第一部 神殺しの陰謀 第一章 受肉

不安の訪れ

 あれ以来、自堕落な生活を送り続けている。

 いつも通り、ソファーでくつろぎ、酒を煽っていると、テレビの音に混じりインターホンの音が部屋に響いた。いつもだとどこから情報を仕入れたのかわからないのだが、セールスや募金のお願いなどわけのわからない客ばかりで居留守を使うのだが、今日は虫の知らせのようにインターホンの音が気になった。


 重い腰を上げインターホンへ頭では億劫だなと考えながら頭を掻き、画面を見に歩き始めた。インターホン見の画面には見たこともない面識の無い女性が写っていた。年は20代前半であろうか…、身なりも清潔そうであるが、どこか切羽詰まった様な印象を受けた。


 「はい。」

 「東雲さんのお宅ですか?」

 「そうですが…、何か御用で?」

 「お願いです、助けて下さい。」


 金を持った後こういう輩が絶えない…、援助してくれ…、助けてくれ…そんな話しはうんざりであった。いつもと同じ感じの輩かと大きくため息をつき、インターホンを消そうとしたときに、インターホンには見覚えのある写真も一緒に写っていた。


 「お母さんが…おかしくなってしまったのです。」

 「はぁ…、そういう事は警察にお願いして下さい。」

 「違うんです…。あの新薬発表会以来少しずつおかしくなってきて…。」


 新薬発表会という言葉で私の酔っていた脳は目覚めた。見覚えのある写真は愛犬と会いたいと言っていたあのテスターの女性だと思い出した。同時に、あの時、逢魔社長が動物との再会も目玉になるだろう無茶を押し通しこの女性を選定してきた事も思い出した。


 自堕落な生活で不安などとは皆無の生活を送っていたが、あの逢魔製薬を退社した時に感じていた不安が再び姿を現したのを感じる。


 「わかりました。話だけ聞きましょう。」

 「ありがとうございます。」


 私はインターホンについているコンシェルジュボタンを押し、私の部屋まで案内してもらえるように手筈を整えた。

 人生遊んで暮らせる様になったものの、変な手合いばかりにうんざりした私はセキュリティの高いマンションに引きこもっている。金さえ払えばコンシェルジュが何でもしてくれる、そんなマンションを選び住み着いたのだ。


 そして、玄関のインターホンが鳴り響く…。


 「東雲様、お客様をお連れいたしました。」

 「コンシェルジュさん、ありがとう、今開けます。」


 解錠ボタンを押し、客人を迎え入れた。


 「コンシェルジュさん、飲み物とあと何か茶請けも買ってきてくれないか?」

 「承知いたしました。お嬢様用でございますね。」


 何とも気がきくコンシェルジュだ。元々、偉い人の専属執事をやっていたらしく、立ち振る舞いから料理の腕、腕っぷしまで全て一流ときている。何度変な輩を追い返してもらったことか…。はっきり言って出不精になってしまった私の唯一の心を許せる友といっても過言ではないであろう…。

 コンシェルジュにひとしきりお願いをしたところで、玄関で置いてけぼりになっている客人をリビングへ迎え入れた。


 「部屋はちょっと散らかっているけど…。気にしないでくれ…。」

 「はい…。」


 その女性はそんな事はお構いなしの様子であった。自分が抱えている問題にとっては部屋が汚れたようが、目の前にいる男性がガウン一枚で酔いどれであろうが問題ではなかったのであろう。


 「まず、質問させてもらってもいいかな。」

 「はい。」

 「私の居場所はどこで知ったのかな?」

 「それは…、東雲さんの元部下という人から教えてもらえました。」

 「やはりそうだよね…。」


 口を割りそうな部下はあいつしかいない、頭の中に誰かは想像がついた。しかし、彼を責めようとは全く思わない…。私とあちらの世界を渡り歩き真理の探究を行った、いわば戦友といっても過言ではない存在である。彼がいなければこの【ゾンビパウダー】も生まれなかったであろう。


 「わかった。そして、何を助けて欲しいのかな?」

 「お母さんが、あの新薬発表会以来少しおかしくなっていて…。新薬発表会から帰って来てからという物、もういないはずのリリーと話をしているんです。」

 「それで?」


 そこまではよくある話だ、幽世で逢ったリリーが忘れられず、現実からでも声が届くと思い込んでしまい話しかける事は何らおかしい事ではない。

 問題はここからだ…、私の考える最悪の話が出てきた場合、早急に対応が必要となる。


 「最近、お母さんがお母さんじゃなくなってきているみたいで…。誰に言っても信じてもらえなくて…。」

 「詳しく教えてくれるかな。」


 この女性の話を聞くに十中八九、私の考えていた最悪の仮説が起こっている…。


 「どこか動物のような振る舞い…、様相になってきているそんな気がするのです…。」


 私の仮説は正しかった様だ…。あのプロジェクトでは安全性の確保と仮説の立証のための時間を逢魔社長に潰されてしまったが、その問題の根本は仮説として提唱していた。


 「事はわかりました。」

 「信じてもらえるんですか!?」

 「はい…、申し上げにくいのですが。お母さんには最悪の自体が起こっていると考えられます…。」


 私の言葉を聞くとその女性は泣き崩れた…。誰にも相手をされなかったことを受け入れてくれた喜びからの涙なのか、それとも最悪の事態に対する涙なのかは私にはわからない。

 その女性が泣く姿を傍で見つめながら仮説の整理を行なった。


 あの時、部下と話していた仮説はこうであった。簡単に言うと、死者の受肉だ…。海外では悪魔が体に入る、日本では狐憑きなど多くの伝承が残っている…。


 今回のケースで言うと、向こうの世界で何らかの理由でこの女性の母親のアストラル体と向こうの住人であるアストラル体が結合してしまい、結合したままこちらの世界に来てしまった。あるいは、向こうの住人をこちらに連れてきてしまい、自ら向こうの住人のアストラル体を体に宿したか。


 向こうの世界の住人はこちらでは長く生きられない、なぜなら肉体を持たないのでアストラル体を維持できないのだ。日に日に弱っていく姿を見かねて自らを差し出し受肉させる者がいるのであろう考えていた…それが愛すべき者であれば…。

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