婚活に心を燃やす学園の劣等生はその実、裏の世界に名を轟かす世界最強です!~自分を落ちこぼれだと罵る血統主義の王侯貴族を蹂躙する一人の最強はナチュラルに表社会で無双する~

リヒト

第一章

プロローグ

 静寂に包まれるその一室。

 派手な装飾どころか照明すらもないその部屋を天空で輝く二つの月より注がれる月光が照明の代わりに照らしていた。

 

 そんな部屋に置かれているのは一つの小さな机と二脚の椅子。

 一脚の椅子にはゆったりとした服を着てあごひげを蓄えた老人が腰掛け、ワインを口にしていた。


「ごめん、遅れた」


 白髪の老人が腰を下ろす椅子の目の前に置かれていたその椅子……誰も座ってなどいなかったはずのそこにいつから居たのか。

 一人の少年が座っていた。

 

「フォフォフォ、構わんよ。仕事を頼んだのはわしじゃからのう」

 

 白髪の老人の手にあるワインレッドの液体は月光に照らされ、薄く光り輝く白銀の髪と鮮血のように赤い瞳を持った女神が舞い降りたと勘違いするほどのどこか現実離れした美しさを持っている小さな美少年を映している。

 

「ん」

 

 少年は机に置かれているワインが注がれたワイングラスを取り、口に含みながら白髪の老人の言葉に小さな言葉で頷く。

 

「それで?何のよう?」

 

 ワインによって淡く色づいた小さな唇より人の心に澄み渡るような美しき声が漏れ出す。

 

「なんじゃ。要件がないと呼んじゃいけないのか?」


「……僕だって暇じゃないんだけど。爺ちゃんだって教皇でしょ?暇じゃないんだからそんな無駄な事しないでよ」

 

 少年より教皇と呼ばれた白髪の老人は無表情のまま不満を口にする少年を見て苦笑を浮かべながら口を開く。

 

「仕方ないのぅ。本題に入るぞい」

 

「ん」

 

 教皇の言葉に少年は身を引き締める。

 

「お主。王立国教騎士学園に入学せんか?」

 

「は?」

 

 そして、その少年は身構えた体から力を抜き、意味がわからないと言わんばかりの疑問の声を小さく漏らす。

 

「……それは学園に背教行為をしている疑いのある奴がいるということ?」

 

 そして、その困惑から立ち直った少年は納得が言ったとばかりに頷く。

 

「いや、違う」

 

「……は?いや、なんで?」

 

 だがしかし。

 あっさりと少年の言葉を否定した白髪の老人に対して少年は再び疑問の声を上げる。

 

「お主。恋人はいるか?」

 

 そんな白髪の老人は困惑する自分の目の前にいる少年を置き去りにし、逆に少年へと疑問を問いかける。

 

「は?」


 怒涛の話題展開についていけない少年はただただ困惑に眉をひそめる。

 何言ってだ。この爺。とうとうボケたか?

 白髪の老人は目の前に座る少年の声なき声が聞こえたような気がした。

 

「お主の一族は建国のときから支えてくれた重要な一族だ。その血統の力は教皇であるわしの一族と並ぶ。だが、そんな一族もとある事件で今やお主一人じゃ」

 

 だが、それでも白髪の老人は言葉を続ける。

 

「正確には違うけどまぁそうだね」

 

 話の内容。

 普段、教皇の口から出てくることのない少年にとっても関係の深いとある事件について白髪の老人が言及したことを受け、まじめな話であると理解した少年は困惑しながらも身を引き締めて向き合う。

 

「故に恋人を作り、子供を作り一族を復興させなけばいけないのじゃ。100人くらいの女性を娶り何百人という子供を作れ、とわしからは言いたいものじゃ」

 

「もともと僕の一族そんな人いない。数人娶るだけでいいよ。それで?なんで学園に?普通にどっかから適当に持ってくれば」

 

 そんな白髪の老人の言葉を少年は一瞬で切り捨てる。

 

「いや、お主の職業を忘れたのか?お主の隣でまともにやっていける人間などお主に心底惚れ込んでいる女ではないといないと思うのじゃが」

 

「……確かに。いや、でも僕は女の人を惚れさせられるとは思わないよ?」

 

 少年は実に平然と情けないことを話す。

 

「いや、それじゃだめなのじゃよ。お主の一族は代々仕事先で女を口説き落として妻を娶ってきたのじゃから。コミュ力は仕事でもいるしのぅ」


「過去と今とでは状況も異なる。一族を再興させるのであれば一人じゃ足りない。数人はいるところ……端から君とは異なる女性とも子供を為すけどそれを許してね?というスタンスで近づいてそれを容認してくれる女性なんて僕のコミュ力を抜きにしてもいないでしょう。政略結婚ではなく口説き落とすのであればなおのこと」


 少年はそれでもなお食い下がってくる白髪の老人の言葉を一蹴に帰す。


「適当に子供を為せる母体を幾つか用意してくれれば子供は作れる。教育係はまだ残っているし、それで問題ないはず……たとえ奴隷制がなくとも女の一つや二つくらい用意できるでしょう?」


 世界宗教として君臨し、各国の政治にまで強い影響力を保持する教会の裏側に住まい、そこを知り尽くしている少年は教会が子供を産むための道具を用意出来ると確信していた。


「……お主の口から聞きたくなかったのぅ。そんな言葉。まだうら若き少年の口から出てくる言葉ではなかろうて」


「うら若き少年にやらせるべきでない残虐な仕事を割り振っているのは一体……?」


「それを言われると弱いのぅ」

 

 白髪の老人は少々棘のある少年の言葉に困ったような表情を浮かべながらも言葉を続ける。


「だが、お主がコミュ力を鍛える必要があるのは事実だろう。謀略や諜報などと言った職務も仕事の一つであり、それにコミュ力は必須と言える。婚約者探しとはいわばお主がコミュ力を鍛えるためにわしが用意した一つの目的だ。再度言うがお主の祖先もどんな不遇の時代であれ、代々女を口説き落とし、伴侶を見つけてきたのだ……わかるな?」


「……むむぅ、わかった」

 

 白髪の老人の言葉に少年は眉を顰めながらも渋々と言った様子で頷く。

 

「ご先祖さまもそうしてきたと言うなら僕も必要だろう」

 

 状況が違う。

 しかし、少年の先祖が口で伴侶を手にしてきたのは事実であり、そこに歴史があったのは事実だ。

 そして、少年も自らのコミュ力の向上はこなさなくてはならぬ課題の一つであると認識していた。

 不平不満はある……しかし、それでも少年は白髪の老人の言葉に頷いたのだった。

 

「うむ。あぁ……学園に入学するための試験などへの心配が要らぬ。すでにお主の席は空けといてある。問題なく学園へと入学する手筈を整えてだろう」

 

「わかった。それじゃあ僕はもう行くね……まだちょっとだけ仕事が残っているんだ」


「うむ。あい分かった」

 

 白髪の老人が自分の言葉に頷いたのを確認した少年はこの場から忽然とその姿を消す。


「ふぅー、これであの子の孤独も少し晴れると良いのだが……」

 

 自分誰もいなくなったただ月光に照らされるだけの質素で何もない小さな部屋で。

 白髪の老人は何も照らさず、水面が綺麗に揺らいでいるワインをそっと口に含むのであった。

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