべく近付かないように、壁に沿って移動する。幸い、全員の息は絶えていたようで、再び動き出す者はいなかった。

 地雷原を抜けると、いくつかの分かれ道があった。どこがどこに繋がっているかまったく分からない。勘で進むしかない。


「……こっちにするか」


 何となく、直感を信じ、左の通路を進むことにした。

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