ヴァンパイアを絆す魔法
さとうきび
赤眼の彼女I
私はよく同じ様な夢を見る。
それはいつも小綺麗で温かみがありながら年季の入った部屋だった。
中央の大きな木製のテーブルにはなんだか難しいレポートと分厚い本、大小のフラスコと所々錆びついた実験器具達が散乱している。
テーブルの脇には円柱型の、これまた随分古いストーブがあって、側面から突き出たダクトが天井に突き刺さっている。ストーブの上ではいつも小鍋がコトコト言っていた。
窓は結露で曇っていて朝日が差し込んでいる。屋根から垂れた水滴がキラキラ光っていて、雪が積もった静かな街みたいだ。
部屋には大きな本棚が2つあって、背丈の低いのが3つくらいあった気がする。その一つは窓枠とちょうど同じくらいの高さだった。
そしていつも、その本棚に頬杖をついて外を眺める女性がいる。
彼女は私に気づいて振り返る。
「やあ、いらっしゃい、ウルカ」
彼女は優しく微笑んで言った。
ウルカは私の名前。
「—お邪魔します、リーさん」
彼女はリーさんという。
何回も夢の中で会っているから覚えてしまった。
彼女の容姿は何故だか、本当に私によく似ていた。
私より背が高くて少し大人っぽいけれど、顔は瓜二つと言っていい。
私と同じ亜麻色の髪。セミロングな私よりも長いけれど同じワンサイドアップに結っている。私は左に結っているけど彼女は右なので、向き合うとちょうど鏡合わせみたいになる。
「適当に座って。いつものでいいかな?」
リーさんはそう言って立ち上がって…
§
『ジリリリリリリッ!!!』
けたたましい目覚まし時計の音が部屋と私の頭の中に響く。
朝の心地よい睡眠を邪魔した不快なそれは、私が大げさに振り下ろした手に頭をひっぱたかれてようやく黙った。
寝返りを打ってもう一眠りと洒落込もうとするも、頭上のカーテンの隙間から差し込む鋭い朝日が目にかかる。
「くぅあああああ!!」と叫びながら体を伸ばして起き上がり、ベッドから腰を上げた。
6時半過ぎを指した目覚まし時計を片目に、部屋のカーテンをザッと除けて窓を開ける。
霞んだような薄い雲の奥には青空が広がっている。
朝から元気な小鳥のさえずり、かすかに聞こえる波の音。
「よしっ!」
わざとらしく口にした私は自室の扉を開け放った。
今日はいい日だ、多分!
§
私の名前はウルカ・グーテンベルク。
どこにでもいる普通の少女—とは少し違う。
私は魔女に弟子として仕える、いわば見習い魔女だ。
今はまだ魔術士資格もないけれど、いつか先生の様な立派な魔女になるべく日々魔術の勉強に励んでいる。
その先生は昨夜から仕事で外出中。できる魔女は忙しいのだ。
いつもの様に寝巻きから正装の藍色のローブに着替えて、顔を洗って、髪を結んで、準備完了!
ああそうだ、今日は朝食の用意はしなくていいと言われていた。
とりあえずやることは済ませたので、昨日仕込んで放置していた試料の経過観察をノートに書きながら時間を潰す。
そうしていると壁掛け時計は8時を過ぎていた。テーブルの書き置きには、7時には帰ると書いてあったのでえらい遅刻である。こうなってくるとお腹も減るし俄然心配になってもくる。
私と先生はこの自宅兼魔道具店を二人で切り盛りしている。表向きの仕事はこれなのだが、表向きと言った以上裏向きの仕事もある。
説明すると少々面倒くさいので省くが、先生のような魔女が駆り出される仕事は、なんというか、大抵穏便なことではない。
当然のように命のやり取りがあるような危険な仕事なのだ。
先生はそもそも時間に疎い所があるが、こうも帰りが遅いと少々心配になってしまうものである。私が心配性なだけかもしれないけど。
壁掛時計を椅子に座ってぼんやり眺めていると、『カランコロン』と店の玄関の方から音がした。開店にはまだ早い。
一応見に行こうと椅子から立ち上がると、先に居間の扉が開いた。
「遅くなって悪い。今帰ったよ」
そこに居たのはやはり先生だった。
エルマ・グーテンベルク。私の先生にしてこの国最強と名高い大魔女だ。
なのだが、見た目はかなーり普通。いやまぁ全体的に美人?というか可愛い系だけど割とどこでもいそうな感じ(言ったら絶対怒られるけど)。普通の身長、普通の体型、顔は可愛いけどちょっと幼い感じ。ブラウンのロングヘアはいつもシンプルな二つ結びで垂らしている。胸なんか私と同じでぺったんこだ。
先生の仕事仲間が田舎娘なんて言ってるのをこっそり聞いたことがあるが、まさにそんな感じ。
「もう、ほんとうですよ。お腹すいたので早く朝ごはんを…」
そう言いかけて私の目は先生のちいさな肩に担ぐ不釣り合いなほど大きな麻袋に張り付いた。
まるで人間一人入っていそうな大きさだ。よく見ると微かに動いているような…
「—ずいぶん大きなお土産みたいですけど、それ…」
荷物を指さしながら恐る恐る聞いてみる。
「ふふん、絶対に驚くものだよ」
先生は袋を床に置くと得意げな顔でわざとらしく手招きした。全くいい予感がしない。
袋は長さ2mくらいでやっぱりモゾモゾ動いている。
「—これ、絶対中身、人、ですよね?」
「いやはや、勘が鋭いね。でも残念不正解だ」
そう言って先生は、袋の口を解いてぐいっと押し下げる。
そうして中から顔を出したのは、少女だった。
床に広がった絹のように美しい青みがかった銀の長髪。布を噛まされていても分かる整った顔立ち。私をジッと見つめる真紅の瞳。
まるで絵本の中から飛びしてきたかのような、とんでもなく可愛らしい少女がそこにいた。
いやほんと可愛い…けど、顔や髪の毛の至る所に残る血の痕跡。そして顔を顰めたくなる血生臭い匂い。いったいどうやってこんな…
「はい!彼女が今日のお土産です!どう?びっくりした?」
——先生という人は…
「どう?じゃないですよ!!!やっぱり人じゃないですか!こんな…拉致は犯罪なんですよ、先生!」
「いやいやいや!拉致じゃないから!合意の上だから!ね!?」
先生はあたふたしながら肩から上しか見えない拘束された彼女に助けを請うが…
彼女は私を訝しむように見つめたまま、ぶんぶん首を横に振った。
「——らしいですけど」
「ちょ!おい!」
「先生、諦めてください。心苦しいですが、帝国騎士団に連絡します。こんな犯罪者を野放しにはできませんから」
「とりあえず話を聞けぇええ!!」
「はぁ、冗談ですよ。先生のことだから何か事情があってのことなのでしょう?洗いざらい説明をお願いしたいところです。とりあえず、その…かわいそうなので拘束を解いた方が…」
「——いや。それはちょっと待ってくれ」
先生は少し真剣そうな顔をすると、袋の彼女の元にしゃがみ込んだ。
彼女は怯えたように目をぎゅっと瞑る。
「——大丈夫。口を開けて」
先生は噛ませていた布の結び目を解いて取り上げる。
その瞬間、彼女の口の中に見えた。異常に長く発達した犬歯。
「その歯は…」
普通の人間にそんな物は生えない。そう、人間には。
「最初に言ったでしょう。この娘は人間じゃない。吸血鬼、なんだ」
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