35 友達
日中は、自習室で過ごしていた。ここに来るメンバーも固定されてきて、僕は雅司や椿以外の人とも情報を交換した。僕が苦手なのは経済原論だ。問題集を繰り返し解いていたが、同じところでつまづく。講師とのミーティングもあったので、個人的に教えてもらうこともした。
喫煙所で、雅司と椿と一緒に煙を吐いていた。雅司が言った。
「七瀬さんとはまだ距離置いとんのかいな」
「うん。全然連絡こない」
「まあ、まだ二ヶ月くらいやったっけ?」
「そう。でも長く感じる」
夜の寂しさを紛らせるため、僕は亜矢子さんの店以外のショットバーにどんどん足を向けていた。未婚の人。既婚の人。離婚した人。色んな人がいた。それで、男性と付き合っているということが、世間ではいかに特殊なのかということも思い知った。知り合った人たちはみんな、僕にいいお嫁さんが来てくれるように願ってくれた。
「いつもありがとう、雅司、椿」
「いきなりどうしたの? アオちゃん」
椿は首を傾げた。
「二人とも、僕が男と付き合ってるって知っても、態度変えないだろ。それが嬉しい」
「当たり前やん。好きになってしもたんはしょうがないやろ? 男も女も関係あらへん」
「本当に……ありがとう」
二人にお礼をするのなら、やはり料理だろう。しかし、今はする気が起きなかった。なので言った。
「今日は雅司の家行こうよ。コンビニでつまみとか買ってさ」
「まあ、たまにはええか。散らかっとうけどな」
雅司の家の散らかり様は、僕の想像を超えていた。
「ちょっと雅司。カップラーメンの汁入ったままなんだけど!?」
「ああそれ? そのうちほかそうと思っててん」
「ごめん、あたし下着干しっぱなしだったわ」
「椿まで……」
とても飲み会ができる状況ではない。しかし、ゴミ袋が尽きていたらしい。仕方が無いので、もう一度コンビニに行き、ゴミ袋を買った後、家主そっちのけで僕は掃除を始めた。
「アオちゃんはほんまに綺麗好きやなぁ」
「雅司と椿の感覚がおかしいんだよ!」
目立つゴミを袋に放り込んだ後、僕は掃除機をかけた。ベッドの横をしようとしたら、何かが引っ掛かって物凄い音を立てた。
「もう、何!?」
使用済みのコンドームだった。僕はそれをつまんでしまってから後悔した。
「二人とも、こんな部屋でよくできるよね!?」
「アオちゃんこわーい」
椿が呑気な声を出した。全てを終わらせた後、僕は丹念に手を洗った。疲れた。
「おおっ! 久しぶりに床見たわ! ありがとうなアオちゃん!」
「どういたしまして。とりあえず酒飲もう酒」
僕たちは床に座り、缶ビールを開けた。一月だというのに暑かった。僕は一気に半分くらい飲んだ。ローテーブルの上に、イカの一夜干しやキムチを並べた。最近気付いたのだが、コンビニのつまみも美味い。よくできている。椿が言った。
「これも美味しいけど、やっぱりアオちゃんのご飯食べたいなぁ」
「ありがとう。そう言ってもらえるのは嬉しいよ」
「あたし、アオちゃんと友達になれて良かった。公務員試験のことも、アオちゃんが居なかったら考えてなかったと思う」
僕は彼らとの初対面を思い返した。派手な様相の二人組が、いきなりノートをコピーさせてくれと頼み込んできたのである。僕はこわくて断ることができなかった。
「初めは雅司と椿のこと、びびってたけどね」
「おれ、そんなにこわかったか?」
「うん。関西弁の人に慣れてなかったし。そもそも、何で雅司と椿は一緒に居たの?」
雅司はポリポリと頬をかいた。
「語学の授業で一緒やってん。美人な子おるやん! っておれから声かけた」
「あたし、女より男とつるむ方が楽だからさ。それで一緒に行動するようになったの」
重ねて聞いた。
「僕に声をかけたのは何で?」
「いつも一番前の席におったやろ? 真面目そうやん絶対いけるわ! って思って」
「ああ……そうだったんだ」
友達の居なかった僕は、寝ないように、そうしていただけだったのだが。
「まあ、きっかけはともかく、二人が友達になってくれて良かった」
椿は僕と雅司の手を握って言った。
「卒業しても、就職しても、ずっと友達だよ?」
「うん」
「わかっとう」
僕は雅司とも手を握った。三人でそうして輪になっていると、途端におかしくなってきた。僕たちは声をあげて笑った。酔いの勢いもあったかもしれない。とうとう、もみくちゃになって抱き合った。椿が言った。
「ねえ、このまま三人でする?」
「僕は嫌だよ。浮気はしないって七瀬と約束した」
「バレんかったらええやん」
「だーめ」
僕は二人を押しのけた。彼らはブーブー文句を垂れていたが、無視した。それから、三人でベランダに出てタバコを吸った。僕は言った。
「試験、絶対合格しような」
「おう。おれ、もっと勉強頑張るわ」
「あたしも。でも、こんな風に息抜きしながらしようね?」
高校のときの僕は、こんな大学生活を送れるだなんて思ってもいなかった。一緒に努力できる仲間がいることが、こんなに心強いなんて。七瀬のことは気がかりだが、僕は今、幸せだった。
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