第122話 サシ馬は思うだろ・・・「追い抜きたい!」。先頭を走るあの馬に!・・・私は思う「差せっ!!!」・・・ゴール板を駆け抜ける馬は微笑んだ。
〔ドガァーーーンッ!〕
〔ボゴォーーーーンッ!〕
二人の男がリングの舞台上で殴り合っている。
その打撃音は一発一発が渾身を込めた一撃が打ち込まれた音で、とても常人が耐えうるものではないと傍から見ても想像できるものだった。しかし、リング上の二人はいくら互いの拳を交換しようとも、その場から一切引かずに我慢比べをするように相手に挑み続けていた。
(こいつっ・・・本当に霊体なのかっ?!)
我慢比べをする中で、心の中で圧され始めたのは岩の妖怪エンコウだった。
エンコウは自分をぎらついた眼光で見続け、必殺の拳を放ち続ける賢太に驚き、戸惑い始めていた。
(なぜだっ?!・・・こいつはさっき出来損ないとはいえ、妖怪と死闘を繰り広げたばかりのはず・・・手負いのはずではないのか?)
エンコウは賢太に負けまいと手数を緩めないが、心はそうもいかなかった。
〔ズドォーーーンッ!〕
「ぐっ?!」
心が圧され始めた者に、必殺の一撃を耐える事など、そうそう出来るはずもない。エンコウはついに賢太の深い踏み込みの右ボディに身体を僅かにヨジり、音を漏らす。
そして、賢太が僅かに怯んだ相手の隙を見逃すはずはない。
〔バカアアアアアアアアンッ!〕
「ガハッ?!」
エンコウが右ボディで僅かに下げた右頬に賢太の渾身の左フックが入り、エンコウの頭が跳ね上がる。
(こんなはずでは・・・んっ?!)
エンコウは跳ね上がる頭からも賢太から目を離さない。その執念深い行動が賢太の異変に気付く。
〔・・・ブルブル・・・〕
賢太の膝が微かに笑う。
その賢太の僅かな変化にエンコウは口角を大きく上げた。
(・・・そうだっ・・・手負いのはずなんだ・・・手負いのガキに俺が負けるはずがないっ!)
追い詰められていたエンコウ。心が折れかけた妖怪はここぞとばかりに相手の弱みを見て、己を奮い立たせる。そして、再び、その眼光を光らせて、相手へと噛み付こうとする。
が、
〔ドガアアアアアアンッ!!〕
「ゴハアアアアッ?!」
反らした上体を戻そうとしたエンコウの顔面に賢太の振り下ろした右ストレートがねじ込まれる。エンコウの体はついに耐え切れずに足が地面から離れて、その大きな巨躯が後方へと倒れこむ。
(負けるわけにはいかんのやっ!)
賢太は心の中で己を殴りつけるようにそう叫ぶ。
限界はとうに越えていた。それでも、賢太は己を奮い立たせて、その場に留まり、強大な敵に立ち向かっていた。それは紛れもない善朗への対抗心から来るものだった。そして、それだけが今の賢太を突き動かす唯一の原動力だった。
(負けられん・・・こんな図体だけがでかい奴にまけるわけにはいかんっ・・・あいつに追いつかな、あかんねんっ!)
賢太の認識ではもはやエンコウが妖怪だったということは判別できない状態だった。
ただ、目の前にいる敵に負けることは、善朗を追いかける自分には決して許されない事だということだけしか、頭の中になかった。
「ガキがぁ~~~・・・なめるなよぉ~~~・・・。」
エンコウも妖怪としてのプライドがある。手負いの幽霊などに遅れを取っては、これからの妖怪という世界で自分の存在が保てない。その思いだけで、立ち上がる。
「ふぅーーーっ、ふぅーーーっ・・・。」
賢太はただただ立ち上がってくる相手をギラギラした目でにらみつけて、両拳に力を込める。
「うおおおああああああああああああああっ!!!」
エンコウは全ての残された力を一撃に込めて、賢太へと拳を振り下ろす。
エンコウの放つ必殺の一撃を向かい討たんと賢太も拳に力を込めて、最後の一撃をエンコウへと放つべく、視線をエンコウに集中させた。が、その賢太の視界の片隅に何かが飛び込んできた。
「・・・・・・ウッ?!・・・あああああああああああああああっ!!!!」
賢太は一瞬、自分の視界の片隅に入ったモノを見て、深層心理から何かが爆発するのを感じ、それを抑え込む事無く、全てを拳に込めて、今は目の前に立ちはだかる邪魔な敵にただただ放った。
〔ドガシャンッ!!〕
互いの拳がお互いの中央でぶつかり合い、ピタリと止まる。
〔ビキビキッ、バカアアアアアアアアアアアアアンッ!!〕
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
「グワアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
賢太が雄叫びを上げながら放った拳に更に力を入れるとエンコウの拳にヒビが入り、そのヒビが腕全体へと走り、エンコウの腕が弾けとんだ。賢太は更に深く踏み込んで拳を突き出していく。エンコウは自分の身に起こった衝撃と痛みでノタウチ後退する。
踏み込んだ賢太がさらに拳をエンコウに放つ。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
獣が猛り狂い、獲物へと牙をウガつ。
〔バーーーーーーーーンッ!!!!〕
「・・・・・・。」
獣の牙が相手に食い込み、首をもぎ取るかのようにエンコウの頭が消し飛んだ。
エンコウという妖怪だった肉塊は糸切れた人形のように地面に崩れ落ち、首からドロリと血を垂れ流して、血の海を広げて、動きを完全に止めた。
賢太はそれだけでは止まらない。収まらない。
「ふぅーーーっ、ふぅーーーっ・・・。」
賢太はもうすでに次の獲物へと視点を定めていた。
賢太の目線の先、そこには賢太の次の獲物の姿がある。
「・・・・・・。」
獲物は賢太を静かに見て、微笑み、その場からゆっくりと離れて行った。
賢太が逃げる次の獲物に歩を進めようと踏み出そうとした時、
「賢太ッ!」
リング下で弟子の戦いぶりをジッと見ていた佐乃が賢太を押さえ込むように体全体で力強く包み込んだ。
「・・・ふぅーーっ・・・ふぅ~~~・・・ふぅ~~~・・・しっ・・・しょっ・・・。」
「賢太っ?!・・・バカヤロウッ・・・あんたって子は・・・。」
賢太は佐乃に抱きしめられると内なる猛りが自然と収まり、佐乃を認識するとフッと意識を失った。意識を失った賢太を佐乃はわが子のように優しく包み込み、無理をしたわが子を静かに叱りつけた。
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