AM7:38の窓

教室の黒板の上に掛けられた時計を見る。

7:37

秒針はちょうど45秒のところを通過した。

私は瞬きしないように時計を見る。

秒針が12の数字と重なる。

7:38

私は窓の方を見た。

一拍置いて、窓の外を人影が通過する。

上から下へ、頭を下にして、顔をこちらへ向けたまま。


あれは文化祭の一週間前、普段朝練とは無縁の文化部の私は出し物の準備のため、朝早くから学校へ来ていた。

7:38

今何時だろうと見上げた教室の時計の針はその時刻を指していた。

それから何となく窓の方を見た。

その時、さっと窓の外を人影が通過した。

セーラー服を着た女子生徒。

誰かが屋上から飛び降りたのだと思った。

駆け寄って窓を開き、下のグラウンドを覗き込む。

そこには何もなかった。

教室を出てグラウンドへ降りる。

自分のいた教室、2年3組の窓がどこなのか見上げながら、その下あたりに何か落ちていないか探したが、何もなかった。

見間違いだったのだろうか、そう思いつつ気になって翌日同じ時刻に教室へ来た。

窓の前に陣取る。

7:38

その時刻にやはり人影は上から下へと窓の外を通過していった。

昨日と同じ、セーラー服の女の子。


決まった時刻に屋上から飛び降りる人影が窓から見える。

いかにも学校の怪談にありそうな話だ。

普通なら、いじめられて自殺した女子生徒の霊が、みたいな話になるのだろう。

しかし、この学校は数年前近隣の3つの村が合併して1つの町になった際に建てられたもので、ここで自殺した生徒などいない。

そもそも、うちの制服は男女ともにブレザータイプでセーラー服ではない。

屋上は常に鍵がかかっており、生徒が立ち入ることはできないようになっている。

決まった時間に窓の外を落ちていくあの子が誰なのか俄然気になった。


7:38 に窓の前に立つのが習慣になった。

落ちていく彼女から何か身元を割り出すヒントを得られるのではないかと、毎日見ていた。

一度スマホで撮影してみたが、録画された映像に彼女は映らなかった。

何度か見るうち気がついたことがある。

彼女のセーラー服には胸ポケットがあるのだが、そこに名札がついているのだ。

名前がわかれば彼女がどこの誰なのかはっきりするかもしれない。

ただ、彼女が窓の外を通過するのは1秒にも満たない時間なので、そこに書かれた文字を判別するのは難しかった。

毎日毎日落ちてくる彼女の名札を目を皿のようにして見つめ、そして何度かの後「田中」という文字が書いてあることがわかった。

そうか彼女の名前は「田中」というのか、と思ったところで違和感を覚える。

彼女は逆さまに落ちてくるのだから、当然名札も逆さまになっている。

私はカバンからノートを引っ張り出すと、そこに「田中」と書いてノートの上下をひっくり返した。

「中田」、彼女の名札には「中田」と書いてあるのだ。

同学年に中田という生徒がいた。中田という中年教師もいる。

ここから何かわかるかもしれない。

私はどんな真相が明らかになるのかと心を躍らせた。



結論から言うと、何も分からなかった。

同学年の中田に姉妹はおらず、中田先生には高校生の娘がいたが健在だった。


7:38

今日も彼女は窓の外を落ちていく。

私はぼんやり眺めていた。

中田という名前以外何もわからないセーラー服の女子生徒。

一瞬目があった彼女は優しく微笑んだ気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る