32話 ミノタウロス

さて、そうなると倒す算段を立てなくては。


まずは、二人が来るまで時間稼ぎをしよう。


「ユキノ! 注意を引いてくれ! 俺は万が一、炎が来た時に備える!」


「あいさー!」


「ブモォ!!」


ユキノの接近に反応し、口から火の玉を次々と吐き出す。

それをユキノは左右にステップして、躱していく。

その炎が当たった箇所には、大きな穴が開いている。


「なるほど、口から出すタイプと。そして、さっきの一撃のような炎はすぐには出せなさそうだ。ユキノ! 深追いはしなくていい! 武器を使わせてくれ!」


「わっかりましたー!」


ユキノが炎を避けつつ、懐に入ろうとすると……斧が振り下ろされる!


「ブモゥ!」


「よっと! 地面がへこんで……結構速くて威力もありますねー」


その振り下ろしは、威力早さ共に申し分ない。

身のこなしが上手いユキノだから平気だったが……さて、俺でもいけるか。

そのタイミングで、二人の足音が聞こえてくる。


「ユキノ! アルス! ……ってミノタウロス!?」


「ひぃ〜! あんなのがダンジョン以外の場所にいるんです!?」


「驚いてるところ悪いが、敵の動きを観察中だ。ニール、そこから奴の顔に向けて矢を放ってくれ」


「わ、わかりました! すぅ——ヤァッ!」


その恐怖に染まった顔とは裏腹に、的確に顔へと飛んでいく。

そのまま刺さるかと思われたが、盾によって防がれる。


「エミリア! 水魔法を頼む!」


「ええ、行きますわ——アクアバレット!」


「ブモゥ!」


今度は口から火の玉を吐き、水の弾丸を相殺する。

しかも、その間にもユキノに斧を振り下ろし続けていた。


「ユキノを攻撃しつつも、弓や魔法の視界外の攻撃にも対応してきたか……くく、面白い」


「アルス? 貴方、笑ってますわよ?」


「すまんすまん……どうやら俺は、ワクワクしているらしい」


先程の戦闘でも感じた高揚感、多分だが強い敵との戦いが楽しいらしい。

スローライフを目指してる身で、何を言うかと思うが……それでも、俺はストーリーにそうままに生きてきた。

無論、危険な事も沢山あったし、死ぬような目にもあっていた。

ただ、それは予定調和の中での話だ。

こうして、ストーリー外で強敵と戦うことなどなかった。

何より、俺だって男だ……冒険と強敵はワクワクするに決まってる。


「ふふ、貴方にもそういう部分があったのですね。いつも冷静で、何でもわかったような顔をしていましたわ。無論、ここにきてからは少し違いますけど」


「はっ、ここにきてからはわからない事だらけだ。だが、それがいい……もう、俺を縛るものはない。エミリア! 小技は相殺される! 大技を貯めてくれ!」


「縛るものがない……ふふ、それは私も同じですわ。これで、私の意思で貴方のそばに居られる……ええ! 任せなさい!」


「ニール! お前は少し離れた場所からダメージを与えなくても良いから撃ち続けろ!」


「りょ、了解ですぅ!」


その返事を背にしつつ駆け出し、俺も魔法を放つ準備をする。


「ユキノ! 避けろよ!」


「はいさっ!」


「フレイムランス!」


「ブモゥ!」


「はっ、俺の魔法は避けもしないか」


どうやら、予想通り火属性耐性があるらしい。

そうなると、やはり鍵はエミリアか。

相殺したということは、食らうとまずいということだからだ。

ただ隙はできたので、ユキノの隣にたどり着く。


「どうしますー?」


「エミリアに注意がいかないようにして、あいつの大技に任せるとしよう。なので、注意を引くのは俺たちの仕事だ」


「ふむふむ、私達でとどめの心配をしなくていいのは楽ですねー」


「まあ、そうなるな。無論、自分たちで倒せないとは思わないが」


「そこはパーティーってやつですか?」


「まあ、そういうことだ。さあ、やっこさんが怒ってきたぞ」


避け続けるユキノにいらだったのか、しきりに地団駄を踏んでいる。

これなら、エミリアに意識がいくことはなさそうだ。


「ブモォォォォォ!」


「くるぞ! ユキノは盾を攻撃! 俺は斧を担当する!」


「逆じゃなくていいんです?」


「ああ、俺もたまにはな……ヒリヒリしたいんだよ」


「えへへー、それじゃ任せますね!」


斧を持つ右側に俺が、盾を持つ左側にユキノがいき、それぞれ相手を翻弄する。

ミノタウロスはユキノの爪を盾で防ぎつつ、俺に斧を振り下ろす。

避けるが、地面に大きな穴が空く……喰らえば一撃で肉塊になりそうだ。

その迫力に、思わず笑みがこぼれる。


「ははっ! こいつはいい!」


「スローライフをするんじゃなかったんですか!?」


「それとこれとは話は別だっ! スローライフを実感するためには刺激が必要なんだよ!」


「よくわからないですよー! よっと! もう、硬くて爪が通らないですね。 ご主人様、本気を出しちゃダメです?」


ユキノは作中の隠しキャラだけあって、そのポテンシャルは高い。

通常状態でも強いが、あることをする事で更に強くなる。

しかし、それは身体に負担がかかるので最終手段にしたい。


「それはまだ早い。何より、こいつ程度に使ったらこの先が大変だぞ? これから、ダンジョンとかに行けばもっと強い奴がいるだろうし」


「ふむー、それもそうですか。じゃあ、今は我慢します」


「そうしてくれ。何より、地力を上げないといかん。いざって時に耐えられるようにな」


「はーい、わかりましたよ」


「ブモォォォォォ!」


俺達が余裕を見せたからか、怒りに任せて暴れまくる。

しかし目と体が慣れてきたので、難なく避けていく。

これくらいなら、もういけるか。


「アルス〜! 準備ができましたわ!」


「わかった! これよりミノタウルスを倒す! ニール! 一瞬でいい! 注意を引いてくれ!」


「や、やってみます! ——やぁ!」


その連射に反応し、ミノタウルスが盾で弾く。


「ユキノ! 今のうちに接近して、あの力を使わずに盾に強力な一撃を!」


「はいさっ! すぅ——ァァァァァァァ!」


自分を鼓舞するようにユキノがらしくない声を上げる。

そしてロケットスタートの要領から一気にミノタウルスに迫る!

矢を防御したあと、慌ててミノタウルスが盾を構えた。


「邪魔です——ブラッディクロス!」


「ブモォ!?」


赤い魔力が迸った爪がミノタウルスの盾を粉々にする。

ヴァンパイア族が使える血の魔力を使った技だ。


「ユキノ、よくやった! 一度下がれ!」


「了解でーす!うぅー……魔力をかなり使っちゃいましたねー」


「だが、これで魔法をガードできまい。あとは、あの武器を……俺もやらないとカッコがつかないか」


「……オォォォォ!!」


盾がなくなった事で、ミノタウルスが斧を両手持ちに切り替えた。

つまり、さっき以上の攻撃が来るって事だ。


「平気ですか?」


「ああ、俺がやる……クク、ヒリヒリしてくるな」


「ご主人様にスローライフは無理そうですねー?」


「んなことないわ。これが戦うスローライフってやつだ」


「それなんです?」


「そういうもんなんだよ」


俺は刀の鞘に手を置き、静かにミノタウルスに近づいていく。

すると、怒り狂ったやつと目が合う。


「よう、お怒りか? お前が今怒ってるのは俺のせいだぞ?」


「ブモォォォォォ……オォォォ!」


「よし! かかってこい!」


相手の斧が振り下ろされる瞬間——そこに居合い斬りを合わせる!

それは激しい音を立てて、相手の斧を破壊した。

一番威力の高い攻撃に、切れ味のある刀を合わせる武器破壊の技だ。

その衝撃を受けて、相手が尻餅をつく。


「ブモォ!?」


「今なら避けれまい! エミリア!」


「待ってましたわ——水の刃よ、集約して全てを切り裂け——アクアブレード水刃!」


圧縮された水刃が、ミノタウルスに吸い込まれていき——上半身と下半身を切断する!

前世の俺だからわかるが、まさしくコンクリートをも切断する水刃って感じだ。


「ブモォォォォォ!? ……オ、オォォォ……」


「ふぅ……消えましたわ」


「エミリア、よくやったな」


「いえ、アレはタメが長いですし、威力調整が難しいので動く相手には無理ですわ。だから……これは皆のおかげですの」


そう言い、照れ臭そうにそっぽを向く。

そして、その顔を間近で見れたことを嬉しく思う。

敵だった俺には見せてくれない顔だったから。


「おいおい、らしくないな」


「お嬢様は照れ屋さんですから!」


「ははっ、そうに違いない」


「べ、別にいいじゃありませんの! だいたい、貴方は——わひゃ!?」


「ふぅー! やりましたねっ! エミリアすごい!」


「も、もう! 何するんですの! ニール! 笑ってないで取りなさい!」


「ふぇ〜!? わたしには無理ですぅ〜!」


ユキノがエミリアの背中に乗ってはしゃいでいる。


そして、それを見て慌てるニール。


これも、決して見れなかった光景だ。


メインキャラを誰も死なずにクリア甲斐があったというものだ。
















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