第1話

 テンデゥス王国。

 世界を作ったとされる創造神アーレを崇めるブレノア教を国教と定め、世界最高峰の軍事力とそれを支える肥沃な大地と多くの資源を確保できる鉱山に、技術革新の進む世界最先端の工業地帯を持つ巨大な大国。

 

 そんな大国の王都であるライン。

 そこには世界に誇る軍事力、数多の騎士団の中でも精鋭中の精鋭である神殿騎士団が団員を育てるための学園である王立国教騎士学園があった。


「……地味に王都の大通りを歩くのは久しぶりかも」

 

 そんな王立国教騎士学園へと入学するため、僕は王都であるラインへと訪れていた。

 僕は少々特別な一族の生まれであり、表舞台ではなく裏の世界を生きる一族の人間。

 王都にはちょいちょい来ているが、今のように裏路地ではなく王都の中心部である数多の屋台が立ち並ぶ大通りを歩くことは珍しい。


「やすいよ、やすいよー!」


「串焼き一本今なら鉄貨三枚!」


「今日は特別な品が入荷しているよ!ぜひ見てっらっしゃい!」


「……うぅ」

 

 王都の中央通りの喧騒に包まれながら、僕は国立国教騎士学園に入学する前に受けなくてはならない入学試験を受けるため、学園の方に向かって僕は歩を進めていた。


 ちなみにであるが、僕の立場としては自分がかなり特殊な一族の生まれで一族の名をほとんどの人が知らず、また一族の知名度上げるわけにもいかないため、今回。

 僕は長い歴史を持つ裏の一族の人間と言いう立場ではなくスラム街の孤児という立場で学園へと入学することになっている。

 

 学園に受験する事になった経緯としては何故かスラムにやってきた神殿騎士団員に才能を見込まれ、王立国教騎士学園に推薦されたという流れだ。

 ……適当すぎないだろうか?

 まぁ、そんな適当な流れであったとしても試験は結果に関わらず受かることになっているので、問題もないのだろう。


「……面倒」

 

 自分の直属の上司であり、ブレノア教の頂点。

 教皇の位置に座る白髪の老人より僕は国立国教騎士学園で婚約者を作ってくるよう命令されたのだ。

 そのため、僕はこれより向かう寮制である国立国教騎士学園で彼女ができるまでの間、強制的に暮らさなくてはならないのだ。


「……って、あれ?」

 

 教皇より貰った地図を片手に王都内を歩いていた僕は足を止め、首をかしげる……今、僕はどこにいるのだろうか。

 地図を持っているはずなのにも関わらず僕は見事に迷った。

 完全に迷子になってしまった……言い訳をすると、決してこれは別に僕が方向音痴だとかアホの子だとか、そういうことではない。

 

 教皇が直々に書いた地図が雑なのがいけないのだ。

 地図なんて寸分の狂いもないように作るのが当たり前だろうに……それなのに教皇の書いた地図はざっくりとした適当な情報が乗せられているだけ。

 これでは迷子になって当然……こんなものを渡してきたのだから、ものすごくわかりやすいところにあって行けるような場所にあると思っていたというのに。

 僕を意図的に迷子に陥らせるなど……とてもじゃないが許せることではない。


「どーしよ」


 しばらく僕があてもなくぶらぶらと王都内を歩いていると男の怒号が耳に入る。


「んだと、ごらぁ!?」


「……むむぅ」


 恐らく。

 ここまで道に迷って彷徨い歩いてもなおつけないのだ……今日中に僕が学園の方につくのはまず無理であろう。

 王都内で仕事をすることのない僕は王都の地理に明るくないのだ。

 学園につくのは不可能で、特に僕は仕事を抱えていない暇な身。

 ちょっとだけ気になるし、見に行ってみるの一興なのかもしれない。

 

「っるせぇな!推薦状がなんだ!あぁ!?国立国教騎士学園ってのは歴史ある一族だけが入れんだよ!おめえさんのような平民が入れるなんて思うなよ!」

 

 男の怒号が響き渡っていたその場所。

 そこではガラの悪そうな男が少女に向かって怒鳴り散らかしていた……あれはアスラント伯爵家の次男の、サザンドラかな。

 サザンドラの周りにはその取り巻きたちが数多くおり、少女を取り囲んでいる。

 

「あの、すみません。お願いです。……通してください。わ、私は試験を受けないで帰るわけにもいかないんです。家族も、みんなも本当に嬉しそうに送り出してくれたんです」

 

 少女は弱々しい言葉ながらもはっきりと自分の意志を口に出す。

 だが、サザンドラがそれで納得するわけもない。

 さっきよりも強い言葉で罵り始める。

 

 まぁ、それも当然だろう。

 アストラント伯爵家はもともと選民思想が強い家だし。

 その家の子供であるサザンドラが強い選民思想を持っていても何も不思議なことじゃない。

 

「……ふむ」

 

 まぁ、別にアストラント伯爵家なんかには興味がない。

 其れよりも大事なのは彼らもまた僕と同じように学園の入学試験に向かうということである。


「彼らに教えてもらえれば学園にいけるんじゃないか?」

 

 彼らから場所を聞きたいが、サザンドラは僕に学園の場所を教えてくれたりはしないだろう。

 彼女をサザントラから助け、そのあとに教えてもらうか。

 

「やめて」

 

 僕は躊躇なくサザンドラたちと少女の彼女の間へと割って入り、

 

「ハァ?なんだ、おめぇ」


 いきなり現れた僕に少女はビクッと体を震わせ驚くが、そこはサザンドラ。

 彼は眉一つ動かさず僕をにらみつける。

 うん……やっぱり彼はそこそこ優秀だ。

 しっかりと遠目で僕が自分たちの様子を見ていたことにも気づいていたし、いつ介入してこられても大丈夫なように身構えていた。


「俺のこと知らねぇのか?お前、俺が誰かわかって言ってんのか?」

 

 サザンドラは背丈の低い僕を見下ろしながら口を開く。

 

「知らない」

 

 僕はスラムの孤児ということになっている。

 本当は知っているが、今の僕だとそう答えることしか出来ない。

 

「ちっ。知らねぇってことは平民か。いちいち平民なんかの行動に目くじらたてても仕方ねぇ。一回だけは見逃してやる。さっさとどけ」


「嫌」

 

 僕へと一定の優しさを見せたサザンドラの言葉を僕は切り捨てる。


「ハァ?」


「僕も国立国教騎士学園に受けるんだよ。だから」


「何がだからなのかはわからねぇが。おめぇも受けるのかよ。なら見逃すわけにはいかねぇなッ!おい!」


 サザンドラは僕の言葉を妨げて語気を荒らげる。


「ケケケ、おめぇら平民には無理だってこと。力づくでも教えてやるよ」


「ヒッ!」


 サザンドラは自身の魔力を高め、僕の後ろに立つ少女がか細い悲鳴を上げる。

 

「ごめんね」


 僕はそんなサザンドラの前で手を叩く。


「……ぁ」

 

 ただそれだけでサザンドラの瞳から光が抜け、高めていた魔力も霧散する。

 僕は手を叩くだけで魔法を発動し、サザンドラを洗脳したのだ。

 もちろん洗脳したのはサザンドラだけではない、その取り巻きもまとめて洗脳だ。


「『君は今日ここで誰にも会わなかった。時間が遅くなり、急いで試験会場に向かわなくてはならない。君たちはいつも通りだ』」


 洗脳されたサザンドラもその取り巻きたちも僕の言葉を正確に実行する。

 彼らはダラダラと雑談しながらどこかへと走り去っていく……なるほど。あっちの方向に学園があるのか。

 僕が向かっていた場所と正反対じゃんか。


「あ、あの……!」


「ん」


 僕は振り返り、少女の方に向く。


「あ、あの助けてく」


「学園まで案内してくれない?迷っちゃって」


「へ?」


「ん?」


 僕は呆然と変な声を出した少女を前に首を傾げた。


 

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