常世の幽世

 自室に戻り、インターホンからコンシェルジュを呼び出す。そのボタンを押す指は震えており、自身が興奮状態にあることが伺えた。


 インターホンで呼び出すと呼び出されることをわかっていたようにコンシェルジュはすぐに私の部屋にあがってきてくれた。


 「コンシェルジュさん、あの部屋はどういう仕組みなんですか!」


 私から発せられた第一声はそれであった。他にも聞きたいことは山ほどあったのだが、研究者として、この世の理を逸脱するあの光景に対してまずは仕組みを理解したいという思いが勝ったのだ。


 「東雲様、内見されたようですね。私などが語れる代物ではございません…、大変申し訳ございません。お答えすることができるとすれば、あの部屋は古きご主人様のご友人の部屋でございました。」

 「コンシェルジュさん、その方を紹介してもらえることはできるか?」

 「そうですね…、その方はもう帰られたようでして…。お取次ぎできるかは少々確認してみますが、急にお帰りになられたということから察するにただならぬ事態に巻き込まれている可能性もございます。」


 帰られたなどという言葉から前住人は国外の方なのかもしれないと想像した。しかし、死後の世界を現世に再現可能な人材となると有名な研究者であることは推測できる。

そのため、コンシェルジュさんも守秘義務やいろいろ守らなければならないことがあるのであろうと思い、自分の好奇心のままに尋ねるのはやめた。


 「質問ばかりで申し訳ない…。」

 「いえいえ、お気になさらず。東雲様のことはよく存じ上げておりますので。」

 「コンシェルジュさん、こっちも一つだけ質問させてもらってもいいですか?」

 「日出様、答えられる範囲であれば何なりと。」


 日出からの話も予測していたように、にこやかに微笑みかけながら日出の話をしっかりと傾聴しようと背筋を正して立っている。


 「あの部屋に滞在し続けることで、私たちの体に何らかの反応がおこったりはしないと断言できますか?」

 「日出様、鋭いご質問ですね。私たちの人体には何ら影響はございません。それだけは断言いたします。」


 コンシェルジュさんは何かを隠しているようである…。しかし、今の私たちには理解できかねることなのかもしれない。


 「コンシェルジュさん、すまないが、あの部屋を買った身としてそのあたりしっかりと理解しておきたい。」

 「そうですね…、かいつまんで説明いたしますと…。あの部屋は幽世のある一部の場所を常世につなげ保持しております…。言わば…ポータルのようなものです…。」


  やはりコンシェルジュさんは私たちの想像を超えた何かを知っている…、常世の理、幽世の理、双方への理解…を持っているそんな気がしてならない。


 私はさらなる質問をしようとしたとき、コンシェルジュの持つ何かの着信音が鳴り響いた。


 「少々、失礼いたします。」

 そういうとコンシェルジュは携帯電話のようなものを取り出し、誰かと話し始めた。


 コンシェルジュの発する声は、どこか私たちに少しの浮遊感を与えているように心地が良い。


 「東雲様、お買い上げいただきましたお部屋の前の主様が会ってもよいというご連絡がまいりました。一方で、やはり問題ごとに巻き込まれているようでして…。」

 「私たちで力になれることなのか?」

 「さすがは東雲様、そう仰っていただけると思っておりました。人手が足りないようでして…、そして相応危険も伴うとのことで…。」


 コンシェルジュは申し訳なさそうな顔でこちらの様子をうかがっている。


 「相応の危険とはいったい…?」

 「はい、大変申し上げにくいのですが。攻撃を受けているということでして…。」

 「攻撃?紛争地帯に住んでいるのとでもいうのですか!?」

 「そのような場所になってしまったといった方がよいかもしれませんね。」


 コンシェルジュさんは妙にはぐらかす。ど真ん中の話はせず、どこか私たちに察してほしいとの意図を感じるその奇妙な物言いが引っ掛かる。


 「もし、お会いになられるのであれば、必要なものはこちらで手配しておきますので、お申し付けください。早くても3日後の出発になります。」


 私は日出と千暁の顔を見た、危険が伴うのだ…、この2人は連れていけない。日出はともかく、千暁を危険にさらすことはできない。

 

 「日出、千暁さん、今回は私ひと…。」

 「東雲さん、一人で行くなんてなしですよ、研究者としての欲求がもうビンビンですよ!」

 「そうですよ、チームなんですから、もう一緒に住んでいるので家族といってもいいかもしれませんね!一人で行こうなんて許しません。」


 そうだ、この2人はこういう人間性なのだ、子どものようにどこまで欲に忠実な日出、どこまでも家族思いである千暁、わかっている、わかっていたのだ…こうなることは。そして、それを望んでいた私もそこにはいた。


 「コンシェルジュさん、3人分の手配を頼む。あとなるべく、こいつらをしっかりと守りたいんだそれなりの装備も準備できるか?」

 「東雲様、日出様、千暁様、お任せください。」


 コンシェルジュはそういうと、再び携帯電話のようなものを手に取り、話し始めた。

 おぼろげに聞こえる内容では、3人で…をお願いします、もてなしの食事は不要などという言葉が聞こえてきた。

 話からするとかなりの位の高い人物なのであろう、位が高く、優秀な研究者かつ紛争地帯で生活しているとなると、おおよそ調べれば出てくるであろうと高を括っていた。


 「東雲様、日出様、千暁様、では3日後またお迎えにあがります。それまでは少々お時間いただけますと幸いです。それと、幽世に千暁様は慣れておくことをお勧めしておきます。千暁様の力は大きい分、制御も難しいのではないかと思っております。」

 「コンシェルジュさん、ありがとうございます。東雲さん、今日から3日しかないですが、お願いしますね!」

 「あ、お前たち、パスポートは持っているか?期限は大丈夫だろうな?」


 久々の海外旅行であり、自分のパスポートが切れていないか内心どぎまぎしながら、皆にはそれを悟られるように大人ぶった自分が少し滑稽であった。


 「東雲様、問題ございません、すべてこちらで対応いたしますので。」

 「コンシェルジュさん、本当にいつも何から何まで申し訳ない。よろしく頼みます。」

 「いえいえ、これが私の仕事ですので。」

 

 コンシェルジュを見送り、海外旅行だと浮ついている日出と千暁を見ていると、コンシェルジュが言っていた問題ごとに巻き込まれているという言葉も忘れそうになる…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る