第125話 天高くに広がる安息の地に住みし者共、称して『天津神』


 そこは何十畳も美しい畳が敷き詰められた大きな広間。

 新しい畳がかもし出す独特なイ草の優しい匂いが立ち込めるその部屋に、20人強のきらびやかな着物をまとう男女が一人の男性を囲んで、なにやら声を荒げている。


「ツクヨミ殿、このまま野放しにしたままでは八百万やおよろずの神々として、下々に示しがつかんのではないですか?」

 そう話すのは、頭に何十本も針が刺さっている坊主頭の男性。


「それにつきましては、本人を一時的に高天原に連れて来ております故、これ以上の問題はないかと・・・。」

 人の作る円の中心にいる聡明な美しい顔の男性が、坊主頭の男性の方を向かずに、目をつむったまま答える。どうやら、この人物がツクヨミと呼ばれた人物なのだろう。


「神への昇華は如何なのですか?功績を耳にした所、申し分ない人物に見えますが・・・。」

 円の一員である一人の女性が、またツクヨミに向かって、そう尋ねる。こちらの女性は、割腹のいい体型で、淡い赤の割烹着かっぽうぎを着こなし、微笑みの良く似合う女性だった。


「神への昇華についての説明はまだしておりません・・・ですが、これから話して、本人に選ばせるつもりです。」

 ツクヨミはずっと目を閉じたまま、質問をした人物の方は一切見ずに、言葉だけで丁寧に対応している。


「悠長ではありませんか?・・・この度の裏霊界での騒動も、後手後手になったことによるものでしょう・・・姑息な妖怪が考えそうな事です。統括補佐で在らせられるツクヨミ殿らしくないではないですか?」

「それにつきまして、私が判断した事です・・・ツクヨミをあまり責めないで上げて下さい。」

「大神っ?!」

〔ザザザッ・・・〕

 円の少し外側にいた細身の大きな帽子が良く似合う洋服を着た美しい女性が厳し目の口調でツクヨミに迫る。すると、その部屋にいた全員が円の中心のツクヨミの方を向く中で、円の外側であり、部屋の上座の方から柔らかい女性の声がその場の全員の耳に平等に届く。そして、その者の声に導かれた者達がその方向を見て、驚きながらもサッと姿勢を正して、正座をし、一斉にその者の名を尊敬を込めて発し、頭を深々と下げた。


 そこに立っていたのは大神。

 ここ高天原の最高指導者にして、八百万を束ねる女神。

 その立ち姿は、光り輝く太陽そのものであり、煌びやかに着こなされた赤と白を貴重とした着物は、それ自身が発光するかのように輝き、大神をさらに世界から一つ上の高みへと押し上げていた。



 まさに、カリスマ。



 八百万は無限の神々の集合体であり、上下のない平等な立場の者達である。そして、互いの考えを尊重し合って、これまで神代かみよの時越えて、一緒にその時を紡いで来た。そんな中でも、この大神は特別な存在で、天地開闢てんちかいびゃくの始まりの神『天乃御中主神あめのみなかのぬしのかみ』から始まり、『伊邪那岐命いざなぎのみこと』、『伊邪那美いざなみ』と降誕こうたんし、大神は伊邪那岐命その身から生まれ、今の八百万を導く三代神と呼ばれる『天照大御神あまてらすおおみかみ』、『月読命つくよみのみこと』、『建速須佐之男命たけはやすさのおのみこと』の一柱となる。始祖より紡ぐ神々の正統な系譜が大神なのだ。そのことに加え、天照大御神は太陽神として、その存在そのものが全ての神々から畏敬いけいの念を一心に受けており、平等といえ、道を迷えば、示す者がおり、意見が違えば、まとめる者がいる。それこそが、誰もが快く認める天照大御神、大神へと至る故であった。



 大神が上座からツクヨミ達を見る中で、ツクヨミがその口を開く。

かしこくも大神、この度は裏霊界への出御しゅつぎょからの還御かんぎょ、お疲れ様でございます。」

 頭を下げる一同を代表するように頭を床につけたまま、ツクヨミが大神を労った。


「騒がしい事が多い昨今ですが、皆々が息災であるように考えておりますので、ここは一つ、もう一刻、ツクヨミと私にお任せして頂けませんか?」

 大神は頭を下げる一同に微笑みを持って、そう話す。


「勿体無いお言葉・・・御意にッ。」

「御意にッ。」

 ツクヨミが答えると、一同もまた一言そう続いて、一度軽く床から頭を離し、再び深く頭を床に沈めた。






 ツクヨミとナナシ以外の神々がいなくなった大広間で大神が大胆に大の字に寝ている。

「はぁ~~~~・・・疲れた・・・。」

 大神は天井を見上げながら、深いため息をつく。


「・・・姉上、遊びに行かれるのはご勝手ですが、騒ぎを大きくせぬようにお願いしますよ。」

 ツクヨミは大神のそばで正座をして、とても最高指導者としての威厳のなくなった姉を見下ろしながら小言を吐く。


「ツーちゃんやめてよ、帰って早々小言なんて・・・ついでにスッちゃんに会いに行っただけなのに・・・。」

 大神はツクヨミの小言から逃げるようにゴロリとツクヨミに背を向けて、弱弱しい口調で裏霊界に赴いた旨をそう話した。


「ツーちゃっ・・・姉上、くれぐれも皆の前ではしっかりとして下さいませ・・・ツクヨミとて四六時中、お傍には居られるわけではございませんから・・・。」

「・・・いられたら、困るよ・・・。」

「何か?」

「ツクヨミ殿の仰せのままに・・・。」

 ツクヨミは大神の軽い口調に眉をピクリと上げて、大神が失態しないように大きく釘を打ち付ける。その事に率直で素直な意見をいう大神だったが、ツクヨミの畳み掛けに観念して、寝転がった姿勢から姿勢を正して、正座をし、軽く会釈をしてキチンと答えた。



 ツクヨミは相変わらずの姉に頭を抱えながら、ひとまずは悩みの種を脇に置いておいて、視線を大神の後方で控えているナナシへと向ける。

「ナナシ・・・あの少年は?」

 ツクヨミはナナシに冷たい視線を向けて、淡々とした口調で簡単にそう尋ねた。



「はい・・・善湖善朗は控えに連れてきております。今後のことはまだ・・・。」

 ナナシはツクヨミの言葉に、低頭低姿勢で簡潔に話す。


「そうですか・・・ならば、これからの事は私から全て話し聞かせます。ご苦労様でした・・・貴方はもう下がっていいですよ。」

 ツクヨミは表情、口調を変える事無く、ナナシに対応して、腕組みをしたまま、ナナシに下がるように告げる。


「御意ッ。」

 ナナシはツクヨミから退室を告げられると、一言だけ答えて、頭を下げ、正座をしたまま一歩下がり、スッと立ち上がって、深くお辞儀をしたまま、頭を常に大神に向けて、お尻を向けないように部屋から静かに出て行った。


「宜しいですね?」

 ナナシが部屋から居なくなると、ツクヨミは再び大神の方へ視線を戻し、腕組みをしたまま大神にそう尋ねる。


「・・・あの子を悲しませたくはないですが、仕方のない事・・・振った賽はもう戻せません。」

 先ほどとは違う慎ましい表情で大神はツクヨミをしっかりと見て、柔らかで潤いのある唇を動かし、セセラギのように優しく言葉を奏でた。






 先ほどの大きな広間とは違う12畳ほどの小さな部屋。

 しっかりとした畳がひかれ、イ草のいい匂いが立ち込めるこの部屋に、たった一人で善朗は待たされていた。

「・・・・・・。」

 善朗は突然ナナシに連れてこられたこの場所の事がまったく分からずに、考えも及ばず、ただ目に入った目新しいモノを眺めるだけだった。


 その傍らには、未だ物言わぬ大前が静かに畳の上に寝かされている。






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