幽世の違和感
コンシェルジュの言うように海外に行ってしまった場合、千暁を幽世に慣らタイミングを見失ってしまうと思い、善は急げで、幽世に旅立つことにした。
「日出、千暁さん、準備したら例の部屋へ、早速で悪いがゾンビパウダーで向こうに行くぞ。」
「了解!」
「わかりました。」
三台の幽世ベッドとモニタが広い部屋にぽつんと置かれている。白と黒を基調にして作られた幽世ベッドと無機質な大理石張りの床そして、シミ一つない真っ白な壁。なんとも無機質で寂しい部屋なのであろう、病院の一室ですらこの部屋よりか色はあると思える。
「東雲さん、準備整いました。ゾンビパウダーも置いときますね。」
「日出、ありがとう。しかし、千暁さんは緊張しているのかな。着の身着のままで来てくれればいいんだけどな。」
日出と私はそんなことを話していると、その30分後に千暁が部屋に入ってきた。
その姿はどこで買ったのだというような目を疑うような装備であった。
ゲームでしか見ないようなフルプレートの鎧を着込み、手には巨大なハンマーが握られていた。その武骨な鎧とは裏腹の凛とし佇まいはまるで歴戦の女騎士のような風貌を醸し出している。
「千暁ちゃん、その恰好は…。どうしたの…?」
「準備をしてきました!これで向こうでも安全です!東雲さんが危険だ、危険だというので、コンシェルジュさんに準備してもらったんですよ。コンシェルジュさんも少し困った顔をしていましたが、やっぱり手に入れ辛いものだったんですかね。」
本気で言っているのであろう、開いた口がふさがらず千暁に対してかける言葉が見つからなかった…。
無機物はアストラル体を持たないため、幽世には持ち込めないのだ…。危ない危ないとだけ伝えていて、その説明すらしていなかったことに今気づいた。
そして、向こうに行った際当たり前のように裸になってしまうのだが、その点も伝えるのを忘れていた…。アストラル体なので、裸という概念はおかしいのであるが、むき出しという意味では裸という言葉を使うのが妥当であろう。
私や日出は当たり前のように向こうでエーテル体による変化を使って、体をまとう衣類をアストラル体に再現するのであるが、千暁はそこからのスタートになるであろう。衣類といっても高度な衣類を再現するのは難しいので、ぼろをまとっているといった方が正しいのではあるが…。
「千暁さん…、申し上げにくいんだが…。いや…まぁいいか…。」
「東雲さん、早くいきましょうよ!」
「あぁ、そうだな。」
「千暁ちゃん、このゾンビパウダーを服用すると急激な眠気に似た症状に襲われると思うが、次に気が付いた時には、そこはもう死後の世界だ、私たちがもしそこにいなくても、同じ場所に待機しておいてくれ。」
「はい、わかりました!」
各々所定の幽世ベッドに寝ころび、ゾンビパウダーを服用した。
いつも通りの浮遊感が体を支配し、光の輪が過ぎ去っていく…。しかし過ぎ去る光の輪の中に違和感を持った。光の輪から触手のような光が私に縋り付き、漠然とした喜怒哀楽の複雑に入り混じったそれらの感情が私の中に流れ込んできたような気がした。それは決してここから出ることができず閉じ込められ、行き場を失った精神の塊の悲痛な叫びのような気がしてならなかった。
「東雲さん、大丈夫ですか?」
「あぁ、日出、大丈夫だ。ここに来るとき何か感じなかったか?」
「いつも通り、ふわふわっとして気づいたらここでしたよ。」
「そうか、それならいいんだが…。」
日出には、あの奇妙な感覚は起こらなかったようだ。もしかすると私の勘違いなのかもしれないと、それ以上考えることはやめた。
しかし、目の前に広がる光景はどんどんと悪くなっていく。奇妙ではあったが美しく広がっていた台地は、だんだんと色あせているような気がしてならなかった。
「日出、来るたびに思うんだが、やはり何かおかしくないか。」
「そうですね、私たちが来たころとは少しずつですが景色も変わっているような気がしますね。」
この場所から見えていた赤色に燃えている森はところどころに青色が目立つようになり、何かにおびえ青ざめているように見える。
宙を舞っていた岩石に似た生物たちの姿もどこか少なく見える。そして何より、一番目につくのは我々と同じ常世から来た人の姿だ。
幽世の住人とは違い、傍若無人でまるでこの世界のことを全く理解できていないそんな人が目立つ。本来の使用用途のために、慎ましくルールを守り、精神的な療養のために死者に会いに来ているそんな人の方が少なそうだ…。
日出の話では、決して出回ってはいけない裏にもゾンビパウダーが出回ってしまっているという話もあるので、そういった傍若無人な人間はそのルートからきているのであろう。
「日出、千暁さんが来る前に、確認なんだが…。この前、裏で【ゾンビパウダー】が流れてると言っていたよな。そのあたりはどうなんだ?」
「その件ですね…。会社にいられなくなったので、何とも言えないんですが。処方された【ゾンビパウダー】を誰かが売っているんじゃないかという話でしたね、会社では…。しかし、あまりにも流通量が多いので、逢魔製薬内部の人間が絡んでいると私は思っています。」
日出の話に、どこか歯車が狂いだしている、私はそんな気がしてならなかった。
私が指をさした先では、逃げ回る草花を追いかけまわしている2人の男の姿があった。
ああいう輩がこちらの住人や植物を持ち帰り、問題を起こすことは目に見えている。下手をすれば、こちらの頂点捕食者にいいように丸め込まれ結合したまま帰ってくるということも考えられる。
まぁ、その前にあんな輩は喰われてしまうだけかもしれないが…。
「日出、ちょっと止めてくる。見ていられん…。」
過去の過ちからであろうか…その姿を私は見るに堪えられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます