第11話 トマトは偉大なり

 通路の中は更に漆黒の闇で覆われており、ライトがないと十メートル先も見えない。こんな場所で襲われたら、ひとたまりもない。ゾンビが現れないことを祈りながら、歩みを進める。

 今、私が通っているのは……スーパー内の従業員用の通路。所謂「裏方バックヤード」というやつだ。実は高校時代、こことは違うけど、デパートでバイトをしていた時期がある。つまり、この手の職場には私も内情にはちょっとだけ詳しい。いや、まあ本当にちょっとだけね。何しろ、三か月で辞めちゃったから。


 その経験談から言うなら、商品棚に陳列しているものが全ての商品ってわけじゃない。スーパーには……必ず、段ボールに詰められた配送直後の商品を保管している場所があるはず。私の場合は小さな倉庫だったけど、この「ショウビー」にもそれに近い場所があると思う。

 でも、あんまり期待はしない方がいい。三か月で辞めた私ですら思いつくってことはそこも既に荒らされている可能性が高い。あくまで確認ということを肝に銘じておかないと……また、落ち込むことになる。とりあえず、裏口から階段を降りて、一階を目指そう。


「……ッ」


 曲がり角に差し掛かったところで、足が止まる。あーあ、やっぱり……安全な場所ってわけでもないか。

 そこには床にべったりと、血溜まりの痕があった。とっくに血は鮮やかな赤から黒に変化し、凝固していることから、年単位の時間が経過していることは間違いない。でも……ここにも確実に、ゾンビがいた。まったく、少しはゾンビがいない安全な場所ってのはこの世にないのか。

 一階へ降りる階段すぐに見つかった。そこから更に道なりに進んで、保管場所を探す。まだ、ゾンビの姿はない。


「……あった」


 そして、発見した。その空間は前方はシャッターで閉鎖されていることから、外と直接繋がっている商品の搬入口に近い場所だったんだろう。周囲には空の段ボールが大量に散乱していることから、ここで間違いない。

 ざっと見た限り、大方は既に奪い去られた後だけど、喫茶店のようにいくつかの品物が転がっているのが確認できる。探してみる価値は……ありそうだ。宝探しに挑む子どものような気分で、私は残飯漁りを開始した。


 *


「ふぅ。これで、一通りは終わったかな」


 ほぼ空の段ボールだったということもあり、一時間程度で探索は終了した。成果は――上々、といったところだ。集めた物資を目の前に並べ、悦に入る。

 入手できたのは以下の四点。コリアンダー、片栗粉、トマト缶数個、そしてリストには入ってなかったけど、中濃ソース……いいや、上々どころか、かなりよくない? ここまで理想の品物が残っているとは思わなかった。

 特に、コリアンダーとトマト缶が手に入ったのは大きい。カレーの香りを増大させるにはコリアンダーは不可欠。更に、トマトの酸味も相性抜群。そして、この中濃ソース。リストには入れなかったけど、これもカレーに投入するには悪くない。ソースってのは野菜、果物、スパイスが大量に詰め込まれた総合調味料だもん。相性が悪いわけがない。隠し味として充分に仕事をしてくれる。かなり完成に近づいてきた。

 さて、貰えるもんは貰ったし、さっさと撤収するか。ライトで周囲を照らしながら、出口を求めて、ホクホクの気分で私は「ショウビー」を後にした。


 *


 時刻は午後一時を回った辺り、ちょうど、お昼の時間だ。少し繁華街から離れたビルの一室で、私は〝下〟を見降ろしていた。


「……やっぱり、増えてるな」


 視線の先には……二体のゾンビ。そして、更にその三十メートルほど前方には五体もいる。更に更に、道路には何体かのゾンビが徘徊している姿もある。ざっと、数えられる範囲でも二十体はいるか。まあ、予想はしていた。人口密集地に近付けば近付くほど、ゾンビの数も増すということは。ここから先、ゾンビは無視だな。一体を処理する間に、別方向からもう一体か二体増えることになって、キリがない。クロスボウは強力な武器だけど、一度使ったら、なるべく矢は回収したい。つまり、殲滅必須。安全を確保する必要がある。便利だけどこういう集団戦には向かないな。

 なんてことを考えながら、昼食の準備を進める。死体やゴキブリを間近で見たあとでも、やはりお腹は空く。朝から重労働を済ませたから、余計にぺこぺこだ。ここまで運動したのは実に久しぶりだ。できるだけ、エネルギーを補給できるメニューにしたい。


「ん~……」


 リュックからいくつか缶詰を取り出し、吟味する。昼食は……これでいいか。乾パンとコンビーフ、そして先程入手したトマト缶を取り出す。キャンプ用の折り畳み式コンロを組み立てて、鍋にも使える小型フライパンをセットしたら準備完了だ。

 まず、コンビーフに塩を加えて炒める。ある程度ほぐれたら、トマト缶を投入。ここで、少し煮詰める。味見をしながら、トマトの酸味が少しなくなるまで煮る。で、ちょうどいい頃合いになったら、中濃ソースをかける。これで、簡易的なデミグラスソースを作る。さっそく、中濃ソースが役に立ったな。さて、味は……うん、何かちょっと足りないな。他に、使える調味料を持ってきてたっけ……あ、そうだ。コンソメが一欠片あったはず。リュックの中からコンソメを取り出し、フライパンに投入する。さて、これでどうだろう……うん、おいしい。

 これで完成。名付けて、乾パンバーガー。このソースに乾パンを浸して食べる。おぉ……本物には程遠いけど、どこかハンバーガーを思い出す味がする。これは中々美味だ。


「……うっま」


 自分で言うのもなんだけど、かなりの力作。まったく、外はゾンビで溢れているというのに、こんなにうまいものを食べていいのだろうかと、自問するほどだ。ただ、欠点を上げるなら、これが乾パンではなく、普通のパンだったら……完璧だった。

 そして、コンビーフだけではなく、タマネギもほしい。そうしたら肉の旨味とタマネギの甘味の相乗効果で、更に一段上の味になったけど……贅沢は言えない。

 最後はソースを全て飲み干して、完食。はぁ、おいしかった。

 やっぱり、トマト缶がMVPだな。トマトって野菜は本当に何にでも使える。ケチャップの汎用性を考えると、当然の話ではあるんだけど、改めてその偉大さが身に染みて分かってしまった。このトマト缶を使ったカレーなんて……もう、最高の味だろうな、うん。

 満腹になったにもかかわらず、カレーの味を思い出すと、空腹の感覚を覚える。思わずボトルを取り出し、水で腹を満たす。よし、エネルギー補給完了。次の目的地「クローバー」を目指して、出発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る