浮気された僕はヤンデレ幼馴染の愛に溺れたい〜共依存で堕ちた僕らはとっくに手遅れです〜

まちかぜ レオン

文化祭編

第1話 浮気の発覚

「別れましょう、私たち」


 切り出したのは、さきの方だった。


「どうして急に」

「私にとっては急じゃないわ」


 文化祭を一週間後に控えた平日。


 放課後、咲から話があると聞いていた。集合場所は、体育館裏。


 こちらのアプローチをし、付き合い始めてから三ヶ月が経つ。


 勝気な性格がそのまま現れたようなはっきりとした顔立ち。小柄で愛嬌がある姿や立ち振る舞いに惹かれたのだった。


 特段悪い関係ではなかったはずだ。月並みのカップル同様に、よい時間を過ごしていたはずだった。


 正直、まだ飲み込めていない。


「念のため聞くが、文化祭はいいのか」

「ダンスのジンクスでしょう? 別れたい人と踊っても無駄。だから、本当に好きな人と踊るの」

「本当に好きな人?」


 軽く笑ってから、咲は高笑いをした。


「呑気な人。純粋で実直、だから出し抜かれるのよ、長井ながい正俊まさとしくん?」


 スマホを突きつけられた。


 画面には、同級生らしき男の画像があった。何枚かスクロールするのを見て、鈍い俺でも察した。


「あなたは三番目だった。私の男のなかでね」

「浮気していたんだな」

「そうそう」


 軽く返された。罪悪感のかけらもないといわんばかりである。


「素朴な疑問なんだが、一番目がいるのに、どうして告白を受けたんだ?」

「断る理由がないもん。長井くんは顔が整ってるし、穏やかだし、気立てもいい。全然悪くないよね」

「そういうことじゃない。何股もかける心理が、俺にはわからないんだ」


 初めは怒りに支配されていた。が、いまでは呆れの割合が高まっている。


 最初から一番目でもないのに、その気にさせる振る舞いをしていた。悪びれもせず、浮気をした。しまいには、最悪のタイミングで別れを切り出してきた。


 理解できない。木崎きさきさきを突き動かした心理の一端をうかがいたいというものだった。


「いろんな男の人に大事にされるって、とっても素晴らしいことだと思うの。せっかくモテるんだもん、ひとりの本命だけで終わらせちゃもったいないよ」

「要するに、愛される人数が多ければ多いほどいい――そんな信念を抱いてたんだ」

「ええ。素晴らしいことだと思わない?」


 嘲笑うしかなかった。


 化けの皮を一枚剥いたら、恐ろしい魔物が潜んでいた。魔物に対して、同情の余地はない。


「いままでうまくやれていたのが不思議になるよ」

「これからも、機会があれば同じ関係でもいいのよ? いまは都合が悪いだけで、またよりを戻そうと思えばいつでも――」

「いい加減にしてくれ」


 きっぱりいい切った。我慢にも限度がある。


 さすがの咲も表情が固まった。


 腹の虫がおさまる気配はない。怒りが、呆れの割合を超えた。


「君とは付き合いきれない。こちらから願い下げだよ。目指す方向が違いすぎる」

「……わかったわ。念を押しておくけれど、別に長井くんのことが嫌いになったわけじゃないの。デートも楽しかった。いままでありがとう」


 なにが「ありがとう」だ。


 いまの咲に必要なのは、感謝の言葉なんかじゃない。

 

 ただ、他の言葉を求めるにも、あれではダメだ。ダメなのだ。救いようのない哲学に支配された咲は、もう手遅れなのだから。


「こちらこそ。貴重な時間を、君の浮気という有意義な行為に投じることができたんだからね」

「素直じゃないね」

「……絶対いいふらしてやる。あんたが最低な人間だということを」

「無駄な足掻きね。人脈、広い方なの。情報操作はお手のものよ? これまでいろんな男の人と同時に付き合って後腐れしてないのにも、れっきとした理由があるの。下手な真似はしないことね」

「くっ」


 あいつに仕返しができるかと踏んでいた俺がバカだった。


 迎える結末はたったひとつ、泣き寝入りである。


「そういうわけで、あたしは本命の子と会いにいく約束があるから。じゃあね」


 バイバイ、と笑顔で手を振って消えていった。振り返す優しさなんて持ち合わせていなかった。


「なんなんだよ、俺がバカだっただけかよ」


 また新しい恋でも探せばいいんだろう。


 そんな気持ちにはさらさらなれそうにない。


 本性を知るまでの木崎咲のことを、俺はたしかに愛していたのだ。ゆえに、現状はどうも受け入れがたい。


 俺は、ひとりの女性に裏切られた――。


 裏切られたのだ。


「やっぱり、前と同じじゃないか」


 高校に入るまで、裏切られてきた人生だった。


 トラブルの濡れ衣を着せられ、冤罪で怒られたこともしばしばあった。いいと思っていた人が、ことごとく問題を起こして自分の元を離れていった。


 自分が信頼を置いた人間は、ことごとく離れていく。結局は、善人のように振る舞う悪人ばかりなのだ。


 高校に入ってから、ようやく信頼できる人に出会えたと思った。


 また、裏切られたのだ。


「どうにもならないな、俺の人生って」


 空を仰いだ。


 雲ばかりに覆われていて、空色は良好とはいえない。


 目元がだんだんと熱くなる。視界がぼやけてきた。


「いっけね、泣いてどうするんだよ」


 涙を拭っていると、ぽつりぽつりと降ってきた。


 一気に雨足が強まる。不幸にも、手元に傘はなかった。


 家までダッシュで帰ることにした。




【あとがき】    


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