第13話 断捨離しようと息巻いて、モノを片付け出すけど、出てきた思い出に欲求を駆り立てられて、気付いたら物が増えるのは世の常



「・・・・・・大丈夫・・・だったみたい・・・。」

 目を閉じていた善朗の耳に冥の優しい声が届く。




「・・・・・・。」

 ゆっくりと目を開けて、冥や自分の身体をキョロキョロ見る善朗。

 特に変わったことは無い様に思えた。


「・・・やって・・・しまったん・・・ですね・・・。」

 契約の成功を目撃して、腰からヘナヘナと崩れ落ちていく乃華。


 契約の成功はつまり、転生しないと言う強い意思表明だからだ。契約した霊は特別な管理下に置かれて、もはや案内人は関与する事は出来ない。ノルマを抱える乃華にとって、高得点を叩き出せたかもしれない大きなチャンスを失った瞬間でもあった。



「・・・よろしくね・・・善朗君。」

 冥が額に大量の汗を掻きながら笑顔で握手をしようと右手を善朗に差し出す。


「・・・・・・。」

 善朗は実感の無いまま、恐る恐る冥の手を握るように右手をゆっくりと伸ばす。


 善朗は冥の手の暖かさを右手の手の平に感じて驚くが、冥の目を見て、優しく、それでいて強く握り返した。


「・・・第一段階は突破したけど・・・何か当てはあるの?」

 善朗の目を見て、今後の展開を聞く冥。


「・・・・・・当ては・・・あるんだけど・・・。」

 右上の虚空に視線をずらして、左人差し指で左頬を軽くかく善朗。


「きっと、殿なら力を貸してくれるわっ。」

 善朗の考えを先回りして、のぶえがガッツポーズを作りながら言う。


「・・・のぶさん・・・私はどうしたら?・・・」

 好転する雰囲気の中、これからの不安に押しつぶされそうになるとこさん。


 とこさんにしてみれば、善朗達がなんとかするまで、最前線に立つのは他の誰でもないとこさんだ。とこさんには善朗達の持つ、若さから来る勇気もそこまでない。あの凶悪な悪霊と対峙するかと思うと、守護霊だったとしても恐怖しかなかった。



 乃華曰く、

 悪霊と対峙した普通の霊は、その悪気に当てられて、自分も悪霊になるか取り込まれてしまうと言う。善文の守護霊として、守護する者を全力で守るのは勤めではあるが、その先に確実な滅びが待っているのを考えると足がすくむのも責めれない。



「・・・大丈夫よ、私がそこは殿に相談してみるから・・・絶対大丈夫っ。」

 のぶえの素の肝っ玉母さんの力強い笑顔がとこさんに向けられる。


「お願いしますっ、のぶさんっ。」

 深く深くお辞儀をしてとこさんがのぶえにすがる。


「・・・そうとなれば、乃華さん・・・霊界に戻してもらっていいですかっ?」

 善朗が善は急げと景気良く乃華に頼む。


「・・・あぁっ、はいはい・・・そうですね・・・戻りましょうね・・・。」

 乃華は最早、やる気をまったく失ってしまったが、それでもちゃんと仕事を最後まで全うしようという責任感だけで返事をした。


「・・・冥さん・・・ごめん、すぐ戻ってくるからっ。」

 右手を握り込み、冥に真剣な眼差しを向ける善朗。


「・・・えぇっ・・・私の方でも出来るだけ時間稼ぎしておくわっ。」

 冥はイタズラを思いついた小悪魔のような微笑を善朗に向けて答える。


「・・・はぁ~~~・・・私、何のためにここまで来たんだろ・・・。」

 乃華はそう呟きながら、善朗とのぶえを連れて霊界へと消えて行った。






「・・・行ってしまわれましたね・・・。」

 善朗達が消えた虚空を見ながらとこさんが呟く。



「・・・私達は私達で出来ることをやりましょう・・・。」

 同じく虚空を見て冥が答える。



「・・・私はこれからどうすれば?」

 とこさんがオロオロしながら冥に尋ねる。


「とこさんはとりあえず善文君の元に帰ってあげてください。守護霊が傍に居るだけでも精神的に落ち着くと思います・・・後は、あいつを近づけないように私がなんとかします・・・。」

 冥が今後の事を真剣な目でとこさんを見ながら伝える。


「・・・分かりましたっ・・・何から何まで、本当にありがとうございます。」

 とこさんは何度も何度も深々と冥に頭を下げてお礼を言う。


「・・・良いんですよ・・・乗りかかった船ですし・・・。」

 冥は余りにも下に下に来るとこさんに苦笑いしながら答える。


「・・・でも、よかったんですか?・・・霊能力者は一度しか契約出来ないんでしょう?・・・身内からいうのもなんですが・・・。」

 とこさんは命がけで善朗と契約してくれた冥に、正直、とてもあの悪霊に勝てるとは思えない甥っ子の事を再度尋ねた。




「・・・・・・私は間違ってないと思ってます。」

 冥は少しだけ溜めてから今日一真剣な目でとこさんを見て、ニヤリと笑う。






「・・・というわけなんですっ、殿っ!どうか、俺に力を貸してくださいっ!!」

 霊界に帰ってきた善朗達は、急いで菊の助、善朗達の血筋が集まる武家屋敷のあの応接間に跳んで帰った。


「・・・・・・。」

 善朗の隣には、善朗と一緒に土下座をして菊の助に頼み込むのぶえと、今は真っ白な灰の人形になった乃華が口を開けて呆然としながら並んでいた。


「ダッハッハッハッハッ、未練を断ち切りに行ったと思ったら、今度は大きな未練を抱えて帰ってきたって事かッ!」

 扇子で自分を扇ぎながら菊の助が子供姿で大笑いしている。


「・・・・・・。」

 善朗達が帰って来て、再度通された応接間は前に来た時と変わらない面子が揃っていたのだが、一人静かに酒をお猪口で飲んでいる女性が増えていた。



(・・・さっきはいなかったけど・・・あの人は誰だろう?・・・)

 さっきとは違う面子の違和感に、土下座しながらも、その女性を横目でちら見している善朗の頭の中で、当然の疑問が駆け巡る。



 その女性は、スウェットの青色のズボンに上は白いTシャツだけというなんとも質素な出で立ちで、黒い長い髪をポニーテールにして後ろに流していた。髪は腰までスラッと綺麗に流れて、良く手入れされてるのが分かる艶を放っている。


「やはり、俺の目には狂いは無かったってことだっ!なぁっ、秦の字っ!」

 バンバンと自分の太ももを叩きながら菊の助が秦右衛門に言葉をかける。


「・・・まったく、この手の賭け事にはめっぽう強くて困りますな・・・。」

 秦右衛門はそう肩を落としながら通い徳利でお酒を直飲みする。




「・・・ちょっと待ってくださいッ!貴方達、知ってたんですかッ!」

 真っ白な灰になっていた乃華が菊の助たちのやり取りに元気を取り戻して、勢い良く立ち上がる。




「何のことだぃっ?」

 菊の助が少し意地悪な笑みで乃華に尋ねる。


「しらばっくれないで下さいっ、善文君が悪霊に狙われてるって知ってたんでしょッ!」

「ッ?!」

 乃華の強い口調の発言に驚いたのは善朗だった。

 善朗は土下座から頭を上げて、菊の助を見て、目を丸くする。


「・・・お嬢ちゃん・・・勘違いしないでくださいよ・・・ここにいる誰も、一族が不幸になるのを望む者はおりません・・・悪い冗談は辞めてください・・・。」

「・・・・・・。」

 態度は砕けているが、目の奥を光らせた秦右衛門がそう言いながら乃華を射抜く。

 乃華はあまりの威圧に黙り込んで固まってしまう。



「・・・菊の助も秦右衛門も度が過ぎるんだよ・・・案内人にそう思わせた言動は慎むべきだ・・・。」

 張りつめた空気を一瞬で断ち切ったのは、応接間の違和感だった女性だった。


 女性は静かにお酒を飲みながら目を閉じたまま、そう菊の助達の言動を注意した。


「・・・まぁ、たしかに佐乃の言うとおりだな・・・嬢ちゃん、すまなかったな・・・。」

 自分達を諭した佐乃という女性を一度見てから、菊の助は乃華に視線を戻して、深く頭を下げる。


「・・・確かに・・・申し訳ない・・・。」

 菊の助が頭を下げると、即座に服装や姿勢を整えて、秦右衛門が乃華に土下座をして詫びた。


「・・・えぇっ?!・・・えええええええっ・・・。」

 二人の行動に呆気にとられる乃華。


「・・・・・・。」

 二人の行動に呆気にとられながらもどこか胸が高鳴る善朗。


「・・・乃華ちゃんだっけ?・・・この二人の悪ふざけは私からも謝るよ・・・それより、善文君の話に戻っても良いかい?・・・急ぎなんだろ?」

 佐乃という女性が話を戻すように先導する。


「・・・えぇっ・・・えぇ、すみません・・・。」

 乃華はそういうとちょこんと善朗の隣に座りなおした。


「・・・・・・それにしても、うちに手を出そうっていうのはいい度胸だ・・・俺が行って、たたっ斬ってやりてぇところだが・・・そうもいかねぇなぁ・・・。」

 菊の助はそういうと勢い良く立ち上がり、自分の後ろに飾ってある刀に近付く。




「善朗っ、こっちにこいっ。」

 菊の助は青年の姿になって、応接間の奥に飾ってあった一本の刀を取り、善朗を呼びつけた。




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