第19話 触らぬ神にタタリなしと聞かされてきたわけですが、向こうから来る悪霊の対処方法は正しく伝わらず、数珠を巻くか念仏唱えるかだけの我々です
善朗が霊界に戻り、縄破螺に対抗するための修行に移っていたその最中、人々が今日も日々の時間に追われる現世で冥がなんとか自分だけで解決できないかを思案していた。
「・・・このお守り・・・すごいわね・・・。」
冥が善文や美々子が通う学校の近くにある公園のベンチに座りながら、とこさんが吾朗に渡してもらった菊の助特製のお守りを眺め、素直な感想を漏らす。
守護霊は守護している対象からあまり離れる事が出来ないので、冥の方が学校を抜け出す形をとって、とこさんと今後についての作戦会議をしていた。そこで、とこさんが冥に見せたのが、このお守りだった。一般人には見ることすら出来ない霊界特別性のお守りだが、そこは才能のある冥、とこさんから見せてもらうだけでなく、直に触って、お守りが持つ力を実感していた。
オロオロと今も不安で仕方がない善文の守護霊とこさん。
「・・・私達のご先祖様が下さった貴重な物だそうで・・・。」
とこさんは不安に震えながらも冥に御守りについて、そう話す。
「・・・霊界って、こんなにすごいの?・・・現世でも見たことないわ・・・。」
お守りを隅から隅まで穴が開くほど眺める冥。
「・・・そっ・・それじゃぁっ。」
とこさんは冥の説明を聞いて、希望に満ちたキラキラした目で冥を見る。
「・・・時間稼ぎにはたしかになる感じですね・・・。」
「ああああああああっ・・・。」
冥が率直な意見を述べると絶望の大きな塊が肩に乗り、上体を沈ませていくとこさん。
「・・・それでも、だいぶ稼げると思うわ・・・とこさんはこれを持ってっ・・・。」
冥がお守りをとこさんに返しながら勇気付けようとしたその時だった。
〔ボッ・・・チリチリチリチリッ・・・。〕
冥が持っていたお守りに突然火が点き、燃え出した。
「アツッ?!」
その熱さに堪らず、冥はお守りを地面に投げ捨てる。
「・・・あぁっ。」
とこさんはその時、自分達を包み込む暗い暗い周囲の雰囲気に気付いて怯え出した。
「・・・つまらんことをしているな。」
深い海の底からネットリと絡みつく名も知らない海草の様に冥達を巻き込んでいく声が響く。
「・・・くっ・・・。」
冥はその声の方向を見て、臨戦態勢をすかさず取る。
冥が投げ捨てたお守りを見てみると、お守りは完全に灰になって燃え尽きていた。
「・・・・・・霊能者風情が、俺たちの邪魔をする事が、どういう事態を招くか分かっているんだろう?」
縄破螺が公園の雑木林の闇からヌルリと姿を現す。
「・・・・・・。」
冥はとこさんを守るように縄破螺との間に入る。
「・・・お前達はそこらへんの低級霊や動物霊を払って、死神のケツでもなめておけばいいんだよ・・・。」
コートの脇にある両ポケットにそれぞれ手を突っ込みながら酷い猫背の縄破螺がグチョリグチョリと冥達に歩み寄る。
〔ウエエエエエエンッ、ウゥゥゥッゥウッ、オカアサアアアアアンッ・・・。〕
相変わらず、縄破螺の周囲には子供たちの決して親には届かぬ助けを求める声が響き渡る。
「・・・ずいぶん早いわね・・・。」
ゆっくりと時間をかけると言っていた縄破螺の早い登場に冥がけん制をかける。
「・・・ふひひひひッ・・・俺は俺の流儀は守る・・・ゆっくりゆっくり獲物を絶望の泥沼に落として、しっかり味付けをするんだよ・・・それは変わらない・・・今日はお前達に優しく注意しにきてやっただけだ・・・。」
縄破螺はニチャリと笑みを浮かべながらコートのポケットから両手を抜いて、ダランと前に垂らした。
「・・・案外、優しい・・・・・・のねっ!」
冥は長い数珠を素早く両手に巻きつけて、先制攻撃に打って出る。
〔バチンッ・・・ジュゥゥゥゥゥッ・・・〕
縄破螺は一歩も動かず、冥の右手のストレートを片手で受け止める。
受け止めた縄破螺の手の平から煙が立ち上る。タイヤの焦げた匂いや落ち葉が焼ける匂いという鼻に優しい物ではない。劇物を燃やした時の刺激臭と腐敗した鼻の中にまとわりつく異臭がその煙から立ち込める。
「ハアアアアアアアッ!」
冥はその状況に一歩も引かずに縄破螺の顔面にハイキックを入れようとする。
〔バチンッ!〕
「キャアアアアアアアッ!」
冥のハイキックが縄破螺に届く前に縄破螺の右手から放たれた鞭のようにしなるロープが、冥の左頬を弾く。
その攻撃に冥の身体は宙に浮き、とこさんの元まで飛ばされた。
「ふひっ・・・式霊すらいないガキが良い声でなくじゃねぇか・・・余りにそそる声にちょっと逝きかけたぜ・・・。」
冥の悲鳴を聞いて、少し興奮する縄破螺。
「・・・あわわっ・・・。」
冥の様子と縄破螺の姿にオロオロキョロキョロするしかないとこさん。
「・・・ぐぅうぅぅ・・・。」
左頬の痛みに耐えながら冥が立ち上がる。
「・・・ふひひっ・・・良い声で鳴くが、お前は俺の趣味じゃない・・・が、これ以上邪魔をするなら・・・コロスゾ・・・。」
そういうと縄破螺はゆっくりと冥達に無防備に背中を向けて、雑木林の闇へと消えて行った。
縄破螺が姿を消すと、公園はいつものような明るさになり、雑木林にも光が戻った。縄破螺が作り出した闇が周囲の空間そのものを変えていたようだった。
「・・・くそぉ~・・・。」
冥は大粒の涙を流して悔しがった。
地面を握り締めて、握り込んだ手から血を流しながらも土を握り締めずにはいられなかった。その痛みが、自分の不甲斐無さを掻き消してくれるのではないかと冥はすがり付く。
そんなか弱い少女を見て、とこさんは居ても立ってもいられない。
「・・・あぁ・・・冥さん・・・。」
とこさんが心配して、冥の肩にそっと優しく触れる。
とこさんの母性溢れる優しさに冥はとっさに顔を隠すようにウツムく。
「・・・・・・・ごめんなさい、とこさん・・・大丈夫だから・・・。」
顔を隠したまま、冥がとこさんにそう答える。
「・・・すいません・・・私達のために・・・。」
申し訳なさに押しつぶされそうなとこさんが冥に謝る。
冥はそんなとこさんの優しさに触れて、ワナワナと全身を小刻みに震わせる。
「・・・・・・謝るなら・・・こちらの方です・・・力に・・・なれなくて・・・すみません・・・とこさんは善文君の近くに・・・残念ですが・・・今は少し離れた場所で・・・見守ってあげて下さい・・・。」
冥は一度もとこさんに顔を見せないまま、ゆっくりと立ち上がり、フラフラと歩き出した。
「・・・・・・。」
とこさんはもうそれ以上、冥に声をかけられなかった。
「・・・・・・。」
冥はフラフラと公園から出て、どこかへと歩いていってしまった。
とこさんの足元には灰になったおまもりが風にもて遊ばれて、粉々になって空に消えて行った。
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