八寒地獄内部

 王様はヘイムダルから何かを伝えられ、苦い顔をした。


 「これが最後だ…、この件には禁忌の者達が動いておる。もし、その者達が出てきた場合、おぬしたちは身を守ることに徹するのだ…。」


 禁忌の者達は常世への侵攻とある者の復活を望んでおり、それを阻害しようとしている今回の計画は面白くないであろう…ということであった。


 「田村丸、ホルス、マードック、今より全ての武器防具の使用を許可する!」


 王様は軍隊長の様に威厳がある声で三人の従者達へ武装の命を出した。

 

田村丸たちは、王の前に跪き、拝受した。


 田村丸は全身に纏った武者鎧を大きくたたいた。刀その衝撃でカタカタと音を鳴らし、背負った身長ほどある弓と矢筒も音を鳴らした。


 マードックは全身を黒く染め上げたような鎧を纏っている。そして、ドーベルマンを模した兜を被ることで外から見ると、人面犬ではなく黒鉄でできたドーベルマンそのものであった。


 ホルスだけは何も変わらなかった…。本当に何も変わらず…、ただマントのついた上着を着たけである…。


 「門外に凍馬の馬車を待たせておる。皆、武運を祈る…。」


 王様は自分も本当は行きたいという感情を押し殺しながら私たちを見送った…。


 王様の複雑な表情は、私たちに対してなのか…、罪人に対してなのか…それは王様にしかわからない。


———— 凍れる大地の城門前


 城門の前にはヘイムダルの詰所前に凍馬の馬車が用意しあった。そして、ヘイムダルが私たちの後を追うように歩いてきた。


 全てのことを見通しているようなその兜の目に見つめられると私は心の中にあった漠然とした不安を打ち明けていた。


 「ヘイムダルさん…。私は…力になれるのでしょうか…。日出と千暁さんは強い力を持っている…しかし、私には…。」

 「役に立とうなんて、考えるのが間違っているんだ…。お主は見るのだ…見るだけで良いのだ…。」

 「しかし…。」

 「ふむ…。兜を被れ…、そして見よ…、裏切らん…。」


 ヘイムダルは目で訴えかけてくる…。目は口ほどに物を言う、兜のたかが紋様と思っていたが、それは本当の目の様に私に訴えかけてきた。


 私は漠然とした不安が拭いさられる事は無かったが、気が楽になった。


 馬車に乗り込み、ヘイムダルに軽く頭を下げ、私たちはコキュートスへ向かった…。


 ここは凍れる大地…、生命を奪い尽くす様なその寒さは独自の生態系を作り出し美しい、馬車に揺られながら見るその景色は来た時より輝いて見えた。


 戦地に赴く兵士達は何を考えるのだろう…、私と同じ様に景色を見て何を思うのだろうか…、そんな事が頭の中でぐるぐると思考され不安をどうにかして取り除こうと奮起している。


 「皆様、まもなくつきますよ。」


 ホルスが指差した先には鬼が大きく口を開けているかの様な洞窟が見えてきた。

 外から見るとおどろおどろしく、その中に入ったが最後でられないと言ったような印象を受ける。


 「一層と二層まではそんなに緊張する必要はないですよ。」


 ホルスは私たちの硬い表情を見て、ほぐそうと冗談を言ってくれたようだ。

 私達は愛想笑いをして、目の前にある地獄の入り口を眺めた…。


 「つきました…。」

 馬車を地獄の入り口に停め、中に入ろうとした時少しの違和感を持った。


 馬車を停めた場所には駐車場のような区分けの線が引かれており、地獄の入り口までの動線がやけに綺麗に整理されている。


 「皆、避難した様ですね…、私達は関係者入口から入りましょう。これがパスです。」

 「関係者入口ですか…?パス…?」


 私は言葉を聞き間違えたのかとホルスに再度聞き直したが、関係者入口であっていた。


 ホルスは私たちに王様の顔が描かれた、アストラル体を薄く伸ばしたような板を渡された。


 なるほど…、深部に行くには関係者パスがいるのかと自ら納得して、地獄の中に入って行った。


 しかし、そうではなかった、本当に読んで字の如く、関係者パスであった…。このコキュートスと八寒地獄は観光名所となっているのだ…。


 第一層、第二層見学ツアー、コキュートスの美味しい水などというグッズまで販売されている…。まるで常世の映画館の入り口の様だ…。


 ホルスが言っていた、第二層までは緊張する必要がないとは本当にそうだったのだ…。


 「ホルスさん…、ここって観光名所になっているんですね…。」

 「はい…そうなのですよ…。この凍れる大地ってずっと同じ景色が続くでしょ…。しかも、動物も植物も少ないじゃないですか…、ここと城くらいしか見るとこ無いのですよ。しかし、王様はそれを逆に強みにしてここを…」


 ホルスは切実そうに私たちに訴えかけた…、そしてまた王様への賛辞が止まらない…。

 王様も困っているんだろうなと遠い目でホルスを見返した…。


 地獄沙汰も金次第…この光景を見た常世の人間が作った言葉なのかもしれないなと感慨深い気持ちになった。


 ホルスに案内されるまま着いていくと、河が流れる場所に着いた。


 この河がコキュートスなのであろう、罪人が深部に流れ込む河の中を下っているのがよく見える…。


 「ちょうど罪人が罪を清めていますね。あれは常世で悪さをして、死後この場所に送られた人ですね…。」


 地獄のプロセスは常世に伝わっている通りなのだと実際の光景を見て感心した。


 その河を下っている人間は罪が洗い流されたのか早々に陸に上がった様であった。しかし、陸に上がったその男を襲う惨事には目を瞑りたくなる…。


 アストラル体といえど一定の不快は感じる…、常世での肉体は許容できない不快感の場合は気絶などの方法でアストラル体を守ろうとするが、むき出しのアストラル体では気絶もできない…。そのため、その不快感が常に襲いくる。肌が寒さで裂ける…その不快感が永遠と続くのであろう…この場所では。


 「ここでは罪人は何か奉仕活動で贖罪をさせられるのですか?」

 「いえ、見ての通り、罪人は河から上がり放置されます。ただただ、赦されるその日まで自分の階層を彷徨い歩くだけです…。」


 聞いているだけでその辛さが理解できる…。今は見ているだけだが、自分ももしかするとあの立場になるのでは無いかという恐怖が身を震えあがらせる。


 しかし、そんな事はお構いなしで、日出と千暁はアトラクションとして楽しんでいる様だ。先程までの緊張の糸はどうなったんだと言うくらいの変わり様に、私が驚きを隠せなかった。


 これもホルスがうまく二人の緊張をほぐしてくれたのであろうと思う事にした。

 

 「さて、深部に潜りましょうか。」


 ホルスは先程までの観光気分と言っていた顔とは打って変わり、鋭い目つきで河の流れ着く先の方を見ている。

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