47 誓い

 旅行から帰ってきて一週間が経った頃。僕と七瀬は亜矢子さんの店に行った。


「亜矢子さん、七瀬と旅行したんです。これ、お土産です」

「まあ、ありがとうございます!」


 僕は羽二重餅を差し出した。亜矢子さんの分も買っておいたのだ。


「福井ですか。いいですね。わたしは旅行なんてもう何年も行っていないです」

「お店、大変そうですもんね」


 ビールを注文して少しすると、初音さんと大和さんが現れた。初音さんは元の銀髪に戻っていた。


「やっほー! いいタイミングで会えたね」


 初音さんがそう言うので、僕が首を傾げると、彼女はこう言った。


「ボクたち、日本を離れるんだ。大和の仕事の関係でね。カナダに住むことになったの」


 亜矢子さんが言った。


「そうでしたか。寂しくなりますね」

「ボクも亜矢子ちゃんに会えなくなるのは寂しいよ。でも、向こうの家とかも決めちゃった。日本に帰ってきたら、絶対ここ来るからね? 店開けといてよ?」

「はい。事前に連絡して頂けると助かります」


 僕も口を挟んだ。


「僕にも連絡してください。あと、椿にも。彼女、とっても寂しがるでしょうから」

「もちろん! そのときはまた、みんなで飲もうよ」


 亜矢子さんが、包装紙を開けながら言った。


「せっかくなので、みなさんでご馳走になりましょうか。これ、七瀬さんと葵さんからのお土産なんです」


 大和さんがカウンターに身を乗り出して言った。


「おっ、旅行か。いいね」


 それから僕と七瀬は、旅行の話をした。貸切風呂に入ったことも。初音さんが羽二重餅を食べながらカラカラと笑った。


「本当に二人って仲良いね。君たちもカナダに来れば? 同性婚できるよ?」


 七瀬が頭をかいて言った。


「まあ、こっちでの仕事があるんで。現実的じゃないっすね」

「まあ、方法の一つとしてさ。考えるのもアリだと思うよ」


 日本でも同性婚ができるといいのに。実際にその運動が起こっているとニュースサイトで読んだ。僕と七瀬は、結局は不安定な関係だ。初音さんと大和さんのように、法で保証されたものではない。大和さんが言った。


「こら、初音。それぞれの事情があるんだ。あまり首突っ込むな」

「はぁい」


 四人分のお酒ができて、僕たちは乾杯した。初音さんと大和さんと離れてしまうことは寂しいが、僕だってどこに配属になるかわからない。もしかすると、引っ越さなきゃいけないかもしれない。卒業までに、亜矢子さんの店には通い詰めよう。僕はそう決めた。

 今夜は七瀬の部屋に帰り、まずはベッドでまったりとしていた。二人ともそんなに酔いが回っていなかったので、僕が後ろから抱き締められる恰好で、真面目な話をした。


「なあ、葵。俺が休職してたって言ったろ」

「うん……」

「葵も、ヤバくなったら、いよいよダメになる前に俺に言えよ。俺も、葵にはそうする」

「頼ってくれるの?」

「もちろん。戸籍とかで結びついたわけじゃないけど、葵とはそういう関係を築いていきたいから」


 僕は体勢を変え、七瀬と寝転がったまま見つめ合った。彼はまた、言葉を紡いだ。


「俺は葵に看取られるか、看取るかしたい。一生一緒に居たい」

「死が二人をわかつまで……?」

「そう。誰に誓ったわけじゃないけどな」

「じゃあ、互いに誓おう」


 ほんのりと優しいキスをした。それが証だった。思えば、僕は年上の七瀬に頼ってばかりだ。まだ仕事もしていないし、人生経験というものがない。そんな僕を頼ってくれるというのだ。これ以上幸せなことがあるだろうか。

 僕は高校時代のことを思い返した。あの頃は、消えることばかり考えていた。結局、その勇気がなくてずるずると生きてしまったわけだけど、臆病で良かったと思う。運命は、きちんと出会うべき相手を用意してくれていた。


「ねえ、七瀬。僕、生きてて良かった」

「そうだな。けど、生きていくのは苦しいことでもある。男同士で付き合うっていうのはそういうことだ。葵も、社会に出ればもっと辛くなると思う」

「まだ、想像もできないけど……僕は僕なりに戦っていきたい。七瀬のこと、離したくないから」


 こうして巡り合えたんだ。もう僕は一人じゃない。高校のときの僕じゃない。だから、抗おう。強くなろう。幸い、僕たちを応援してくれている人たちは沢山いる。あれだけ仲間が居れば、どんな困難も乗り越えられるだろう。


「葵。愛してる」

「僕も愛してる、七瀬」


 それ以上言葉は要らなかった。僕は七瀬の服の中に手を入れた。もう彼の敏感なところはわかっていた。けれど、そこをすぐに触れない方が悦ぶということも。長い間、愛撫は続いた。


「葵っ……!」

「欲しいの?」


 七瀬はゆっくりと頷いた。僕は口角を吊り上げた。


「ダメ。ちゃんと言って」

「葵の、欲しい」


 満足した僕は、七瀬を全身で愛した。

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