第29話 あれ、海じゃね……?
初めて訪れる場所だが、景色はさほど変わらない。木が鬱蒼と生えていて、モンスターの鳴き声が時々聞こえてくる。
『何か役に立つ物があると良いけど……』
「せっかく調薬が取れたから、回復だけじゃなくて毒消しだったりが欲しいね」
『都合良く見つかるかしらね』
そんな話をしつつ、【小音足】で足音を消して森の中を歩いて行く。
ポピンの葉の時のように、意識の外に求めてる物がある可能性があるため、慎重に進もう。
「あ、鹿だ」
木の隙間から、茶色のまだら模様をした動物を発見する。四本の足は細く、頭にはツノが生えていた。連想されるのは、中学の修学旅行で見た事のある奈良の鹿だ。
【マヌル】
森に生息するクリーチャー。警戒心が強く、滅多に人前に姿を現さない。
「……多分美味いな」
『鹿、じゃなくてマヌル用の罠もそのうち作ってみるのも面白そうね』
「だな」
「わうっ!」
ホタルと話していると、ヴォルが飛び出してマヌルを追いかけ回す。流石に逃げ足の早いマヌルが、ヴォルを撒いて茂みへと消えてしまった。
「わう……」
「狩り、失敗……!」
『失敗を糧に成長するのよ、ヴォルちゃん』
元々マヌルのいた場所に来てみると、地面に生えているような草を食べている痕跡が見受けられた。
そんな中で、一ヶ所だけまったく手のつけられていない植物を発見した。鑑定してみると、
【パルズ草】
痺れを引き起こす成分が含まれた野草。調薬可能。
と書かれていた。
「痺れ……、神経毒的な?」
『麻痺効果が期待出来るかもしれないわね』
個人的には継続的なダメージを与えてくれるような毒草を期待していたので、少し残念だ。
それでも今まで見つけられなかった物なので、少し摘んで持って帰ろう。ホタルの言う効果を得られたらセーフゾーンで育ててみるのもありだな。
「さてパルズ草、お前の顔は覚えたからな」
「わうっ!」
『パルズ草はあなたの事を認識してないわ』
パルズ草の葉をインベントリに入れて……
あー、邪魔な投擲用の石を十数個捨てて空きを作った後に、パルズ草をインベントリに放り込んだ。
いつの間にかインベントリに石を溜める習慣が付いてしまったらしい。早急に治さねば……
「あそうだ。そろそろ配信しても良いんじゃないかなって思ってるんだけど、どう」
『私はいつでも行けるわ』
お、かっこいい。覚悟が決まってる。
「初配信は師匠の事を紹介したいなぁ。協力的なモンスター? に俺も色々質問したい」
『確かに、まだまだお師匠さんの事は知らない事ばかりだものね』
「そうそ……––」
ホタルへの相槌をうっていると、急に視界が開け、そこは断崖絶壁になっていた。
「わぐぅっ!」
ヴォルが咄嗟に俺のローブを噛んで引っ張ってくれたおかげでら俺は一歩先の崖から落ちずに済んだ。
「っぶな〜……。ありがとなヴォル」
『ヴォルちゃんお手柄ね。それにしても、急に崖が現れたわね』
ホタルの言う通り、本当に急だった。森の景色のまま、一定の位置を過ぎた途端に崖へ切り替わったような、そんな感覚……
「バグか?」
『あり得るわね。もう一度試してみる?』
「うん。ヴォルは俺が落ちそうになったらまた頼む」
「わう!」
崖から森へ入ると、すぐに視界は薄暗い景色に切り替わる。崖のあるであろう場所へゆっくり進むと、やはり急に視界が変わった。
落ちるまで二、三歩と言った所だろうか、どうも自然的ではない視点の切り替わりな気がする。
「バグ報告とかってあるっけ?」
『ええ。私の方でしとくわ』
「さんきゅ」
報告の方はホタルに任せて、崖の下を覗き込む。高さはそれ程無く、5、6メートル下にはゆらゆらと揺れる波があった。
……
波……?
「あれ、海じゃね……?」
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