30話 ささやかな宴

……ん? 何やら良い香りがする?


ふと目を開けると、目鼻立ちがはっきりした美女がいた。


「おっ……! って、エミリアか」


「すぅ、すぅ……」


「というか、何で俺にくっついて寝てんだ? あぁ、寒かったのか。ったく、お陰で心臓が飛び跳ねたぞ」


どうやら、寝てしまっていたらしい。

そして、多分釣られてエミリアも。

さらに隣を見れば、ユキノもいてまだ眠っていた。


「ところで、さっきのいい匂いは……」


「兄貴、起きやしたか。そろそろ、飯ができますぜ」


「アイザック、すまんな。こっちは、この通りのんびりしてたっていうのに」


「へへっ、体力にだけは自信あるから平気っす。それに魔法使うっていうのは精神力を使うって聞きましたし」


確かに魔法は少し特殊だ。

使うと体力ではなく、魔力という人が本来持っているモノを使う。

それを使いすぎると命の危険に繋がることから、生命力を使っていると言われている。

故に回復させるには、寝るのが一番だとも。



その後、カリオンやニールにもお礼を言って二人を起こす。


「ふぁ〜よく寝ましたね」


「は、恥ずかしいですわ……! 殿方に寝顔を見られるなんて……」


「別に良くないですかー? いずれ、ご主人様には違うところも見せるわけですし。まあ、私が先かもしれないですけど」


「何を言ってますの……っ!? ふぇ!? 破廉恥ですわ!」


「えー? そうですかねー?」


「ア、アルスに聞かれてしまいますの……!」


俺はそれを聞こえないふりして、鍋を見つめる。

それはコトコトと音を立て、味噌の香りがして鼻腔をくすぐる。


「アイザック、美味そうだな」


「兄貴、あの二人……」


「アイザック、美味そうだな。これは熊鍋か?」


「へ、へいっ! 少し臭みがあったんで、香草と一緒に焼いてから煮込みやした。そこに山菜や野菜をぶっ込んで味噌で仕上げましたぜ」


「ふむふむ、実に美味そうだ。そうだ、まずは飯にしよう」


「へいっ! すぐによそいます!」


俺は今、恋愛事に構ってる場合ではないのだ。

まずはスローライフの生計を立てなくてはいけない。

……決して逃げているわけではない。


「ほら、カリオン達もこっちにきてくれ」


「主人よ、そうすると見張りが……何より、我々も一緒によろしいのですか?」


「今更何を言ってる、もうお前達は仲間だろうに。それに、これがあるから平気だ、炎よ我の身を守りたまえ——ファイアーサークル炎陣


「おおっ! 我々を囲うように仄かに火が……」


「この範囲なら燃え移らないし、敵が来たら反応できるだろ。さあ、一緒にゆっくり食べてくれ」


「はっ! 皆の者! 主人のご厚意に感謝を!」


その後、他の獣人達も囲んで鍋パーティーを始める。

全員に行き届いたところで、アイザックに挨拶を求められた。

どうやらしないと食えなさそうなので、仕方がないのでやることに。


「えー、みんなお疲れ様。とりあえず、誰もかけることなく探索1日目を終えられそうで一安心だ。今日は暖かい飯を食って、明日の探索に備えよう。無理だと思ったらすぐに帰還する……ではいただきます」


「「「「「いただきます!」」」」」


「ハフ、アツっ……うまっ」


器から湯気の出た熊肉を口に含むと、肉が口の中でとろけていく。

熊の甘みと味噌の旨味が合わさって、相乗効果を生み出している。

そういや、熊鍋といえば味噌とは聞いたことあったな。


「あーんむ……あつつ……んー! トロトロで美味しいです!」


「フーフー……あ、熱いですけど、これは美味しいですの!」


「熱いですよぉ〜! でも美味しいから止まりません〜!」


女性陣にも好評のようだ。

確か美肌効果とかもあったし、栄養面でも豊富だったはず。

鉄も手に入るし、これは良い魔獣を見つけたかもしれん。

……ただし、倒せる者が限られるか。


「かぁー! 我ながらうめぇ! 酒が欲しくなるぜ!」


「かかっ! それには同意ですな!」


「二人共、好きに飲んでいいぞ。俺の蒼炎は二日酔いにも効くはずだ」


「なんと!? じゃあ、持ってきたから開けちまうか!」


「おおっ、良いですな!」


こっちの男連中も、上手くやってるな。

これもアイザックの人柄のなせる業だろう。

曲者揃いのスラム街の住民を纏めていただけはある。

そこでふと、同年代の男友達がいないことに気づく。


「まあ、傲慢だったから仕方がないか」


記憶を取り戻す前の俺は、それはもう悪役に相応しいダメっぷりだった。

実の母を早くに亡くし、父に相手にされないことも理由だが、可愛がられる弟のことを疎ましく思っていた。

使用人には当たり散らすし、いわゆる構ってちゃんだった。

それを拗らせ、邪神に取り憑かれる羽目になったわけだ。


「友達がいっぱい居る弟を妬んでもいたっけ」


だが結果的には良かったのかもしれない。

友達などいたら、巻き込んでしまっていた。

すると、アイザックとカリオンが隣に来る。


「兄貴っ! なにをしょんぼりしてんすか!」


「そうですぞ! 我々と一緒に飲みましょう!」


「おいおい……まあ、いいか」


俺は貰った酒を温め、熱燗のようにする。

それをぐいっと飲み干す。

すると、喉がカーッと熱くなってきた。


「……っ、身体がポカポカしてきたな」


「あっ、ずるいっす!」


「その、主人よ……」


「わかってるさ、ほら……これでいいか?」


二人のコップにも熱を灯してやる。


「あざます! ……くぅー! 熱燗うめぇ!」


「冷えた身体が温まりますな!」


「ちょっと〜! 男子ばかりでずるいですよ〜!」


「その、私もお酒を飲んでみたいですの!」


「わたしですぅ!」


「はいはい、わかったよ」


その後、全員分の熱燗を作って乾杯をする。


友達はいないが……こうして仲間がいるならいいか。


綺麗な星空を見上げながら、そんなことを思うのだった。





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