第5話

 パチンコって暇だな。こんなのに皆一万円とか突っ込むのか。「100」あったカウントも気づけば残り「25」だ。音とランプで教えてくれるって聞いてたのに一回も来ないし。俺は座ってハンドルを捻り、数字が回転するのをただ見てるだけだ。何が面白いんだ?

 稲葉さんも目が死んでる。画面の数字をボーッと見ているその姿は人形みたいだ。容姿が綺麗だから尚の事そう見える。

 そう言えばこのカウントってどういう意味なんだろ。一万円入れて「100」だったから、千円で「10」カウントか。てことはいま七十五減ってるから七千五百円使ったって事か。マジかよおい。

「稲葉さん。全然来ないんですけど」

「あ? そういうもんだ」

 そういうものらしい。本当かよ。

 ふと上の方に目を向けてみると、三百十九分の一と書いてあった。なんだこれ。もしかしてこれが当たる確率か? だとしたら絶対来ないじゃん。あ、でももしかしたらくじは引いたら戻さない的な奴かも。

 稲葉さんに聞いてみた。返答は「引いたら戻す」だった。つまり毎回三百十九分の一を引かなければならないという事。嘘だろ……。

 これは来ないわ。はいはい。まあ金が跳んでくだけの面白くない遊びってのが分かっただけでも収穫かな。あ、ヘソにまた一発入りそうだ。

「ポキュゥン!」

「うぉっ⁉」

 び、びっくりしたぁ。なんだ今の音は。甲高い電子音が爆音で鳴った。え、壊れた?

「あ。先バレ来たじゃん。いいなあ。先バレ来たからって当たるわけじゃないけど、来ないとそもそも話にならないんだよなー」

 あ。これが稲葉さんの言ってた奴か。にしても音が大きすぎる。心臓に悪いから来るなら前もって来るって言っといて欲しい。

「でもこれが来たからって当たるわけじゃないんですね」

「チャンスってだけだからなあ。まあ期待はしていいと思う」

「へー。そうなんですね」

 なんだチャンスかあ。じゃあないだろうな。

 とか言ってたら「5」が二つ揃った。二つ揃うことは何度もあったけど、今まで全部なんもなく外してるから、これも来ないんだろうなあ。

 いや、真ん中が数字じゃないぞ。

「お。疑似連来たな。もっかいくればまあまあって感じだ」

「なるほど」

 とか言ってたらもう三回目だ。更に、気づけば真ん中にあった髪飾りみたいなマークが棘のついた球に変わっている。あれなんだっけ、モーニングスターって言うんだったか。人気のキャラが持ってた奴だ。

「「あっ」」

 いきなり画面が変わった。アニメのヒロインが涙目で微笑みかけてくるシーンだ。びっくりして俺と稲葉さんの声が被った。

「これはワンチャンあるで!」

「え⁉ マジですか‼」

 遂に、遂にか! マジかやばいやばい手震えてきた。

「いやでもこっから外れることもあるから、油断するなよ」

「わ、分かりました!」

 画面がアニメのバトルシーンに変わる。多分敵に勝てばいいんだろう。アニメでは勝ってたし、こっちでも勝ってくれ! 

 そして勝敗が決するような一撃が出る前のタイミングでアニメが止まり、ボタンの表示が出る。

「ボタン押せ!」

「はい!」

「「イッケェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!」」

 ありったけの思いを込めて、俺はボタンを押した。

 目の前にはレインボーが広がり、タイトルロゴが落ちて気持ちいい音がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

「当たった! 当たったぞオイ!」

 なんだなんなんだこの気持ちいい電子音は! 

「ヨッシャア!」 

「待て。まだだ。まだ終わってない、こっからが本番だ。千五百発か三千発プラスラッシュのどっちかを引くことになるが、三千引かなきゃこれで終わりだ」 

「来い!」

 画面が金色と暗い紫の二つの色に分かれる。そしてそれが互いに押し合っている。このまま画面が金色になれば勝ちってことだろう。マジで金来い!


「金だ! 金だ!」

 金が来た! 当たった! 三千の方だろこれ!

「うわマジか! おめでとう! いいなー」

「え。でもこれこのあとどうすればいいんですか?」

「当たったんだから、ハンドル命一杯回して右打ちするんだよ! あと球溜まってきたら抜くの忘れんなよ」

 言われた通り右側に向かって打っていると、球はずっとパカパカしているところに入っていく。そして一発はいるごとに球が何倍にもなって出てくるのだ。驚異的な速さで球が増えていくこの光景は圧巻ですわ。

「あとはラッシュ続けさせるだけだ。終わるまでずっと右打ちで良いぞ」

「はい!」

「さて、あたしもサクッと当てますか!」

 稲葉さんは自分の台に集中し始めた。俺もそのラッシュって奴が出来るように頑張ろう。何を頑張ればいいのか分からないけど。

 三千発出切ってから、俺は何度も数字がそろうのを見た。「111」、「888」「555」とバンバン揃っていき、そのたびに千五百発か三百発のどちらかが貰えた。更に一回、三百発と思っていたものが、ゼロがもう一個ついて三千発になるという演出があった。一々聴覚と視覚が気持ち良すぎる。

 こんな調子で、俺のゴールデンタイムは永遠にも感じる程長く続いた。


「こんな増えるんですね。パチンコって」

 両手に十二枚の諭吉を持って、俺はニヤニヤが止まらなかった。実に十二倍になったんだからな。

 当たりが終わった後、俺は球を交換してもらって、稲葉さんは喫煙所で煙草を吸うと言うのでそれに付き添っていた。

「そうなんだよ。いやー、勝った時に吸うヤニがいっちゃんうめぇわ」

 俺が当たったすぐあと、台を変えた稲葉さんも当たりを引いた。二人とも勝ったのだ。

「今日は景気がいいや。タク、飯奢ってやるよ。今の時間からだと居酒屋だな」

「マジですか⁉ やった」

「おうよ! おっしゃ、今日は飲むぞー!」

 多分飲みたいだけだなこれ。いや待て、稲葉さん原付じゃね?

「原付どうするんですか?」

「んなもん押して帰ったらいいんだよ。おら、行くったら行くぞ!」

 本当に大丈夫なのか? まあ本人が言うなら良いんだろう。

 稲葉さんはタバコの火を消し、ヘルメットを被って原付を取りに行った。俺も稲葉さんについて行く。相当スッキリしたのだろう、稲葉さんの足取りは空も飛べそうなくらい軽い。スキップまでしている。かく言う俺も同じような感じだが。

「ついて来いよ。おいてくぞ!」

 稲葉さんは原付に跨ってエンジンをかけた。もう出発する気満々だ。

「待ってくださいよ」

 俺が原付に跨ったのを見ると、稲葉さんは原付を走らせ始めた。せっかちだな、もう少し待ってくれてもいいのに。まあ俺は今もう何も気にならないくらい幸せだからなんでもいいや。


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