九坂

きぃちゃんの窓

右手の人差し指と左手の人差し指をくっつけて、

右手の親指と左手の親指をくっつける。

そうするときぃちゃんの窓ができる。


人差し指と親指でできた輪っかの中を覗き込むと、いつもきぃちゃんがいるから「きぃちゃんの窓」と呼んでいる。

きぃちゃんの存在に気がついたのは小学校低学年の時だったと思う。

何となく指で作った輪っかの中を覗き込んだら、そこにきぃちゃんがいた。

きぃちゃんという名前は私が付けたが、なぜそんな名前にしたのかは覚えていない。

きぃちゃんは5、6歳くらいの女の子で長い黒髪を三つ編みにして花模様のワンピースを着ている。

そしていつもこちらを見てニコニコしている。

私が中学生になった今もきぃちゃんは変わらずそこにいて、最初に出会った姿のままニコニコしている。

私は悲しいことがあった時や辛いことがあった時、窓越しのきぃちゃんに話を聞いてもらうのが習慣になっていた。

私が話始めるときぃちゃんは窓を挟んで私のすぐそばまで来て、黙って私の話に耳を傾けてくれるのだ。

きぃちゃんが言葉を発するのを聞いたことはない。

私の言葉も理解できているかは分からない。

今の私はきぃちゃんが人ではないということをわかっている。

あまり窓を頻繁に覗き込まない方が良い気もしている。

それでも、窓を覗けばいつもそこにいるきぃちゃんに親しみを覚えていた。


その日、私がきぃちゃんの窓を覗いていると、母が部屋に入ってきた。

指で作った輪っかの向こう側に母と母の方を振り返るきぃちゃんがいる。

きぃちゃんはきぃちゃんの窓を通してしか見ることができないので、母はきぃちゃんに気がついていない。

きぃちゃんは母に興味を持っている様子だった。

私は気になってそのまま覗いていた。

きぃちゃんがパタパタと母に駆け寄った。

何か良くないことが起こるのではないかと、一瞬そんな思いがよぎった。

きぃちゃんは私の心配をよそに母を見上げると、口をパクパクさせた。

何かを話しているという感じではなく、ちょうど池の鯉に餌をやった時、

鯉が水面から口を出してパクパクするみたいに、

母を見上げて口を開いたり閉じたりしている。

それは母がきぃちゃんの窓に収まっている間ずっと続いた。


その後、何度か色々な人に同じことをして、窓の中に他の人が入ると、きぃちゃんは必ずその人のそばに行って口をパクパクさせることがわかった。


私には試してみたいことがあった。

きぃちゃんは窓の向こう側にしか現れないので、私ときぃちゃんは必ず窓で隔てられている。

だが、窓の中に入った人のそばにきぃちゃんが寄っていくこの奇妙な性質を利用すれば私の隣にきぃちゃんが来てくれるかもしれないと考えていた。


夜、家族が寝静まった後、私はスマホのインカメラを起動して、机の上の本棚に立てかける。

きぃちゃんの窓を作ってカメラのレンズに近づけた。

スマホの画面に映った指窓の中に私の顔が収まっている。

その状態で暫く待つと、画面の上の私の顔の横にきぃちゃんの顔が割り込んできた。

きぃちゃんと私が一緒に映っている。

窓越しにしか会えないと思っていたきぃちゃんが私の隣にいる。

私は少し嬉しくなった。

きぃちゃんは私の方を見ていた。

私の耳元にきぃちゃんの口がある。

きぃちゃんは口をパクパクさせた。

私は耳元で空気の揺らめきを感じた。

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