第8話 シックスセンスって言うけれど、こんな状態でもあるかどうかなんて定かではありません



 焼香をあげて、家族に頭を下げる参列者に一回一回丁寧に頭を下げる両親。

 父は普通のサラリーマン。特段なにもなく、課長として日々を忙しく働いていた。


 母は涙を流しながら頭を下げている。母はママさんバレーに汗を流すパワフルな母だった。

 料理もほどよくうまく、父も早く帰れるときは家族で一緒に良く食卓を囲んでいた。


 祖父は囲碁が大好きな寡黙な人で、祖母は良く友達と旅行に出かけては歳の割りにスマホを使いこなして、旅行先の写真を大量に送りつけてくる。


 何事もなければ、そんなありふれた幸せな2世帯家族の姿がそこにはあった。


 善朗の弟善文は小さな時は兄の後ろをこれでもかとついて来る寂しがり屋で、相手にしないと母親に良く泣きついていて、そのときは良く理不尽に母親に怒られていた。そんな弟の姿が善朗の視界に入る。



「・・・ッ?!・・・」

 善朗は弟の姿を見て、胸が張り裂けそうになる。



 目は虚ろで、目の下に薄くクマが出来ていた。善朗の死を自分の責任と思いつめているのだろう。他の家族がお辞儀をする中、床をジッと見つめる弟を両親もわざと気にしないようにしていた。


(・・・善文・・・っ。)

 善朗は両手を強く強く握り込み、あの時、足を滑らせてしまった自分を深く後悔した。



「だめですッ!」

 乃華が善朗の様子に気付いて、大声を出して善朗の肩を強く掴む。



「・・・ぐぅぅっ・・・。」

 乃華の声にも答えられず、必死に自分の感情を押さえ込む善朗。


「善朗さん、残念ですが、死んだ貴方にはもう何も出来ないんです・・・弟さんは自分で乗り越えるしかないんですよっ。」

 最悪の状態にならないように乃華が必死に善朗に諭す。



「・・・善朗・・・本当に・・・ごめんねぇ・・・。」

「ッ?!」

 のぶえが善朗を見て、泣きながら謝る。その姿に善朗はやっと正気を取り戻した。



「・・・すいません・・・乃華さん・・・でも、何かやれることは・・・ないんですか?」

 正気に戻った善朗は乃華に悔しく切ない顔で問う。


「・・・見た感じ、善文さんには霊感はないので・・・こちらから何かすることは本当に何も無いんです・・・善朗さんがただ一つできることは・・・迷わずに成仏する事しか・・・。」

 乃華は善朗に真剣にそう答える。


「・・・・・・。」

 乃華の真剣な眼差しに善朗も悲しさだけが膨らんでいく。


 善朗は思う。

 のぶえさんがついてきてくれたことにこれほど救われた事はないと・・・。


 今、善朗の中に膨らむ感情が抑えられなければ、乃華が言っていたような自縛霊や浮遊霊になってしまっていただろう。しかし、のぶえがそんな善朗を気にかけたことで、善朗の中に菊の助達の顔が横切る。


(・・・俺がこんなことじゃ・・・善文だけじゃなく、のぶえさん達も悲しませてしまう・・・。万一、俺が迷って、のぶえさんまで・・・そんな事をしたら、菊の助さん達に・・・吾朗さんに申し訳ない・・・。)

 善朗は周りの人の本当に暖かい支え(縁)に守られていると実感した。



「・・・ん?・・・」

 周りの人に感謝する善朗の背中が一瞬ゾワッとした。



「・・・・・・。」

 善朗の目線が導かれるように、自然と善文の方に流れる。


「・・・乃華さん・・・あれは?」

 善朗が善文の方を見たとき、不思議な黒いモヤが善文の左肩にあるのが見えた。

 善朗はその黒いモヤを指差して乃華に尋ねる。


「・・・えっ・・・あぁっ・・・あれは・・・その・・・。」

 善朗の指先に導かれて、乃華が黒いモヤを見ると、乃華の目が泳ぎ出した。


「ちょっ・・・乃華さん・・・どうしたんです?」

 どもる乃華の様子に違和感がした善朗が乃華に詰め寄る。


「・・・いや・・・あれは・・・そのぉ~・・・なんというか・・・。」

 乃華はバツが悪いのか泳いだ目線を善朗から外して目を合わせようとしない。



「ちょっと、乃華さん。あなっ・・・ッ?!」

 善朗が逃げる乃華にいよいよ迫ろうとした時だった。



「・・・・・・。」

 さっきの女の子が善朗達をすり抜けて焼香をしに行く。



 女の子は黙って歩き、焼香をして、丁寧に家族に一礼をする。

 そこまでなら、なんら変わりの無い葬儀の一幕だった。

 しかし、その女の子はそのまま帰らず、善文の前で立ち止まり、




〔パンッ!〕




「ッ?!」

 会場のお坊さんも含めた全員が、少女のカシワデに驚き、一瞬静まり返った。


 そのカシワデはあまりにも澄んで会場を響き渡り、善朗達には強い風が一瞬吹いたように思えた。一瞬静まり返って、一同の目線が少女に集中するが、少女が丁寧なお辞儀をすると、お坊さんがお経を改めて唱え出し、少しざわつきが残ったが、会場も元通りになった。


「・・・美々子ちゃん?」

 虚ろだった善文が少女のカシワデで正気に戻ったのか、不思議そうな目で少女を見る。


「・・・善文君・・・元気出さないとお兄ちゃんが悲しそうにしてるよ・・・元気にまた学校に来て、一緒に遊ぼうっ。」

 美々子はそう言いながらニコリと微笑んだ。


「・・・・・・うん。」

 善文は美々子の言葉に少し元気が出たのか、困惑した表情だが美々子に頷いて答えた。


 善文が少し元気を取り戻したのを確認すると美々子はニコニコと会場を後にする。


「・・・・・・あっ?!」

 そんな会場の一連の様子を口を開けたまま眺めていた善朗。


 そんな善朗の目に例の黒いモヤがいつの間にか善文から離れて、ふらふらと浮遊して会場から出て行くのが見えた。




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