48 三回目のマティーニ

 亜矢子さんの店で迎えた、三回目の僕のバースデー。今度は何と、亜矢子さんが僕にプレゼントをくれた。


「いつもお世話になっているお礼です。久しぶりだったので、形は不格好ですが」


 それは、チョコレートでネコの耳をかたどり、チョコペンで顔が描かれた、手作りのカップケーキだった。二つあった。僕と七瀬が食べる用だろう。


「亜矢子さん、ありがとうございます!」


 僕はまず、ボトルを背景にカップケーキの写真を撮った。


「食べるの勿体ないですね」

「ふふっ、中にもたっぷりチョコレートが入っていますので」


 他にお客さんは居なかった。僕と七瀬だけだ。七瀬はタバコをくゆらせ、僕の頭を撫でた。


「葵も二十二歳か。まだ未成年に見えるけどな」

「もう、僕だって多少は成長したよ?」


 しかしながら、元々の顔立ちは二年やそこらで変わるものではない。タバコをコンビニで買うときも、たまに年齢確認されるので、保険証は手放せずにいた。税務署に配属されてから、なめられないといいけど。亜矢子さんが語りかけてきた。


「懐かしいですね。あの日、葵さんの保険証を確認したとき」

「お祝いの言葉、嬉しかったです」

「わたしも嬉しかったです。ショットバー童貞頂けましたから」


 亜矢子さんの口から、童貞という単語が出たことに驚きながらも、僕は返した。


「はい。亜矢子さんに奪われました」

「そういうお返しができるほど、葵さんは成長されましたね?」


 憧れだった場所は、もはや生活の一部になっていた。僕の運命が変わった場所。そして、安らげる場所。どんなに住むところが遠くなったとしても、僕はこの店に足を運ぶだろう。七瀬が言った。


「せっかくだから、何か新しいウイスキー飲むか?」

「ううん、今日はあれがいい。ドライ・マティーニ」

「ああ、そうだったな」


 特別なお酒だからという理由もあったが、今夜の僕は酔っておきたい気分だった。亜矢子さんは滑らかな手つきで材料をステアした。オリーブを噛み、浸す。また噛む。乱暴なキスをするかのように、僕はこのお酒を楽しんだ。

 そして、タバコに火をつけた。もうすっかり慣れ親しんだ香りが僕にまとわりついた。七瀬も吸い出して言った。


「来年も、またここで葵の誕生日を祝いたいな」

「うん。そうしよう。七瀬が浮気しなきゃの話だけどね」

「葵だって浮気するなよ?」

「しないってば」


 椿とはセックスできた僕だが、もう心は揺らがないし、かといって他の男性に惹かれることも無かった。僕の性嗜好はハッキリ言って自分でもよくわからない。まだ揺れ動く時期なのだろうか。しかし、確実に言えることは、今は七瀬しか対象にできないということだ。

 七瀬の部屋に帰り、僕はまずトイレに行った。その間に、彼はプレゼントを準備してくれていた。


「はい。これ今年の。ジューサー」

「ありがとう! これ欲しかったんだよね!」


 実は、予めリクエストしていた。朝食に新鮮なジュースがあれば、よりビタミンを補給できると思ったのである。そして、僕の部屋には既に牛乳とバナナがあった。明日の朝はバナナミルクにして飲む気満々だ。ベッドに移動し、七瀬が言った。


「ハッピー・バースデー、葵。今夜もお願い何でも聞いてやる」

「……じゃあ、僕を抱いて? 準備はできてる」


 七瀬は大きく目を見開いた。そして、くしゃくしゃと僕の髪を撫でた。


「可愛いこと言うなぁ」

「七瀬に内緒で慣らすの大変だったんだからね?」


 七瀬の誕生日の日から、僕はこそこそと調べ、この日のために丹念に用意してきた。多少の恐怖心はあるが、相手は七瀬だ。新しい快感に身を委ねることができるだろう。


「本当に葵は素直だな」

「優しくしてね?」


 僕は七瀬にされるがままになった。丁寧に攻められると、こわいという気持ちもどんどん快楽に変わっていった。僕は四つん這いになり、彼を受け入れた。


「……おい。おい、葵。大丈夫か」

「あっ……」


 意識を飛ばしていたようだ。僕はうつ伏せのまま、七瀬を見上げた。


「心配したぞ。痛くないか?」

「ううん。すっごく気持ち良かった」

「そっか」


 背中から七瀬が覆いかぶさってきた。彼の胸が当たり、僕はまた高ぶってきてしまった。


「ねえ、七瀬、もっかい……」

「ええ? あまり無理すんなよ」

「無理なんかしてない。欲しいの」


 七瀬は僕の欲望を果たさせてくれた。自分でも驚きだ。こんなに病みつきになるなんて。二回目を終えた僕たちは、ベランダでタバコを吸った。


「今日の葵、すっげー可愛かった。録画しときたかったくらい」

「僕は別にいいんだよ? 今度はカメラ回しとく?」

「ははっ、それもアリかもな」


 いつか本当にそんな日が来るかもしれない。僕は七瀬となら何だってできる気がした。今夜のタバコは格別に美味しかった。

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