第92話 妖怪いろは   パドックで馬に優劣をつけるものではない。私はある意味悟り、オッズと言う数字の羅列に目線を移す・・・私は夢に優劣をつけて、紙を握りつぶした。





「・・・あいつ・・・まさか・・・。」

 佐乃が全ての感情を置き去りにして、真相に辿り着こうとしていた。


「・・・・・・くっ・・・。」

 佐乃と同じように真相に辿り着いたのは流。


「・・・善朗・・・。」

 両手を血が出らんばかりに強く握りこんで、生身なら下唇を噛み千切っているであろう強さで噛みしめながら菊の助が善朗の名を搾り出す。菊の助もまた、佐乃の言葉を理解していた。



「とんでもない化け物を作り出してくれたなっ。」

 居ても立ってもいられなくなって、最初に動き出したのは流だ。



 流は菊の助に静かに重い足取りで近付き、菊の助の胸倉を掴んで、怒りを一切隠さずに菊の助を睨む。


「・・・すまない・・・。」

 菊の助は謝る事しかできない。


「・・・流さん、おっ、落ち着いてください。」

 流のパートナーであるネヤが流の肩をガッシリと掴み、菊の助から引き離そうとする。


 流と菊の助がもめている脇で、佐乃が口を開く。

「・・・やるしかないよ・・・。」

 佐乃が今までの怒りや悲しみの感情を捨てて、吹っ切れた表情で善朗を見ている。


「・・・・・・。」

 佐乃の表情に曹兵衛はある種の覚悟を見る。


「・・・やる?」

 金太が佐乃の言葉に嫌な予感を過ぎらせた。


「・・・天凪あまなぎさん・・・頼みたい事があります。」

 佐乃の考えを察した曹兵衛が近くに居た天凪に声をかける。


「えっ・・・何?」

 善朗の戦いを完全に第三者の傍観者として、見ていた天凪が突然曹兵衛から声をかけられて驚く。


「流さんの合図で一斉に断凱を取りに行きます・・・今から言う者に、それを伝えてもらいたいんです。」

 曹兵衛は天凪にゆっくりと近付きながらそう話す。


「ええええええええええええええっ?!」

 もちろん、天凪はめんどくさいと嫌な顔をする。


「大丈夫ですよ・・・天凪さんに一緒に突っ込めなんて言いませんから・・・。」

 曹兵衛は少し苦笑いを交えつつ、天凪にそう伝える。


「・・・むぅ~~・・・立ち位置間違えたな・・・。」

 天凪は腕組みをして、不貞腐れたようにしているが、どうやら曹兵衛の言伝の仕事を了承したようだった。


 天凪が渋々、行動に移ると、

「さぁ、覚悟を決めましょうかね・・・。」

 曹兵衛はサッと服装を整えて、ニコリと笑う。


「・・・何人死ぬか、わからんぞ。」

 流が冷静な判断をハッキリと口にする。


「先陣は俺と秦右衛門が切る・・・最初に死ぬなら俺たちだ・・・。」

 菊の助もある種、覚悟の目をして流を見る。


「・・・それがあんたの責任の取り方なのか?」

 佐乃は今も尚、善朗をジッと見つつ、菊の助を言葉で刺す。


「・・・それで責任が取れるとは思っちゃいねぇよ・・・ただ、それが一番望ましいことだろ?」

 菊の助も余計な感情を全て捨て、自分がやるべきことをしっかりと見据えて、佐乃に返す。


「・・・殿、僭越せんえつながらお供させて頂きます・・・。」

 秦右衛門がキッチリと服装を整えて、菊の助に浅く会釈をして、そう告げる。


「とっ、殿ッ!俺もっ!」

「だめだっ!・・・お前は乃華殿を連れて戻れッ・・・外も安全ではないっ。」

 金太も秦右衛門に続こうとしたが、食い気味に菊の助に切り捨てられる。


「待ってくださいっ!・・・そんな危険な事をするなら、私のサポートが必要なはずですっ!」

 金太を押しのけて、乃華が善朗を助けたい一心で大きな声で抗議する。



「・・・残念ながら、もうそう言う段階ではなんですよ・・・だかっ。」

「隠さずに正直に言うべきだろう曹兵衛。」

 含みを持った言い方で曹兵衛が乃華に話そうとした時、それも察した流が割って入る。



「・・・・・・どっ、どういうことですか?」

 流の言葉に何かを感じ取った乃華が震えながら言葉を口にする。


「・・・・・・。」

 曹兵衛は次の言葉が出ずに黙っている。




「・・・俺達の標的は一人じゃないんだよ・・・。」

 流は曹兵衛が誤魔化そうとした言葉を乃華にそうはっきりと冷徹に告げる。




「ッ?!」

 流の言葉に乃華は分かっていても驚きを隠せない。


「・・・あんたは少年と近すぎるんだろ?・・・見たくないモノを見る必要は無い・・・。」

 不器用な流の無骨な優しさだった。


「・・・流さん・・・そうハッキリ言わなくても・・・。」

 ネヤが流の隣でオロオロしながら、乃華と流の間を交互に視線を移動させている。


「菊の助さんも秦右衛門さんも納得してるんですかっ?!」

 乃華は流から逃げるように視線を移し、菊の助達を問い詰める。


「・・・・・・。」

 悔しそうにする菊の助と秦右衛門は乃華と視線を合わせない。




「妖怪いろは」




 乃華の悲痛な訴えに静まり返った場に佐乃の一言が響き渡る。


「善朗は、断凱をもう一つ上の次元に上げようとしてるんだよ・・・悪霊いろはのい組の断凱の上・・・悪霊のい組の上にあるのは、アタシが口にしなくても、あんたなら知ってるはずだよね?」

 悲しみに支配された微笑みを放つ佐乃。


「・・・妖怪『を組』・・・。」

 震えた声で乃華がそう答える。


「・・・善朗君はともかく・・・断凱の妖怪化はなんとしても阻止しなければなりませんっ・・・その選択の中で、善朗君が立ちはだかる可能性もあります・・・そうならなくても、厳格な対応をしなければなりません・・・残念ですが・・・。」

 曹兵衛が濁していた言葉を渋々ではあるが、そうはっきりと口にする。


 曹兵衛が非常な決断を口にした数秒後だった。

「あっ、おいっ?!」

 流の包囲網をすり抜けて、乃華は走り出していた。




「善朗さあああああああああああああああああああんっ!!」

 乃華は善朗ではないであろう善朗に向かって、大きな声で名を叫びながら猛スピードで走っていく。その行動は最早、自分の命などどうでもいいという覚悟を表していた。




「ぐっ!?」

 流を含め、その場に居た全員が行動を起こすには遅すぎた。


 善朗達への警戒を緩めるわけにはいかないこの状況で、乃華に対して、即行動など出来るはずも無いのだ。しかし、



「離してッ!・・・離して下さいッ、佐乃さんっ!?」

 乃華が自分をガッシリと掴んで離さない佐乃に暴れて抵抗する。



「・・・・・・。」

 佐乃は乃華に答えずに、乃華を守るようにガッシリと包み込んで、乃華の暴走を止める。


 佐乃もまた、乃華と同じ行動を取ろうとしていた。だからこそ、善朗達に対して動こうとしていた流達よりもいち早く佐乃は乃華の行動を制止することができたのだった。だが、



「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 佐乃達に牙を向いて、猛獣が目の前まで迫っていた。

 咄嗟に動けたとしても、乃華を止めるには近付きすぎた。もうそこは猛獣のテリトリーの中だった。



(食い足りない・・・まだ、奴に届かないッ!)

 断凱は格好の獲物を前に本能を押さえることなど出来なかった。


「・・・・・・。」

 善朗はその様子をジッと見ている。


 善朗なら断凱のその行動を予測して、先に動けるはずだった。しかし、善朗はあえて、断凱のその行動を許容し、傍観者に徹した。


「ッ?!」

 佐乃は抵抗しない。否、出来ない。それよりも、乃華を更に守るように覆いかぶさり、乃華だけでも助けようと行動した。




「ヨシロウサアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!」

「ッ?!」




 乃華の必死に助けを求める声が闇に木霊す。

 見ることしか出来なかった闇の中で浮いていた善朗だったが、乃華の悲痛な叫びに呼応する。






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