神殺しの罪人
王様は重い口を再び開いた。その表情からはあまり話したくない内容であることが伺える。
「奴は私の弟分のような奴でな。しかし、皆からは嫌われておった…。嘘つき、お調子者など言われて、出る杭は打たれるのだ…。」
王様はどこか寂しそうであった…。
その表情から、その者とは良き関係性であったのであろう事が窺い知れる…。そして、その者の犯した罪の大きさも…。
「奴とは色んなところに旅をしたのだ…日本も…。私が悪魔として貶められた時や魔王として恐れられた時もよく私をその持ち前の性格で労ってくれたのだ。」
王様は溢れ出す思い出を語られずにはいなかったようだ。
「話が長くなってしまったな…。罪人の名はロキ…、トリックスター…。日本においては、鞍馬山僧正坊…鞍馬天狗と呼ばれておった…。そして、この国の王でもあった…。」
罪人もまた神であった…、神殺しをしたと言う神…常世でもその名を知らないものはいないであろう…。
「神を殺せと…言うのですね。」
「あぁ…。他の国の王にはもう許可を取ってある。神であろうと罪人は罪人だ…、誰も反対はしなかったよ…。」
王様は誰かに反対して欲しかった、そう言わんばかりの顔つきで必死に堪えているのだ。
自国の住民を守るための王の責務…、それは兄弟同様の者を葬るという残酷な現実すらやり遂げなければならないのだ。
王たる資格とは何なのだろうと考えさせられる。
「相手も神だ…これを使ってくれ…。これを奴の胸に突き立ててくれ…。」
王様は私たちに一本のヤドリギの若枝を手渡した。
そして、王様は私たちを鼓舞した…。どこかその鼓舞は悲しげであり、関わりきれない自分への戒めであるように聞こえた。
「すまぬ…客人たち、いや、東雲殿、日出殿、千暁殿。」
王様は私たちに深く頭を下げた。全てを客人に委ねるその罪を…従者達に見せつけるように、深く深く頭を下げている。
「王様…ちょっと不安な事がありまして。この、なんといいますか、レメゲトンを一度実演させて貰えないでしょうか?」
「構わない…、やってみよ。」
日出はそのレメゲトンに記載された文字を読み上げている。日本語ではなく、ラテン語に近いその呪文は3分ほど続いた…。
呪文を唱え終えた後、王様の中心から光が溢れ出した。
その光を見た王様はやれやれと言った様子で、日出を見つめた。
すると日出は誰かと話しているようにレメゲトンに話しかけ始めた。
「我が召喚に答えよ…大魔王バアルよ。其方の力を貸してもらいたい。」
必死でレメゲトンに話しかけているが、一向に召喚されない。それもそのはずだ…もう目の前にいるのだから、召喚するもクソも無いのだ。
「バアルよ、我が問いに答えよ。」
「お主は…本気なのか?」
「王様、一度だけ先っぽだけでもいいのでお願いします。」
王様は大きくため息をついた。その直後、レメゲトンから声が溢れ出してきた。
汝の要望に応えよう…、レメゲトンから王様の声で返事があった。
目の前にいる王様は体の中央から湧き出る光に指一本だけを入れたと思ったらレメゲトンから王様の指が一本だけ生えてきた。
これが召喚という事なのであろう。魔法陣から召喚するのではなく、本自体から出てくるとは誰も想像していなかった。
「王様、王様、早く帰ってください。力が吸い取られていく、いく…んです。」
「これに懲りたら分相応に使ってくれよ…。」
王様は日出に対して少し呆れた様子で言い放った。
日出も反省したようで、アストラル体の回復を待っていた…。
分相応…、本当にその通りだ…、しかしここで試しておいて良かったと私は思ってしまった…。
日出の事だ…罪人との戦いになった場合、爵位の高い悪魔や強力な精霊を呼ぶ可能性も考えられる、これは良い薬になっただろうと私は横で頷いていた。
「王様、私からも質問なのですが、私でも力になれるのでしょうか…。私…女性ですし…筋肉なんかも…。」
「常世の理に縛られれば、そう思うのも無理はなかろう。しかし、お主は嵐の様に力強いアストラル体を持っておる。その力を押し付けられ、耐えうるアストラル体の方が少ないであろう。一度試してみるが良い。」
王様は従者に先程下げさした鎧を持ってくる様に命令した。
その鎧は竜の鱗のようなアストラル体の結晶が折り重なったような鎧であり、誰が見てもその堅牢さを認めるところであろう。
「おぬしが今思い浮かべる強い者を頭に想像しながら、その大斧で叩きつけてみよ。」
「はい!強い…強い…お母さん!」
千暁は強い者にお母さんという選択肢を取ったのだ…。
私は強いの今を違えているぞ、とツッコミたくなったが目の前の光景に腰を抜かしてしまった。
まるで大地震の様に大地面が揺れ、鎧があった場所にはアストラル体の粒子が漂っていた…。
そしてそこにあったはずの鎧は全くなくなり、クレーターのような衝撃後だけがそこには残されていた。
その傍には喜び飛び跳ねる千暁がいた…、千暁のアストラル体に千暁のお母さんが見えたのは私だけではないはずだ…。
「あぁ、素晴らしい威力だ。申し分ない。これの威力であれば私にも届きうるな。」
それは神殺しになれる力があるという事の裏返しであったが、私は聞かなかった事にした…。当の本人である千暁はまったく聞いていなかったのだから。
「千暁ちゃん、ちょっとお母さんが出ちゃってるから…。こう、強そうな動物とかに次はしようか…。」
日出は居ても立っても居られないようすでオブラートに包んだツッコミを入れていた。
よくやった日出と、今すぐ近寄って言ってやりたかった…。
「各々の力はわかったであろう。お主らは強い、しかし相手も強い…、本当に危険だと思ったら、迷わず帰ってくるのだ…。従者達にも、そう言ってある。」
王様は私たちのことを心配してくれている様である…。そして、従者達のこともしっかりと考えている。
これが皆から慕われる王たる所以なのであろう。
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