第91話 闘う魂、荒ぶる魂。パドックで馬が暴れている・・・必死に係員がタズナを引いてそれでも歩かせている。私は思う猛っているのだと・・・そして、私は紙を握りつぶす。





〔ガキャンッ、ガコンッ、ズギャンッ!ギャギャンッ!〕

 周囲に居る人間など最早二人の目には映っていない。

 ただただ、互いに攻撃を出し合い、すぐそこにある死を少なくとも断凱だんがいは感じ、善朗に必殺の一撃を放ち続けていた。


「どうした、断凱?俺を滅消したいんじゃないのかっ!」

 善朗の顔をした誰かが断凱を尚も挑発して、断凱の攻撃をいなしつつ、斬撃を断凱に打ち込んでいく。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 猛り狂った断凱は熱い激情の中でも、冷静な必殺の一撃を常に善朗に放ちつつ、善朗の腑抜けた斬撃を交わしていた。


「足りないッ!まだ、足りないッ!・・・断凱、お前には全然足りないッ!」

 善朗がなにやら、分かったような口で断凱に語りかけている。


(どうなっているっ!こんな年端もいかないガキに俺がなぜ、こうもッ!!)

 断凱は善朗に完全に遊ばれているこの状況に憤慨していた。


 誰よりも自分の不甲斐無さに怒りがフツフツと煮えたぎっていた。


「断凱ッ!お前にプライドなんていらないだろっ!お前なんて、俺にしてみれば、今晩のボタン鍋の猪でしかないんだっ!」

 善朗はさらに断凱を挑発していく。汚い言葉が次々と斬撃よりも鋭く断凱に刺さっていく。


(ぐううううっ・・・憎い、妬ましい・・・お前の強さがっ!!)

 断凱は奥歯をグッとかみ締めて、善朗をにらみつける。



 その目には、善朗への憧れさえ垣間見えた。



「グワアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 断凱は猛り叫ぶ。その感情の爆発が周囲の人間を驚愕させる。



「そうだっ、断凱ッ!それだっ!!!」

 中でも、異質な感情を口にするのは、もちろん善朗だった。



「・・・・・・。」

 善朗と断凱達から距離を取って、その様子を見ていた人間達は開いた口が塞がらない。


 足手まといの人間や霊は最早、この場に居ない。曹兵衛の機転により、退避させたからだ。その機転は功を奏している。もし、この場にそんな者がいたならば、二人のぶつかり合う凄まじい霊圧に当てられて、人なら発狂し、霊ならそれだけで滅消していたかもしれない。


「・・・なんという戦いなんだ・・・善朗君・・・。」

 無意識に曹兵衛の口から二人の戦いの感想が零れ落ちる。


「曹兵衛・・・何を言っている・・・少年の方は遊んでいるぞ・・・。」

「ッ?!」

 曹兵衛の隣で腕組みをして、冷静に戦いを見ていたりゅうが刺すように言葉を放つ。その流の冷静な分析にその場に居た者達は恐怖すら感じた。


「・・・どう見たって、新しいおもちゃを与えてもらった子供じゃないか・・・なぁ、菊の助さん・・・。」

 流がニヤリと笑いながら、顔を菊の助に向けて、そう茶化す。


「・・・・・・。」

 菊の助は下唇を噛んで、善朗を見ることしかできなかった。



 流が菊の助で遊んでいる中、佐乃が口を開く。

「・・・あたしはそうは思わない・・・。」

 佐乃は怒りにフツフツ燃える鋭い目で、ジッと二人戦いを見て、流の考えを否定する。




「・・・ほほぅ~~・・・それなら、あんたの感想とやらを聞かせてくれよ・・・。」

 挑発されたと捉えた流が佐乃を挑発し返す。


「稽古だよ・・・善朗は何を考えてるか知らないが・・・断凱に稽古をつけている・・・。」

 佐乃は両手を強く強く握りこみながら、奥歯をかみ締めて、二人から一切目を離さずにそう考えを述べた。


「・・・ッ?!・・・」

 流は佐乃の言葉にハッとして、二人の戦いを改めてみて、さらに目を見開く。


 今ここに居るのは、霊能力者も霊も曹兵衛が選別した最低限の少数精鋭。

 その中の何人が、佐乃の言葉の意味に気付けただろうか?






「断凱ッ!お前はどうしたいんだ?・・・猿山でふんぞり返りたいのかッ?!」

 善朗は断凱にニヤニヤと笑みを浮かべながら、上から諭す様に話しかける。


「グオオオオオオオオオオオオッ!!」

 断凱は善朗に言葉では返さない。必殺の斬撃を今も放ち続けている。



(妬ましい、羨ましい、憎い、素晴らしい、殺したい、追いつきたい、負けたくない、勝ちたい、お前が・・・ッ)

 断凱の心の中は様々な感情が踊り狂い、暴れ回っていた。しかし、その感情の全てが目の前の少年に対しての感情である事を、断凱自身が強く感じ思っていた。



 断凱のその感情に呼応するかのように霊圧は黒く膨らみ、大きく歪んでいく。


「楽しいなーーーッ!楽しいなーーッ、断凱ッ!」

 断凱の変化を誰よりも感じていた善朗が笑いながら断凱に共感を求める。




「ヨシロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 断凱が初めて、善朗の名前を口にする。しかし、その表情は鬼気迫る様相だった。




 断凱が初めて感じる恐怖。

 今まで、狩る側であった断凱が初めて、自分が狩られると感じた強者。

 断凱はうごめく感情の根底に死の恐怖を感じていた。


 断凱は生前、猟師として山でたった一人で過ごしていた。

 相手は生きる事が至上命題の獣達。

 命のやりとりに囚われていた断凱は自らを危険に晒して、生の実感を求めていた。山の獣という獣を狩り尽くした後、断凱の獲物は自然と人に向かう。山から街にやってきた断凱はその場でも、命のやり取りを求めて、相手を探しては狩り続けた。最後には、警官隊に囲まれて、その中で何十発という弾丸を浴びて絶命する。


 しかし、断凱はその時でさえ、笑っていた。

 死の恐怖などミジンも感じなかった。


 自分の命を取りに来た獲物達の方が恐怖で顔を歪ませて、飛び道具で応戦する腰抜け者ばかりだったからだ。だが、今目の前に居る強者は違う。目の前の強者は断凱と斬り合い、確実に自分の首を取れる相手。今はなぜか、そうしないが、いつでも相手の刃が自分の喉元を切り裂く。その恐怖が断凱には耐えられなかった。


 必殺の一撃を放つ断凱は、必死に死の恐怖から逃げている。

 迫り来る相手の斬撃に殺意がミジンも無い事を断凱は分かっている。だが、その行動こそが、断凱の恐怖をより一層フカイモノにしていた。


(来るなッ!来るなっ!来るなッ!)

 断凱の表情は、どんどん歪んでいく。


 しかし、それと反比例するかのように断凱の霊圧は膨れ上がっていく。




「断凱ッ、逝こうッ!お前なら届くはずだッ!」

 善朗は猛り笑う。




 目の前の状況が一切見えていないかのように断凱との死のやり取りをただ楽しみ、二人は登っていく。その先が血にまみれた煉獄だとしても・・・。










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