第10話 むせび泣く子供達の声が耳にこびり付く闇に胸をえぐられる夜



「うぅぅぅぅ・・・」

「えぐえぐっ・・・うぇぇぇん・・・」



 街路灯の消えた夜道。

 なぜだか、暗い異様な男の周りから幼い子供の泣き声が響いてくる。


 異様な男は、黒いレインコート着て、フードで顔を隠している。レインコートの下には黒いトレーナーを着て、下にはそこかしこ破れているダメージジーンズ、黒い皮製のコンバットブーツがなんとも印象的だった。フードの中から少し男の髪が見える。湿り気の多いネットリとした茶色い前髪。ヌメリと垂れ下がった両手には軍手をしているが、指先を切って生身の指が出ていた。



「・・・良いメロディだろ?・・・俺のお気に入りなんだ・・・。」

「ッ?!」

 男がそう言いながら、レインコートの右側の内側を善朗達に見えるようにめくるとその中身に善朗達は戦慄した。


 泣いている。

 子供の形をした人形が涙を流して泣いている。

 何体ものオビタダしい人形がレインコートの内側に吊るされている。


 そう、全ての人形の首にロープに見立てた紐が巻きつけられていて、吊るし首にしたような状態だった。びっしりとレインコートの右の内側を埋め尽くす首吊り人形。闇の中に男の白い鋭い八重歯が浮かび上がる。


「・・・特にこいつなんて、良い声で泣くんだ・・・。」

 男が人形の一つを優しく触りながら恍惚こうこつとした表情を浮かべる。


「・・・・・・。」

 善朗達はその異様な光景に目を奪われ、何も出来なかった。

 誰一人として、その場を動けずに男のする自慰行為を見ているしかなかった。



「・・・あいつも俺のコレクションにするんだぁ・・・。」

 男はレインコートのフードを脱いで善朗達に顔を見せる。


 茶色いニット帽を被り、はみ出した髪は無造作に流されている。後ろ髪は肩ぐらいまで伸びているが、手入れされていないのかゴワゴワだった。男の黒い豆粒のような黒目がぎらつく。白目には充血が見られ、白目を覆い尽くさんばかりの血管が離れた所からでも見えるような気がする。頬は異様に痩せこけて、唇は異様に紅い。肌は青白く、悪霊でなければ吸血鬼のような見た目をしていた。



「・・・あいつ?・・・。」

 全員金縛りにかかって口も聞けない状況の中、善朗だけが口を開く。



「・・・・・・お前も見ただろ?・・・葬式で虚ろな目をしてるガキ・・・。」

 男が語るアイツは、どう見ても善文のことのように聞こえる。


「・・・その子に・・・何をする気だ?・・・」

 金縛りが解けた善朗が拳に力を入れる。


「・・・ふひひっ・・・どうしてほしい?」

 男はレインコートの脇にある両ポケットにそれぞれ手を突っ込み、顔を突き出して笑う。



「だめですっ!」

「ッ?!」

 善朗が男の挑発により、殴りかかろうとしたことを予測していたかのように乃華が大きな声を出して、善朗を制止した。



「・・・ふひひっ・・・案内人も一緒なのか・・・面白い組み合わせだな・・・。」

 男は猫背を強調させて、下から覗き込むように善朗と乃華を見る。


「・・・善朗さん、今は我慢して下さい・・・。」

 乃華は善朗の右腕をしっかりと掴みながら真剣な目で善朗を見る。


「・・・・・・。」

 善朗は奥歯に力を目一杯入れた状態で乃華を見返す。


「・・・ふひひっ・・・案内人は干渉できない・・・目印につけて置いた邪念が消えたから様子を見に来ただけだ・・・安心しろ・・・今日のところは引いてやる・・・俺には俺のやり方がある・・・。」

 男はそう言うと善朗達に平然と背中を見せて、夜の闇に消えていく。



「おいっ、待てよッ!」

 善朗は我慢出来ずに、怒りを声に乗せて、言葉で男を殴る。



「・・・・・・。」

 男は横顔で善朗を見て黙ってニヤケる。


「・・・させない・・・弟は・・・善文は、俺が守るっ!」

 力強い口調で男に善朗が宣言した。


「・・・ふひひっ・・・そうか、弟だったのか・・・ふひひっ・・・いいねぇ~、それなら兄弟まとめて吊るしてやる・・・ふひひひひっ・・・。」

 男はそう言い残して、夜の闇へと消えて行った。




「ヒソヒソヒソヒソッ」




 男が消えると、暗い闇が支配しているはずの夜道が街路灯で明るい事に気付く。そして、善朗の葬儀に参列していた人達が、善朗を・・・いや、冥と美々子だけを遠目で眺めながら冷ややかな目で見て通り過ぎていっていた。


「・・・うっ・・・。」

その余りの視線に恥ずかしさを隠せない冥。


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 恥ずかしがる姉を尻目に今はもう隠す事無く、美々子がジッと善朗を見ていた。

 善朗はそんな美々子に優しく微笑む。


 そうすると美々子も笑顔でそれに答える。


 美々子は初めて善朗と目が合った時、当然見えていた。しかし、生きた人間が死んだ人間に無闇に関心を寄せてはいけないという教えを美々子は健気に守っていたのだろう。そして、今は善朗が安全な存在だと認識した少女がその暖かな眼差しを隠す事無く善朗に向けている。


 少女の温かな心とは裏腹に善朗の心は締め付けられるような思いがした。


 少女の行動とその瞳が、善朗の死を直視させる。



(・・・あぁ、やっぱり俺は死んだんだな・・・。)



 表面に被った笑顔と言う仮面の下で善朗はどこか夢なんじゃないかと思っていた現実で胸をえぐられていた。死んで異世界にいけると願っていた自分がどうしようもなく悲しく思えた。



「善朗っ。」

 のぶえが心配そうな顔で善朗に声を掛ける。



 そして、自分が泣いている事にその時ようやく気付けた。







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