死者の街

今日は死者の住まう街に行く予定だ…、昨日に比べ格段に気が重い…。過去に部下と訪れた際に起こったあの事件がやはり尾を引いている。


 しかし、テスターの安全を守るためにもこられなくしては成立しない、お披露目会の台本でも死者の街に訪問するという部分はマストで記載されていた…。

 

 私に相談もなしで社長と広報部だけで台本は作られておりあくまで見応えのみを考慮しているのだ、片腹が痛い。


 「皆様おはようございます。体調はいかがでしょうか?」

 「おはようございます。問題ないです。」


 検温や軽い問診を実施し、テスターの健康状態を確認しつつ、また、死後の世界へ向かう準備を整えた。


 「今日は死者街に行こうと思います。昨日言った事は確実に守ってください。本格的に危険になりますので。」


 皆昨日体験が忘れられない様で、うずうずしているのがわかる。しかし、それが私をより一層不安にさせる、油断を生むからだ…、これは遠足ではないのだ。


 「皆様、もう一度言いますね。今回は遊びではありません、確実に私の言う事を聞いてください。では、いきましょうか。」


 皆一同、まるで小学生の様に大きな声で返事をしたのち、手渡された錠剤を昨日の今日で慣れたように飲み込んだ。


 この浮遊感いつまで経っても慣れない。幽世がどこにあるかを悟らせない様に、神がもしかするとこの様に設計したのかも知れない、そんなことを思考する。


 この幽世との行き来に関しては、流れる光の輪、それ以外に知覚する事はできないのだ。


 「ふぅ…。皆さん、揃いましたね。では早速あそこに見える死者街に行ってみましょう。極力喋らないで下さい。」


 私が指差した先には、近代建築という概念が全く通用しないであろう奇抜な建物が並んでいた。しかし、決してその奇抜な建物は景観を阻害する事なく、この死後の世界を引き立てている。そもそも、この世界自体が突拍子もなく奇抜であるため、逆に現代風の建物があった場合、そちらの方が目を引くであろう。


 「住人達はやはり死んでこちらにきた人なのですよね…?」

 「私はそう考えています。例えば、この前亡くなった有名な芸能人の方があの街で見かけました。」


 質問者は驚いた表情を見せたが、周りを見渡すと妙に納得した面持ちで頷いた。


 「さて、結構距離があると思いますが、ここで昨日の私が見せたアストラル体の変化を応用しましょうか。」


 そう言うと、私は足をバネの様に変化させて大きく飛び上がって見せた。


 空を飛んで行くやケンタウロスの様に馬脚をつけるということも考えたが、かなり消耗するので、一番シンプルな形で変化をさせた。

 

 「皆さん、やってみましょう。頭で足がバネになったと想像してください。私の足を見て想像して下さい。」


 皆、目を瞑り一心不乱に呪文の様に小言を唱え始めた。足よ…バネになれ…そんな小言を繰り返している。


 口に出す必要はないのであるが、私もはじめて体を変化させたときは小言を発していたなと懐かしい気持ちになった。


 「はい!皆さん、見て下さい!」


 目を閉じる必要はないのだが、皆目を閉じていたためバネに変わった足を知覚出来ないでいた様だ。


 「す、すごい…。足と全く感覚が変わらなかったから、変わっているとは思いませんでした。」

 「はい、それは貴方の足ですから。想いのまま動きますよ。それではいきましょうか。」


 バネになった足は、軽快に地面を蹴り上げまるで御伽話のうさぎになったかの様に周りの景色を変えていき、あっという間に死者達が住まう街についた。


 遠目から見ていた街は近づくとまた、様相が変わって見えるものだ。


 奇抜で巨大な建物は現代でいう城のような役割を果たして、その下には城下町の様に小さな家々が建ち並んでいる。


 「ここからはあくまで私たちは死者です。決して、物を食べない。私から離れないで下さい。」

 「「「「はい!」」」」


 まるで遠足の引率になった気分だ。しかし、気は抜けない…死者の中でも危険な死者は存在する…、それで部下が危ない目に遭った。


 街には門番の様な人たちもおらず、すんなりと入ることができる。


 いきはよいよい帰りは怖いということもなく、本当に街をぶらぶらと歩くようなイメージで死者街を探索ができるのだ。


 しかし、街も通りによっては姿を変える…。死者達にも派閥があるのであろうか…、人に近い姿をしている者は温和に近い、逆に動物に近い姿をしている者は危険度が高い。


 動物といってもピンからキリまでいるので、人に飼われていたのであろう動物は温和なことが多いが野生動物に関しては言わずもがな…である。


 そして、最も気を付けないといけないのが、人の形、動物の形とも違う、異質な存在だ…、その存在は現実でいう悪魔、化け物、妖怪に近い。こいつらに至っては何をしてくるか全く検討が付かない…、部下の一人もこいつらに喰われかけた…。


 「嘘でしょ…、お母さん?」

 「彩…!」


 見知った顔がいたようだ、それもそのはずだ、テスターに選ばれた人たちが会いたいと書いた人物は事前にこの街にいる事は私と部下で把握済みだ。だからテスターとして選んだのだ。


 「決して話しかけないで下さい。見ているだけにして下さい。」

 「母さん…、こっちで楽しそうにしているね。」

 「彩…すまない…お兄ちゃんがいながら…。」


 遠目からでも会いたいと言っていた人に会えたら二人は感極まって涙をこぼした。

 静かに泣く二人を見て他のテスター達も自分の逢いたい者を探しきょろきょろとあたりを見渡し始めた。


 「お二方、ついてきて下さい。」


 私はテスター達を連れて次のブロックに足を進めた。


 そこには、公園が広がっていた。様々な色や形の木々が茂り、現実ではあり得ない様相の花々が狂い咲いている。


 木々も自らの意思があるように枝葉を揺らし、そこにいる住人達を優しく包んでいる。


 「リリーちゃん…。楽しそうに走っているわ。」

 「妙子…。」


 二人も逢いたい者に会えた喜びから涙を流した。今にも愛犬に向かって飛び出しそうなテスターの一人を落ち着かせながら、生者だとばれていないかあたりを見回した。


 「今日はこれくらいにしましょうか…。明後日は発表会ですので、明日はお休みで明後日に備えてゆっくり休んで下さい。」


 私はそう言うと、声を出さずに泣いているテスターの人たちを連れて扉のある場所まで戻った。名残惜しそうな眼差しをずっと向けているその表情は私に喜びと少しの不安を与えた。


 「東雲さん…ありがとうございます。私…これが嘘でもすごく嬉しいです。」

 「ははは、貴方が見た者は現実ですよ。安全性も加味して遠目からしか見られない事で大変申し訳ないです。」

 「東雲さん…ありがとう。」


 テスター達に感謝されるのは悪い気はしなかった。私の作った新薬でこんなにも人に感謝されるとは思ってもいなかったのだ。


 「さぁ、現実に戻りましょう。」


 私たちは扉に手を触れ、現実に戻ってきた。現実というのは語弊があるが、幽世と対になる言葉が浮かばなかった。


 現実に戻ってきたテスター達は、高揚し各々の出来事を語っていた。


 その光景はこの現実に絶望していた人たちに光を与えられたのだと誇らしくなったが、やはり一部の不安だけはぬぐい切れずにいた。

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