受肉の原因

 リビングでの慣れぬ足音で目が覚めた。今まで、一人気ままに生活していたが、今はもう一人ではないということを忘れていたのだ。


 「日出、ちゃんと寝たのか?」

 「東雲さん、おはよう御座います。コンシェルジュさんがコーヒーとガラナ?飲料もってきてくれていましたよ。本当に気が利きますよね。」

 机の上には炒られたてのコーヒーの香りが漂うポットが置かれていた。しかし、私はその香り高いコーヒーに目もくれずガラナ飲料を喉に流し込んだ。


 「まとまったか?」

 「はい。なんとか…。」

 日出のまとめた資料には、アストラル体の変化構造とその肉体に与える影響の仮説が記載されていた。

 

 肉体というのは、アストラル体、エーテル体などの殻に過ぎず、殻で覆いきれなくなった場合は肉体がアストラル体を覆い切れる様に変化を起こす。これが今回の事例の元凶であると記載されており、今回のケースも例に習わず幽世のアストラル体を取り込んだことにより、アストラル体容量が増え、肉体の変化が起こったという仮説が記載されている。さらに、肉体は悪いことばかりではなく、アストラル体やエーテル体が外に漏れださないような役割も担っているのではないかとの仮説を記載されている。


 アストラル体は我々の願望を叶えようとする力の根源である。


そして、ゾンビパウダーはアストラル体と肉体の中継やアンプの役割を担い、アストラル体のもつ本来の機能を強化する。そのため、あちらの世界では、エーテル体というエネルギーを消費してアストラル体自体を変化させる事が可能になる。


 その様なことが書かれていた。


 「日出、しっかり休まないと。シャワー浴びて寝てこい。」

 「東雲さん、そうさせてもらいます。」

 日出はゆらゆらふらふらしながらとシャワー室の方に歩いていった。


 「そこらにあるガウン勝手に使ってくれ。下着とかはコンシェルジュさんに頼んでおくぞ。」

 日出はふらふらっと腕を上げて、こちらに後ろ手を振った。


 「さてと、ある程度理解は出来たが、実際に分離させるとなると厳しそうだな。」

思考をしながらガラナ飲料を飲み、朝日を呆然と見つめていた時、日出がソファーに置きっぱなしにしていたカバンが目に留まった。


 「そういえば、日出が危険を承知で持ち出してくれたんだったな…。」

 勝手にカバンをまさぐるのは少し気が引けたが、明日には田口さんの母親がこっちに来ることを考えると時間的な余裕は全くない。日出がいつも使っているよくわからないキャラクターのフラッシュメモリを取り出しパソコンにつなげた。

 その映像を再生すると、あの発表会の様子が流れた。大切なシーンはテスター達が帰ってくるその時だ…。私はそこのシーンまで早送りを行った。


 「やはりか…。犬を連れ帰ったな…。」

 そこには大切そうに犬のアストラル体を抱く、田口の母親が映っていた。

 幽世から連れ帰ったのち、こちらで受肉させた…、仮説は正しかったのだ。


 シャワーを浴び終えた日出がさっぱりとした顔でリビングに戻ってきた。


 「日出、寝る前に。やはり現実でアストラル体を取り込んだ様だ。犬が受肉したようだ。」

 「やはりですか…。」

 「あぁ、今回はアストラル体としては小さな犬でよかったかもしれん…。もし、あのお前を襲った様な生き物だった場合…。」

 「分離は難しいでしょうね…。常世の肉体自体を乗っ取られる可能性もありますね…。あれは私たちより強大なアストラル体を持っていますからね…。アストラル体の比重で乗っ取りが可能かどうかは未知数ですが…。」

 「そうだ…。呼び止めてすまんな。明日が本当の本番になるから、ゆっくり休んでくれ。」

 日出を寝室に見送り、私も何かしようと考えたが、特にすることもなかったので効くかどうかはわからないが精神を統一し、アストラル体とエーテル体を整えるようにお香を焚き、座禅を組んだりし一日を過ごした。

 

 田口さんの母親を迎える当日、いつにもまして日出がそわそわしていることが手に取ってわかった。私も緊張で少し震えているのがわかる。


 「東雲様、お連れいたしました。」

 玄関のインターホンがなり、コンシェルジュさんが田口さんと田口さんのお母さんが部屋に連れてこられた。


 「田口さん、それと田口さんのお母さん、お久しぶりです。」

 「東雲さん、今日はよろしくお願い致します。」

 「よろしくお願いします。」

 田口さんのお母さんの犬とのアストラル体結合が激しく、犬の様な仕草を時折見せるとともに、顔のいたるところから毛が生えてきている。

 

 「田口さん、すこしお顔を見せてもらっても良いでしょうか?」

 「はい、よろしくお願いいたします。」

 やはり、犬のアストラル体の体積分が肉体に馴染む様に若干の変化が見られていた。

 日出に合図し、ゾンビパウダーの準備を進めた。


 「田口さん、ちょっと。あ、千暁さんの方です。」

 「はい。」

 「お母さんは私たちの仮説が正しければ治ります…。しかし、お母さんがそれを拒否する可能性があります。」

 「どういうことですか?」

 「お母さんは自ら望んで愛犬のリリーと結合した可能性があります。お母さんが分離を望まなければ…、分離はできないと思ってもらった方が良いです。」

 「そんな…。」

 「強制的にというやり方もあります…。それは千暁さんあなたが判断してください。まずは、向こうの世界でお母さんとリリーの双方を説得します。こちらの世界ではアストラル体の分離はできないので。」

 千暁はゆっくりと頷き、覚悟を決めた。


 「日出、準備は整ったな。」

 「東雲さん、大丈夫です。しかし、このシステムはすごいですね…、こんなシステムどこにも無いですよ!」

 「特注だ。説明はあとでな、やるぞ!」

 田口母をその繭の様な機会の中に入れ、私ももう一台の機械の中に入った。


 大きく深呼吸し、ゾンビパウダーを服用し、浮遊感に包まれ、光の輪が私と田口さんを死後の世界へと導いた。

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