第126話 月を見て、静かに詩を詠む神



 物言わぬ大前と共に、どことも分からない部屋で一人正座をして待つ善朗。




(一緒に来ていただいて宜しいですか?)

 赤門から現世に着くなり、突然現れたナナシにそう声を掛けられた善朗。




 その場に居た全員はナナシのその言動に何も言わずに神妙な顔になり、ただ二人の様子を伺っているだけだった。善朗は断る理由もなく、ナナシに言われるがまま、ナナシが出した光の柱の中に入り、何も知らない場所に連れてこられた。


 ナナシが善朗をつれてきたのは、明らかに霊界でもない、どこか見知らぬ場所。行き交う人々は奥ゆかしく、忙しくしている人もいない。善朗に興味を示す者は誰一人居らず・・・ただ、お互いの時間を尊重して、自分と関わらぬ者には関心も持たない。現世でよく見た光景だが、落ち着きのある人々だけが現世とは比べて、異質に感じた。


 視界に入る辺りの雰囲気は枯山水かれさんすいで彩られたびに重きを置かれた空間で、空は千切れた小さな雲が静かに漂う晴天。頬を撫ぜる風は花の香りを乗せた心地よい柔らかな風。


(・・・桃源郷?)

 善朗は視界に入るものや感じるモノから自分なりにこの見知らぬ場所が何処なのかを探っていく。しかし、この場所は中国の古代の雰囲気はまったくなく、日本の古い仏閣の町並みに似ていた。



「善朗君・・・ついてきてください。」

 善朗が立ち尽くしていると、それを見計らったようにナナシが善朗を先導する。



「あっ・・・はい・・・。」

 善朗はナナシに声を掛けられると、軽く会釈をして、粗相のないようにナナシの後をついていった。


 善朗はナナシに連れられて、見知らぬ場所を歩いていくが、どこに行こうとも、風景は多少変わるものの、全体的な雰囲気は変わらず、すれ違う人々も、中には人間ではないような人も混じってはいるが、総じて、他人への対応は変わらなかった。そんな代わり映えのしない風景を抜けていくと、善朗たちは一際大きな朱色の建物に行き着いた。


 そこまで来ると、ナナシがゆっくり振り返り、善朗に優しく微笑む。

「さぁ、ここに入りましょう。」

 ナナシは優しい口調で、善朗に向かう先を左手を前に流す形で指し示しながら、そう言って導いた。善朗は見知らぬ場所でナナシしか頼りになる者がいない中、そのナナシの指示に従う他ない。


 鳥居のような大きな朱色の門を潜ると、そこは一層白を貴重とした枯山水が広がり、建物も赤と白を貴重としたものになっていた。しばらくその中を歩くと、ナナシが靴を脱いで建物の中にはいっていく。余りにも開放感のある場所で、ナナシが靴を脱がなければ、そこが玄関だとは誰も思わないだろう。ナナシはその広い玄関の左の隅っこの方で丁寧に靴を脱いで、ヒノキの床へと上がる。善朗もナナシに習い、履いていた運動靴をその場で脱いで、ナナシの立派な革靴の隣にソッと置いて床に上がった。


(・・・なんてきれいなんだろう・・・それにいい木の香りがする。)

 善朗は床に上がるなり、その床の放つ光沢に目を奪われ、あたり一面を覆いつくす木材の淡く優しい包み込むようなヒノキの匂いに鼻をくすぐられる。


 それから善朗はその広い建物の中をナナシに連れられるまましばらく歩いて、一つの部屋へと通された。ナナシは部屋に善朗を通すと、

「ここでしばらくお待ち下さい。」

 とだけ言って、それっきり何処かへといってしまった。


 いつもなら、こういう場所では無言の空気に堪えられずに大前が色々と場を持たしてくれるのだが・・・その大前は悪霊連合との一件以来、善朗の頭の中ですら、何一つ話さず、その姿をも掻き消していた。しかし、善朗の傍らに大前がある以上、その存在が消えてしまったとは善朗は思わなかった。






 どれほどの時間が経ったか。

(・・・大前・・・。)

 善朗が12畳ほどの広さのその部屋でジッと待ってから、もうだいぶ経つ様な感覚がした。


 そんな時間を持て余している善朗の元に何者かが近付いてくるのがなぜか感じ取れた。

(えっ?!)

 善朗はまだ姿の見えないその人物が、ここに近付いてくる事だけが分かった。


 霊を感知するという生易しいものではない。

 ナナシではない。

 これまで会って来た誰でもない。

 悪霊という禍々しいものでもない。


(・・・誰・・・なんだ・・・。)

 善朗は余りにも巨大なその圧にただただ身体を震わせる。


 敵ではない。それだけは分かるが、どうにも友好関係がありそうなものではなかった。ただ、何百m先からでもハッキリと分かる相手を威圧する圧迫感が善朗を押しつぶそうとしていた。



〔スゥーーーー・・・。〕

 善朗を圧迫するその何かが、とても静かに部屋のふすまを開ける。



「ッ?!」

 善朗は襖を開けて、静かにとても静かに入ってくる・・・それでいて余りにも強大な圧を背負う人影を視界に入れて、目を丸くした。それは自分を圧迫する想像した存在からは余りにも掛け離れたとても聡明な面持ちで、神主のような白を貴重とした服装を一切乱す事無く着こなし、思わず目を奪われる透き通るような白い肌と紫色の光沢を持った長髪が良く似合う細身の男性だったからだった。


「・・・大前・・・息災そうで何よりです。」

 部屋に入ってきたその男性が部屋に入るなり、善朗の隣に視線を流して、そう話す。


 善朗は男性が流した視線の先を思わず、見てしまう。

「ッ?!」

「はいっ・・・ツクヨミ様も息災で・・・。」

 善朗が視線を流したその先には、物言わぬ大前がおいてあったはず・・・そう思っていた善朗の度肝を抜いたのはもちろん大前だった。あれほど、善朗達の前に姿を現さなかった大前が、そこにはいた。しかし、そこにいた大前は善朗が知っているようで知らない大前でもあった。


 大前は自分達の前に現れた男性を『ツクヨミ』と呼称して、正座をし、きちんと深々と敬意を最大限に表す様にしっかりと手を添えて、頭を下げている。すると、スッと上体を起こして、真剣な表情でツクヨミを見据えていた。


(・・・大前。)

 善朗はその大前の姿になぜかホッとしたと同時に、何か寂しさを感じてしまう。


 大前はツクヨミをしっかり見る中で、一切善朗を見ることはなかった。ただ、ピッと背筋を伸ばして、胸を張り、ツクヨミの言葉をしっかり聞くためだけに五感を使うと宣言しているようだった。




「君が善湖善朗君ですね。」

 ツクヨミはゆっくりと入り口から善朗達の上座に移動して、キッチリと測ったように身体を回して行き、善朗達を正面に捉えるとスッと正座をして座り、そよ風のような声で善朗にそう尋ねた。




「・・・はっ・・・はい・・・。」

 善朗はツクヨミの存在と、大前との思わぬ再会で頭の中が真っ白になり、大前の方から慌てて、視線をツクヨミに移すも、目が泳ぎに泳いで視点が定まらなかった。


「・・・・・・。」

 善朗が傍らでオドオドしている中も、大前はずっとツクヨミを見て、微動だにしない。


 善朗や大前の様子を気にする事もないツクヨミ。

「貴方はなぜ、ここに連れてこられたかを理解しておられますか?」

 ツクヨミは淡々と言葉だけを並べて、善朗に質問していく。


「・・・いえ、僕はナナシさんに突然連れてこられて、ここがどういう場所かも分かりません。」

 善朗はオドオドしながらも身を縮め、粗相のないようにツクヨミに返答した。


「そうですか・・・突然、お連れしてすみません。なにしろ、事態が事態なものでしたので、ナナシに貴方を連れてくるようにお願いしたのは、この私なのです・・・その非礼をまずはお詫びします。」

 ツクヨミは善朗をしっかりと見つつ、善朗が自分の言葉をしっかりと聞き逃さないようにゆっくりと話し、最後にそういうと軽く頭を下げた。


「あっいえ・・・そんな・・・僕の方こそ・・・なんか、すみません・・・。」

 善朗は大前やナナシ、今までの雰囲気から目の前の人物がどういう人物かも分からないまま、ただ偉い人だということだけを自分なりに判断して、意味も分からずにとりあえず相手よりも深く頭を下げた。


「フフフッ、貴方が頭を下げるようなことではありませんよ。」

 ツクヨミは善朗のオドオドとした態度と謝罪に思わず頬がホコロび、それを隠すように右袖で口を隠すような仕草を取った。

「・・・ッ・・・。」

 善朗はそのツクヨミの仕草になぜだか胸が締まるような感覚と同時に顔の高揚感に襲われた。



「それでは、まずは自己紹介といきましょう。私の名は『ツクヨミ』といいます。高天原の総括の手伝いをしている者です。」

 ツクヨミは姿勢をきちんと正した後、微笑みを交えて、善朗に自身のことについて丁寧に話した。


「高天原?」

 善朗はツクヨミの話の中から、気になるモノをピックアップする。


「はい・・・ここは『高天原』。八百万の神々が住まう神域。極楽や天国といった概念もここにあります。」

 ツクヨミは善朗の他愛無い質問に対しても、キチンと丁寧に答える。


「そんな場所になぜ、おっ・・・僕が?」

 善朗はツクヨミの説明からもこの場所がとても自分が居るべき場所ではないと驚き、少し身を乗り出して、さらにツクヨミに尋ねる。




「単刀直入に言います。善朗君には、この高天原でしばらく・・・もしくは、永住してもらいます。」

 善朗の質問に堂々と前から迎え撃ち、ツクヨミが包み隠さずに、スッと上段から刀を振るうように言葉を善朗に発する。




「えっ?!」

 善朗はそのツクヨミの言葉に固まらずにはいられなかった。善朗の全ての思考が停止して、理解しようとフル回転させる。しかし、その言葉が善朗には冷たい何かを全身に掛けられたかのように身を縛り、熱を奪う感じがしてならなかった。


 そんな中でさえも、

「・・・・・・。」

 善朗がツクヨミと問答をしている傍らで、大前はジッと微動だにはしなかった。




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